狸人族部族長との会談当日
部族長屋敷の執務室でアモンと一緒に事務処理をしていく中、ふと手を止めて彼を見やった。
「今日は、いよいよ他領の部族長と会談だね。流石にちょっと緊張するよ」
「はは、型破りな風雲児のリッドでも緊張することがあるのか。少し意外だな」
「君は僕のことをどう思っているのさ」
アモンの軽口に僕はやれやれと肩を竦めた。
今日は狸人族部族長ギョウブ・ヤタヌキが狐人族領に来訪し、僕やアモンを中心とした面々と部族長屋敷で会談する日だ。
なお、ギョウブを初めとして僕は各部族長へ今後挨拶周りに出向いたり、先方が訪ねてきたりと顔つなぎの日程を予定している。
狐人族とバルディアの繋がりを伝えて牽制する目的と、様々な商品の売り込み。
そして、各領地にある名産品や産出物の調査だ。
考えとしては、ズベーラ国内で手に入る様々な品を狐人族領で加工し、バルディア領へ輸出。
その後、バルディアから大陸全土に広めていくという計画を立てている。
最近だと、バルディア領に移住したいという人が帝国問わずにちらほら出て来ているみたいだし、領内に目を向ければ出生率が右肩上がりに上昇しているのだ。
人が増えれば、その分衣食住が必要になる。
領内だけで賄うには限界もあるから、今後の発展を見据えれば、是非ともズベーラ全土とも取引していきたいという考えだ。
しかし、部族長達は前狐人族部族長ガレスやエルバの行いを黙認してきた人物達でもある。
様々な事情があったんだろうが、僕からすれば結果としてガレスとエルバ達による『侵攻』で多大な損害を被った遠因だ。
僕にとって部族長という肩書きは信用ではなく、警戒の対象。
でも、将来のためにも彼等をしっかりと自身の目で見定めておく必要があるだろう。
とはいえ、今日は僕達側の準備にも少し気になっている事があった。
「それにしても、どうしてラファは僕達だけじゃなく『皆』で参加すべきと言ってきたんだろうね」
実は今日の会談。
参加者は僕やグランドーク家の面々だけではなく、ダイナスやティス達も含まれている。
相手が部族長だから出来る限りの誠意を持ってという意味かもしれないが、どうもそれだけじゃないような気がするんだよな。
「それは私も気になった聞いてみたんだけどね」
「それで、どうだった」
アモンは決まりの悪い顔で頭を振った。
「貴方は部族長なんだから、自分で考えなさいとやんわり怒られてしまったよ」
「確かに、そう言われると僕も何も言いかえせないね」
ラファは味方だけど、決して手取り足取り教えてくれるような人物ではない。
特にアモンには厳しく諭すような言い回しが多いような気がする。
弟想いなのかもしれないし、狐人族や自身の未来を考えての発言なのかもしれない。
「姉上の言葉とギョウブ殿の噂を踏まえれば、今回の会談で何か仕掛けてくるつもりかもしれない。それに備えて、皆が居た方が良いということかなと、私は考えてはいるけどね」
「なるほど。それもあるかもしれないね」
アモンの言うギョウブの噂とは、『ギョウブ・ヤタヌキは部族長の中で一番飄々としていて、食えない男』というものである。
サフロン商会から商圏をクリスティ商会が引き継ぐ際、マルティンやマイティから『ギョウブとの取引は油断しないように』と念を押された。
ただ、性格的には温厚な人物らしく、狐人族領の隣領でもあるから一番最初に会談をする相手としている。
獣人族は弱肉強食の思考が根強いけど、狸人族は比較的その考えが薄いらしくて、どちらかといえば『知恵者』を好むらしい。
そうした点が、サフロン商会の警戒やラファが提言した『会談に皆で参加すべき』というところに繋がっているのだろう。
第二騎士団特務機関に所属する狸人族のダンにもそのあたりは聞いてみたが、彼はギョウブのことをよく知らなかった。
まだ幼い内に奴隷としてバルストに売られてしまったから止む得ないだろう。
でも、ダンはこうも言っていた。
『部族長のことは良くわかりませんが、狸人族は知恵比べが大好きです。領民は皆にこにこしていますし愛想もいいですけど、笑顔の裏では悪巧みしてほくそ笑んでいる奴ばっかで意外と殺伐としていますよ。わかりやすく言えば、騙される方が悪いという感じです。それでも悪戯が過ぎれば僕達兄弟のように他国に売られちゃいますけどね』
彼は自虐的に笑っていたが、中々に行きたくない領地だなぁと僕は思わず顔が引きつった。
一見、笑顔で皆は対応してくれるのに、その裏では悪巧みをしてほくそ笑む。
何かあれば、騙される方が悪いと領内は殺伐としている。
そんなところ出向けば、気疲れでたまったもんじゃない。
正直、仕事でも行きたくないほどだ。立場上、そんなことは言ってられないけど。
「しかし、今日の会談が終わったら、次は馬人族部族長アステカ・ゼブラート殿とも会談しないといけない。彼もまた、一癖も二癖もある人物だ。あまり、今から気負わない方がいいと思うよ」
「まぁ、そうなんだけどね」
アモンの言うとおり、噂を聞く限りではどの部族長達も何かしら一癖、二癖ありそうな人物達ばかりである。
あまり、気負いすぎては身が持たないだろう。
「リッド様、アモン様。よろしいでしょうか」
その時、扉が丁寧に叩かれる。
声からしてティンクだ。
「うん、どうぞ」
アモンに目配せして返事をすると、扉がゆっくり開かれる。
「間もなく、ギョウブ・ヤタヌキ様を乗せた木炭車がこちらに到着いたします」
「わかった。じゃあ、行こうか」
畏まるティンクに答えると、僕達は来賓を出迎えるべく玄関外に移動する。
今回の会談にあたっては、国境地点に送迎用の木炭車と貴族向けに試作開発した被牽引車【トレーラーハウス】を用意。
これも二家の繋がりを誇示しつつ、バルディアの技術力を体験してもらうことが目的だ。
一応、車内では一杯だけ清酒も提供するようにしている。
新たな食文化を知ってもらうことに加え、お酒は酔わすことで人の理性を緩める効果を期待してのことだ。
酒豪には通じないかもしれないが、会談を優位に進めるための工夫でもある。
僕とアモンは年齢の関係上飲めないと断れるからね。
玄関外に辿り着くとラファやティス初め、会談参加者が勢揃いしていた。
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