前途多難
「セクメトス、ヨハン。ちょっとはしゃぎ過ぎよ」
呆れ顔を浮かべて被牽引車から降りてきた小柄で白い肌の女性は、丸みを帯びた耳が頭から生え、灰色の髪を大きく横に広がるように後ろでまとめている。
鋭くも真面目そうな目つきには黒い瞳が浮かんでいた。
見た目から判断するなら鼠人族だと思うが、会った記憶はないから初対面のはずだ。
何にしてもギョウブ、セクメトス、ヨハンと来てあまり良い予感はしない。
それとなく被牽引車の中を窺うが、さすがにもう誰も乗っていないようだ。
「え、えっと。失礼ですが貴女は……?」
恐る恐る尋ねると、彼女は咳払いをして畏まった。
「リッド殿には初めてお目に掛かりますね。私は鼠人族部族長ルヴァ・ガンダルシカです。皆様。獣王セクメトスを初め、突然の訪問。驚かせてしまい申し訳ありません」
ルヴァはそう言うと、丁寧に頭を下げた。
凄い、獣人族の部族長にも普通の挨拶できる人がちゃんといたんだ。
今までの一連の流れから思わず感動してしまうが、驚くことはそこじゃない。
問題なのは、どうしてギョウブとの会談にも拘わらず彼等がいるかだ。
僕は仕切り直しをするべく、深呼吸をして咳払いをした。
「こちらこそ会えて光栄です。いずれ、皆様にもご挨拶できればと思っていましたから。改めてリッド・バルディアです」
戸惑いながらもルヴァとセクメトスと握手を交わすと、ヨハンがすっと手を出してきた。
「……ヨハン殿もよろしく」
「ヨハン、でいい。敬語もいらんぞ。その代わり、僕も気軽にリッドと呼ばせてもらう」
「ワカッタ」
あえて棒読みで返すと、彼は噴き出して楽しげに笑い始めた。
「なんだそれ。リッドは面白いな」
「それはどうも」
小さくため息を吐いたその時、アモンが咳払いをしてこの場の注目を浴びる。
「本日はギョウブ殿との会談だったはず。どうしてセクメトス殿とルヴァ殿までここにいらしたんですか」
「いやぁ、済まない。俺としても想定外のことだったんでね。実は……」
ギョウブは決まりが悪そうな顔を浮かべて語り出した。
曰く、彼が狐人族領に向けて出発する前日。
狸人族領にセクメトスとルヴァ一行が押しかけるように訪ねてきたそうだ。
その理由は最近における狐人族領の状況を聞きたい、ということだったらしい。
ギョウブは狐人族の旧政権派と言える豪族達が次々と改易されたこと。
そして、バルディアとの流通が活発化していることを告げ、バルディアから仕入れた『清酒』を開けて三人で飲みながら技術と食文化に感嘆したらしい。
『清酒』は狭間砦の戦いでラファをこちら側に引き込む際にも活躍。
今では、彼女に優先して毎月数本を卸すようにしている。
最近では清酒の一般販売も開始され、瞬く間に国内外で大人気になった。
クリスを通じて両陛下に献上した際、毎月必ず数本を定期購入する契約をしたことも人気に拍車を掛けている。
かなり入手困難なはずだが、よく仕入れができたものだ。
多分、バルストや帝国貴族に狸人族なりの伝があるんだろう。
しかし、清酒は美味しい反面、度数が高い。
一応、ラベルにはとても強いお酒なので飲み過ぎにはご注意下さいという記載はしている。
だが、三人は気にせず飲み続け、暫くしてほろ酔いになったそうだ。
暫く飲んでも『ほろ酔い』というあたり、彼等はお酒に相当強いらしい。
気分が良くなったギョウブは、つい口を滑らしたそうだ。
『明日、俺は狐人族領に行くんだよ。この酒、必ず狸人族領に卸してもらうように頼もうと思ってな』
『なに、お前のところにはもう返事が届いているのか』
セクメトスの眉間に深い皺が寄ったという。
『獣王の私を差し置いて、まずギョウブを呼び寄せるとは気に入らんな。よし、明日の狐人族領訪問には私も出向くぞ。ルヴァ、お前も来い』
