意外な答え
ギョウブ、ルヴァ、セクメトス一行と共に屋敷の来賓室に移動した僕達は会談を開始する。
元々の会談内容は、隣に位置する狸人族領との物流強化を中心とするものだ。
バルディアと狐人族領が技術提携しても、売り先がなければいずれ供給過多となりかねない。
帝国、レナルーテだけでなく販売網を大陸全土に伸ばすためには、地道な販路拡大をしていく必要がある。
今回の会談は、ズベーラ国内における販路拡大の第一歩となるはずだったんだけど。
ギョウブ以外の面々が此処に居るのは、全くの想定外である。
会談中、意外にもセクメトスとルヴァは何も言わず、ギョウブと僕達の会談を横で興味深そうに聞いているだけだった。
それがまた不気味でもあったけど。
ギョウブと話を進めていく中で、彼から出た言葉で印象的だったのは『是非、クリスティ商会に狸人族領へも進出してほしい』というものだった。
ズベーラにおける国内外の商流を一番把握しているのは狸人族らしく、クリスティ商会から仕入れた一部の商品を再販したいという考えがあるという。
「全部族の領地を合わせれば、ズベーラの国土は帝国にも匹敵する広さだ。流石に、それだけの範囲をいきなりクリスティ商会で全てを補うのは不可能だろう。一部の商品だけ、うちに特別価格で卸してくれるだけでもいい。何せ、ズベーラ国内は色々と物資不足でね」
ギョウブはやれやれと肩を竦めた。
彼の言うことにも一理あるが、真意は測りかねる。
ここは一旦保留にして持ち帰った方がいいだろう。
僕は目を細めて頷いた。
「なるほど、わかりました。それはクリスと検討してみましょう」
「おや、ここで即決はしていただけないのかな」
含みのある言い方で、ギョウブがこちらを見つめてきた。
しかし、僕は笑顔を崩さない。
「私は父ライナー・バルディアの名代として此処に居りますが、クリスティ商会の代表ではありませんから。それに……」
少し間を置くと、僕はすっと真顔になった。
「当家は旧グランドーク家から『騙し討ち』に合っております。勿論、ズベーラにおける部族長の皆様方が、かの人物達如く誠意を踏みにじる事はしない。そう考えてはおりますが、昨今の情勢を鑑みるに即決即断は少々難しい状況であるとご理解いただきたい」
ギョウブは眉をぴくりと動かすと、椅子の背もたれに背中を預けて頭を振った。
「やれやれ。ここに来て耳が痛い話だな。セクメトス、この一件。お前にも責任があるんじゃないか」
「確かにな。ガレスとエルバの一件、彼等の独断による暴走を止められなかったこと。私個人としては、リッド殿に申し訳なかったと謝罪しよう」
セクメトスは椅子に座ったまま会釈すると「しかし……」と続けた。
「国として見れば、隣国かつ国境地点にあるバルディアの著しい発展は実に空恐ろしく、末恐ろしいと言わざるを得ない。ガレスやエルバ達が勇み足を踏んでしまったことは、間違いなく誤りだろう。だが、為政者として彼等の気持ちも一定の理解はできる」
彼女の発言で室内の空気が一気に緊張で張り詰めた。
「……狭間砦の戦いでバルディア家の騎士達には多大な被害がでています。勿論、狐人族にもです。獣王とはいえ、いや、獣王という立場にあるからこそ発言には気をつけるべきではありませんか」
目付きを鋭くし、僕は静かな怒りを込めて口調を強めて凄んだ。
「おっと、これは失礼した。気分を害したなら謝罪しよう。だが、考えてもみてくれ。自隣が著しく発展し、近い将来太刀打ちできなるであろう脅威というものを。そして、彼等がいつ攻め入ってくるのか。恐怖しなければならない状況をな。服従か、追従か、同盟という名の『属国』か」
セクメトスはそう言うと、横目でアモンとティスをちらりと見やって不敵に笑った。
「どのような形にしろ力関係が有る限りは、対等な同盟などあり得んからな」
「言わんとしていることはわかりますが、国も人は必ずしも利害関係だけではないでしょう」
僕は即座に切り返した。
「ガレスやエルバの行いは決して許されるものではありませんし、私は許すつもりもありません。しかし、彼等が自身の能力を調和と協調に使っていれば、もしかしたら対等で良い関係を築けた可能性もあったでしょう。問題なのは、彼等が私達を仮想敵国とした思想の根幹となる『弱肉強食』の考えではありませんか」
「ほう。では、リッド殿は獣人国の考えを真っ向から否定するのかな」
相槌を打ったセクメトスは、試すような視線と物言いである。
「真っ向からではありません。私がガレスやエルバと対峙し、狐人族領内で見聞きして感じた歪んだ弱肉強食です」
そう告げると、セクメトスは「ふむ」とこれまでと違う神妙な面持ちを浮かべた。
すると、彼女の隣に座っていたルヴァが身を乗り出す。
「それ、とても興味があります。是非、リッド殿が感じた『歪んだ弱肉強食』を後学のため、聞かせてもらえませんか」
「勿論です」
僕はこくりと頷き、狭間砦の戦いが起きる前のことから、現在に至るまでに感じたことを説明していく。
強き者が生き残り、弱き者は淘汰される。この考え方は決して間違っているわけじゃない。
どんな世界で過ごすにしろ、厳しいけどそうした部分があることは事実だ。
でも、弱肉強食という思想だからと、強き者が弱者をないがしろにして良い理由にはならない。
それに大いなる力を持つ者には、自然と大いなる責任が本人の意志に問わず付いてくる、
利己的にその力を使い続ければ、いずれその者はより大きな力に飲まれてしまうだろう。
何より、自らを強者だと言っていたエルバやガレスも、弱者と罵っていた人達がいなければ日々の衣食住を賄うことはできなかったはずだ。
それを忘れて自らを強者と言い張るなんて、最早驕りでもなく愚かなだけに過ぎない。
「……以上です。エルバとガレスもそうですが、狐人族領における一部の豪族達も非常に利己的でした。それは、弱者は強者のために存在するという歪んだ弱肉強食の思想が根付いた結果だと、僕は個人的に考えています」
「弱者は強者のために存在するという歪んだ弱肉強食、か。耳の痛い話だわ」
説明を終えると、ルヴァがため息を吐いてやれやれと肩を竦めた。
ギョウブは椅子の背もたれに背中を預けたままで腕を組んでおり、表情に変化はない。
「……面白い」
セクメトスはおもむろに呟くと、大声を出して笑い始めた。
何事かと、室内の視線が彼女に向けられる。
「いやはや。リッド殿は我が子ヨハンと歳がかわらないというのに、素晴らしい感性と着眼点を持っておられる。もし貴殿が女子であれば、是非ともヨハンの妻になっていただきたいぐらいだ」
「おぉ⁉ 凄い、母上がリッドをお認めになったぞ」
セクメトスの隣に座るヨハンは目を輝かせるが、僕的にはあんまり嬉しくない。
「それはどうも。しかし、何度も言いますが私は男であり、既婚者です。今のは褒め言葉にはなりませんからね」
あえて目を細めると、彼女は「これは失礼した」と会釈して「だが……」と続けた。
「リッド殿の言葉。私も同意見だ」
「え……?」
思いがけない獣王の答えに、僕は呆気に取られた。
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