ヨハン・ベスティアの情報
「ヨハン殿か。以前、王都に行ったときに遠目から見たことはあるけど、直接話したことはないかな」
「そうか。ちなみに、その時は彼にどんな印象を抱いたか教えてもらってもいい?」
「印象か。そうだなぁ……」
アモンは腕を組むと目を瞑って思い出そうと唸り始めた。
『ときレラ』に出てくる攻略対象にして、ゲーム内物理最強格だった登場人物こそ『ヨハン・ベスティア』だ。
獣王国ズベーラで気になっていた一つが彼のことだった。
メモリーを通して蘇った僕の記憶とヴァレリが思い出したという記憶上、エルバ・グランドークはヨハン・ベスティアルートにおける最後の敵だったのだ。
本来であれば十数年後にマローネやヨハンを中心とした面々が倒すはずだったエルバを僕が意図せず倒したことで、彼自身やズベーラ全体に何か変化が起きたのか。
もしくはこれから起きていくのか。
それらを調べる意味もあって、僕は狐人族領入りを決めていた。
高い物理攻撃力と素早さによって、ゲーム内では他を圧倒するキャラだったヨハン。
もし、彼が僕の前に将来立ち塞がる存在になったすれば、エルバ同等かそれ以上の強敵になることは想像に難くない。
幼いうちに親しくなれればいいけど、それが無理ならせめて弱点や対策を見つけられればと考えてはいる。
「ちょっと見た感じだけど……」
アモンはゆっくりと目を開いた。
「人前に立っても落ち着いた様子だったから、物静かで凜々しそうな印象は受けたかな」
「物静かで凜々しい、か」
ゲームでのヨハンは、可愛いやんちゃ系のキャラだったような気がする。
でも、幼い頃は違ったのかもしれない。
もしくはエルバが関係して、性格が大きく変わった可能性もある。
「だけど、それがどうかしたのかい」
「あ、いや。いずれ会うことになるだろうから、できるだけ人となりの情報は集めておきたいと思ってね。それにほら、百聞は一見にしかずっていうでしょ。ヨハンを間近で見たことのあるアモンの意見が一番かなってさ」
「そういうことか。だけど、私も遠目で見たことがあるだけだからね。あんまり参考にならないと思うよ。あ、でも……」
ふと何かを思い出しようにアモンが口元に手を当てた。
「でも……?」
「ほら、今度領地にやってくるギョウブ殿。彼はセクメトス殿ともよく話しているだろうから、ヨハン殿のこともよく知っていると思う。その時、色々と尋ねてみたらどうだい」
「なるほど。確かにそれが一番良いかもしれないね」
狸人族部族長ギョウブ・ヤタヌキとは今度初めて顔を合わせる。
その時の話題としても、おかしくはない。
自分と同い年の王子がどんな子なのか気になって、と言えば特に不審がられることもないだろう。
「ところで、リッド。私からも一つお願いがあるんだけど良いかな」
「え、うん。どうしたの」
アモンは決まりが悪そうに頬を掻いた。
「実は、バルディア騎士団に士官。というか、ライナー殿に仕えたいっていう狐人族の戦士が一人いてね。どうしてもって聞かないんだ」
「父上に仕えたい、だって」
思わず眉間に力が入る。
バルディア家に仕えたいという者は後を絶たない。
領地が目覚ましい発展途上であることに加え、狭間砦の戦いにも勝利したことで更に注目を浴びるようになったからだ。
結果、帝国だけでなく、大陸中の立身出世を目指す様々な若者達がバルディア家に仕えたいと領地を訪れるようになっている。
狭間砦の戦いで多くの騎士団員が亡くなったバルディアとしては、士官希望者多いこと自体は嬉しい悲鳴だ。
しかし、国内外の諜報員や工作員もこの機にバルディア家に入り込もうと躍起らしい。
厳しい身辺調査をやっていくと、何やらきな臭い若者も結構いる。
