獣王との舌戦
「うむ。貴殿であれば、ヨハンと歳も近いからな。しかし、可能であればリッド殿の妹君であるメルディ・バルディア嬢と縁を結べれば一番有り難いがね。どうかな」
セクメトスは意味深な眼差しをこちらに向けてくるが、僕は頭を振った。
「どうかな、ではありません。私の妹メルディは既に帝国の第二皇子キール・マグノリア殿下との婚約が決まっております。そもそも、帝国貴族は帝国法で国内の貴族は元より他国の有力者との勝手な婚約や婚姻は禁止されていることはご存じでしょう」
有力な帝国貴族と縁を結びたい者は国内外問わず多いから、僕が告げた帝国法は他国でもよく知られていることだ。
獣王である彼女が知らないはずがない。
「おぉ、これはうっかりしていた。言われてみればそうだったな」
セクメトスはわざとらしく肩を竦めると、身を乗り出して不敵に笑った。
「では、帝国法を尊重し、バルディア家と直接の縁は諦めよう。そうなると、必然的に獣王国法が適応可能な相手となるな。ちなみに、この場合は獣王国内のことになる故、リッド殿は口出しできんぞ」
「な……⁉」
やられた、と僕は心中で舌打ちする。
最初から彼女はヨハンとメルディの縁談なんて考えていなかったのだ。
普通にヨハンとグランドーク家の縁談を持ちかけても、僕やアモンが素直に首を振るわけがない。
しかし、あえてメルディとの縁談を先に持ちかけ、帝国法を尊重する態度を示したのだろう。
アモンの背後にいるバルディア家を閉め出すべく、牽制するために。
「何を驚いているのかな。狐人族領が属するのは帝国ではない、ズベーラだ。獣王国の法に従うのは当然こと。加えて言うなら、今回はベスティア家とグランドーク家の縁談だ。事を大袈裟にするつもりはないが、帝国に属する貴殿があまり口を挟めば内政干渉と受け取るかもしれんな」
「内政干渉、ですか。あまり穏やかな言葉ではありませんね」
笑顔で睨み返すが、セクメトスは動じずに視線をラファへと向けた。
「貴殿でも良いが、立場と現状の狐人族の状況を鑑みればあまりよくないだろうな」
「そうですねぇ。それもありますし、ヨハン殿も可愛いけど、私は気になっている殿方がいるので丁重にお断り申し上げるわ」
ラファは目を細め、軽くあしらうように告げた。
彼女の狐人族における立場はバルディア家同様、アモンの後ろ盾でもある。
もしラファとヨハンが婚約などすれば、旧政権派を一掃したとは言え、再びラファを部族長とすべきという論争が起きかねない。
『状況を鑑みれば』とはそういうことだろう。
「ふむ、それは残念だ。では、そうなると……」
セクメトスはゆっくりと視線を流していく。
「やはり、貴女が良さそうだな」
「ちょ、ちょっと待ってください」
声を発したのはアモンだ。
「縁談をいただけことは光栄ですが、話がいくらなんでも急すぎます。それに、シトリーは一時的な帰郷を果たしたに過ぎません。暫くすれば、シトリーはまた当分バルディアへ留学することも内々で決まっています。今後における両家の関係を考えれば無下に断ることなどできません。どうかご再考ください」
「ほう、バルディアへ留学か。ますます、気に入った」
「え……?」
断り文句として彼が告げた言葉に、セクメトスは前のめりとなった。
「言ったであろう。今のままでは、将来周辺諸国にズベーラは後れを取る可能性がある。しかし、バルディアという帝国で尤も発展が目覚ましい領地に長期留学した者であれば、国を変えていく『王の妻』として適任であろう」
「そ、それは……」
たじろぐアモンと僕が顔を見合わせると、ギョウブが「いやはや、セクメトスの着眼点は相変わらず素晴らしいね」と拍手した。
「ヨハンとシトリーの婚約、俺は賛成だな。獣王の一族と帝国のバルディアと縁を結んだグランドーク家が親戚となれば、色々と融通も利かせてくれそうだ」
「えぇ。突拍子ない提案ではあるけど、この件は私も賛成するわ」
続けてルヴァが賛同を表明すると、セクメトスが不敵に笑い出した。
「それと、これはアモン殿とリッド殿。二人にとっても良い話のはずだがね」
「私達にとっても、ですか」
僕が訝しんで聞き返すと、彼女はこくりと頷いた。
「貴殿達はまだ良く知らないだろうがね。各部族長達は良くも悪くも新たな狐人族領をとても警戒している。特にズベーラ国内の流通網を担っている馬人族と鳥人族。彼等は木炭車を『脅威』として捕らえているみたいだな」