『私は別に良いけど。でも、急に行くのは流石に迷惑じゃない。印象が悪いわよ』
『気にするな、私は獣王だ。国内なら行きたいところにはいつでも、何処へでも行く。それに、国境地点で早馬を出して事前に知らせれば問題なかろう。ギョウブ、そういうわけださっさと手配しておけ』
『あらら。こりゃ、口が滑ったな』
言い出すと聞かないセクメトスの性格を知っているギョウブはやれやれと肩を竦め、ルヴァは呆れ顔を浮かべていたらしい。
「……というわけで現在にいたるというわけだ。酒に酔ったことはないんだが、清酒は注意書きにあるとおりだな。いやはや、俺もあの時はうっかりしていたよ」
「そ、そうなんですね」
説明を終えたギョウブは決まりの悪そうな顔をして両手を広げた。
問い掛けたアモンは呆れ顔を浮かべている。
今の話、絶対に『嘘』だろ、と僕は心の中で突っ込んでいた。
彼の説明は辻褄は合っているように聞こえるが、常識的に考えれば獣王という立場あるセクメトスがいきなり王都を離れることはできない。
よしんば出来たと仮定し、狸人族領を訪れ、ギョウブが狐人族領へ翌日出向くことを知ったする。
しかし、獣王としての予定を全てひっくり返してまで来られるはずはないだろうし、鼠人族部族長ルヴァがいることも不自然だ。
ルヴァはセクメトスと親しいだけではなく、政権運営にも拘わっていると聞く。
いわば、獣王の右腕的存在。その彼女まで此処にいるということは、全ては彼等の思惑通りという可能性が非常に高い。
多分、獣王との会談を僕とアモンが後回しにしようとしていたことを察し、やってきたんだろう。
ただ、その理由はまだわからない。
「さて、諸君。いつまでも此処に居ては落ち着かん。そろそろ、移動してはどうかな」
「そうですね。では、こちらへどうぞ」
アモンはセクメトスの言葉に頷くと、皆を先導して歩き始める。
「あらあら、大変なことになったわねぇ」
他人事のように話しかけてきたのはラファだ。
「ひょっとして、君はこうなることを予想していたんじゃないの」
この場にはバルディアと狐人族関係者のほとんどが集まっている。
ギョウブの出迎えにそこまでの必要はあるのかという疑問あったけど、彼女からの強い提案で出迎える面々が決まった経緯があった。
「いいえ。ただ、ギョウブが何かしてくるだろうとは思っていたわ」
「……それならそうと言ってくれたら良かったんじゃないの?」
訝しむと、彼女の不敵に笑った。
「あら、それじゃつまらないわ。予想外のことが起きるから、人生は楽しいのよ。この後も、期待しているわよ。リッド」
ラファは目を細めると、屋敷に向かって歩き出した。
「……何を期待しているんだよ」
やれやれと頭を振ってため息を吐いていると「リッド兄様」と呼びかけられる。
振り向けば、ティスとシトリーが揃って頬を膨らませていた。
「ど、どうしたの。二人とも」
「相手が男の子でも駄目ですからね」
「そうです。相手が同性であっても不貞になります」
「な……⁉ だから、僕はファラ一筋で他に興味ないって言っているだろう」
声を荒らげると「リッド、大丈夫だぞ」という声が聞こえる。
ハッとすると、ヨハンが白い八重歯を見せて笑っていた。
「言っただろ。僕は君と奥さんの娘で大丈夫だって」
「それも大丈夫じゃないんだ。全然、大丈夫じゃないんだよ」
予想外の出来事が立て続けに起き、『ときレラ』の攻略対象こと『ヨハン・ベスティア』との予期せぬ邂逅。
そして、何故か変な方向で彼に気にいられるという始末。
問題が立て続けに起き、流石の僕も頭を抱えてしまった。
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