父上に戦後処理を引き継ぐ前、僕も時間を取られた業務の一つだった。
「ちなみに、その戦士はどうしてアモンじゃなくてバルディアに仕えたいの」
訝しむように尋ねると、アモンは「実はね……」とおもむろに語り出す。
曰く、その狐人族戦士の名前は『スレイ・レズナー』というらしく、元々はガレス・グランドークの馬廻衆をまとめる頭目だったそうだ。
馬廻衆は、主君の身の回り世話から護衛まで何でもこなす精鋭。
その頭目となれば、実力は推して知るべきだろう。
狭間砦の戦いで、父上とアモン達の活躍によってガレスが討伐されたこと周知の事実だ。
スレイはその時、ガレスの護衛として父上の前に立ったが敗北。
主君を守れなかったスレイは、最後に自ら首を差し出したそうだが父上は拒否したらしい。
狭間砦の戦い終結後、スレイは主君を守れず生き残ったことに一時茫然自失となっていたそうだ。
でも、僕やアモンが次々と改革していく様子を目の当たりにしたことで『自身の命は、救ってくれたライナー殿に捧げるべき』という考えに至ったらしい。
そして、バルディア家に士官をしたいと、アモンに近いバルバロッサやカラバを通じて相談を持ちかけてきたそうだ。
「……というわけ訳なんだ。何というか、ライナー殿に様々な意味で感服したみたいでね」
「な、なるほど」
男心に男が惚れる、いわゆる『男惚れ』というやつだろうか。
父上の人柄に惚れ込んだ、そう思うと少し照れくさいけどとても嬉しい。
元馬廻衆の頭目を務めた戦士であれば、優秀な人材であることは間違いないはず。
父上の前に立ち、真剣を交えて敗北して生き残った、それだけでも驚異的だと思う。
父上は僕や身内には意外と情け深くて優しいけど、敵対する者には辺境伯として容赦がないからだ。
だけど、スレイという人物が敗北後に首を差し出しても、父上は拒否をしたという。
それはつまり、父上から見ても人柄と実力が優れた人物だったということだ。
今のバルディアは人手不足だから、正直なところ優秀な人材であれば種族に関係なくほしい。
しかも、元頭目経験者ということであれば、前世の記憶で言うところの管理職経験者である。
即採用と言いたいところだけど身辺調査の件もあるから、これは僕の一存で決められることじゃないなぁ。
僕は腕を組んで考えを巡らせ、「よし、わかった」と頷いた。
「じゃあ今度、スレイ・レズナーを駐屯地の屋敷に呼んで僕、アモン、ダイナス、カペラで面接をしてみようか。それと合わせた身辺調査でも問題がないと判断出来れば、僕が父上宛に紹介状を書いて最終面接を行う……て流れでどうだろう」
「勿論だとも。きっとスレイも喜ぶさ。いやぁ、これで私も一つ肩の荷が降りたよ」
破顔するアモンは、何やら心底嬉しそうだ。
ひょっとして、スレイのことで何か隠していることでもあるんだろうか。
「えっと、アモン。その、肩の荷が降りたってどういうこと?」
「あ、いや。スレイが相談を持ちかけて来た時、彼は静かながらも鬼気迫る様子でね。話を聞いてくれるまでここで待たせてほしいって、玄関前でずっと正座していたんだよ」
「へ、へぇ……」
アモンは頬を掻きながら、安堵したように笑った。
それにしても、玄関前で正座して待つか。
なんだか、前世の時代劇とかに出てきそうな人物だな。
そうした感想を抱きつつ、僕はアモンとその後も打ち合わせを続けていった。
ちなみに後日。
スレイと面談することになったけど、この時の所感は間違っていなかった。
カペラとアモンによる身辺調査の結果も問題無し。
彼の実力を測るため、ダイナスが手合わせを行ったが、こちらも申し分ないと太鼓判が押される。
そして、スレイ・レズナーは、僕の紹介状を手に父上のいるバルディアに向けて出立していった。