「私とリッドが木炭車で流通事情を乗っ取ると仰りたいのですか。そのような真似、するはずがありません」
アモンが眉間に皺を寄せると、セクメトスは頭を振った。
「貴殿達がどう考えているかは関係ない。この場合、相手がどう捉えているかかが重要ではないかね」
彼女はそう言うと、すっと真顔になって凄んだ。
「私はエルバとガレスを打ち破った貴殿達に、多大な期待しているんだよ。ズベーラもとい、大陸に変革を起こす次世代の担い手としてね。もっとわかりやすく言えば、今回の婚約を機に私も貴殿達の後ろ盾になるつもりだ」
「私達の後ろ盾……」
僕とアモンは息を飲み、互いの顔を見合わせた。
確かに、獣王のセクメトスが後ろ盾になってくれれば、ズベーラ国内で格段に動きやすくなる。
でも、今までのやり取りから、とても鵜呑みにできるような言葉じゃない。
後ろ盾になると言いつつ、実際のところはバルディアの技術、経験、知識を手中に収めようとしているのような気がする。
エルバやガレスが力押しでバルディアを飲み込もうとしていたけど、セクメトスは強かな搦め手でこちらを飲み込もうとしている。
そんな気がしてならない。
鋭い目付きで凄んでいた彼女だったが、急に破顔して背もたれに背中を預けた。
「まぁ、悩んだところで貴殿達に残念ながら拒否権はない。これは国の未来を掛けた『王命』だ。従って、シトリー・グランドークとヨハン・ベスティアの婚約は絶対だ」
「な……⁉ それはいくら何でも横暴ではありませんか」
アモンが声を荒らげるが、セクメトスは動じない。
「では、一つ尋ねよう。アモン・グランドーク。貴殿が所属する国はマグノリア帝国かね、それとも獣王国ズベーラかな」
「それは勿論ズベーラですが、各部族にはは自領を運営する自治権があります。獣王とはいえ、一方的に婚約を決めるのは横暴だと申し上げているだけです」
「横暴ではない、『王命』と言ったはずだ。もし、この命に逆らうというのであれば、狐人族はズベーラではなく帝国に寝返った逆賊として対応させてもらうまでのこと」
セクメトスの言葉で室内が空気が凍り付く。
彼女の言動一つ一つに嘘がないことが伝わってくるからだ。
「セクメトス殿。貴殿は『歪んだ弱肉強食の思考』からの脱却を目標に掲げていたようですが、現状のやり取りこそ歪んでいるのではありませんか」
僕が睨みを利かせて低い声で尋ねると、彼女は「確かにな」と相槌を打つ。
「しかし、脱却の好機を前にして何もしないのはそれ以前の問題だろう。悪いが次期獣王戦も近い、手段は選んでられなくてね」
「次期獣王戦……。そうか、そういうことですか」
アモンが合点がいった様子で頷いた。
「どういうこと?」
僕が尋ねると、アモンは険しい表情でセクメトス達を見やった。
「次期獣王有力候補はエルバだったが、彼はもういない。そうなると各部族長達で獣王の座を争うことになるが、実力的には横並びで誰が獣王になってもおかしくない。セクメトス殿は自身が獣王である内に、バルディアとの結びつきを何が何でも強くしたい考えなんだろう。万が一、獣王になれなかった時の保険としてね」
「……誰が獣王になってもバルディアとの関係を持っていれば、セクメトス殿の意見は無視できなくなるというわけか」
さすが獣王と言うべきか、食えない人である。
身近で言えば、帝都のマチルダ陛下を彷彿させる手腕だ。
「失敬だな。次の獣王も私に決まっているだろう」
セクメトスがそう言って微笑んだ次の瞬間、獣化したエルバと同等。もしくはそれ以上の魔圧が解き放たれ、室内が壁が一気にきしみ出す。
「こ、これは……⁉」
これだけの実力を持つ部族長達が横並びで獣王を競うのか。
驚きと共に、僕は心が躍ってしまった。
「おっと、驚かせてしまったようだな」
彼女が肩を竦めると、魔圧はすぐに消える。
「さて、私達ばかりで話していてもしょうがない。当人のシトリー・グランドーク殿。是非、貴殿の意見も聞かせてくれたまえ。遠慮はいらぬぞ」
「わ、私は……」
皆の視線が集まる中、シトリーは僕とアモンを見つめる。
そして、意を決した様子で切り出した。
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