リッドとアモンの打ち合わせ
「ティスとシトリーは長旅の疲れもあるし、明日に備えて屋敷で休んでいるよ。初めての顔合わせだから、ちゃんとした状態で君に会いたいってね」
僕がそう言うと、アモンは少し残念そうに「そうなのか……」と呟いた。
「そこまで気にせずとも、二人ともすぐに来てくれても構わなかったんだが。あ、いや、勿論、長旅で疲れているだろうから、休んでくれて全然良いが、その、何というか……」
何やら煮え切らない様子で、もじもじとするアモン。
急にどうしたんだろうと、首を傾げるが、すぐに「あ……」と察した。
「えっと、そんなに二人と早く会いたかったの」
「う……」
図星だったらしい。
彼は珍しく、顔を赤く染めた。
「そ、それは、そうだろう。シトリーとはバルディアでの会談以降、会えていないんだ。それに……」
アモンは、意を決したように捲し立てた。
「ティス殿は英雄クロス殿の娘にして超絶美少女。かつ、幼くしてバルディア第二騎士団養成所の主席となり、リッドも認める才女と聞いている。此程の良縁、気にならないという方が無理だろう」
「ちょ、ちょっと待って。最後の部分はわかるけど、最初のは超絶なんだって」
「超絶美少女、だ。そう聞いているが、違うのかい」
彼はきょとんとして首を捻るが、僕は唖然としてしまった。
バルディア第二騎士団養成所の主席、才女という部分は僕にも伝えた記憶がある。
でも、流石に超絶美少女とは言っていない。
いや、ティスが美少女であることは間違いないが、いくらなんでも超絶美少女と伝えては期待値が上がりすぎてしまう。
現に今のアモンは、一点の曇りもない瞳をきらきらと輝かせていた。
「ちなみに、ティスが超絶美少女という情報は何処から得たのか聞いても良いかな」
「あ、それはだね。以前、姉上がバルディア領の情報を色々と集めていた時期があっただろう。その時、第二騎士団副団長のご息女が超絶美少女という情報が騎士団周辺で毎日聞き取れていたそうなんだよ」
「騎士団周辺で毎日、だって」
ラファがガレスやエルバの指示で、一時期バルディアの情報を集めていたことは知っている。
でも、ティスが超絶美少女だと騎士団員が毎日話していたなんて、そんなこと聞いたことがない。
僕が首を傾げていると、アモンが「今更隠し立てしなくても良いじゃないか」と笑みを溢した。
「当時、クロス殿が『俺の娘のティスは超絶美少女だ』と周囲に漏らすと、騎士達の誰もが口を揃えて『その通りです』とか『仰る通りです』と即答していたと聞いているよ。つまり、ティス殿は父親であるクロス殿だけでなく、誰もが認める超絶美少女だということだろう」
「あ……」
彼の言葉で全てが繋がった。
頭に超が付くクロスの親馬鹿ぶりは騎士団では周知の事実。
確かに、彼はいつも所かまわず、ティスのことを『超絶美少女』だと触れ回っていた気がする。
騎士達もそんなクロスの人となりを知っていたから、誰も彼もが同意していたのだ。
状況を知らない人が端から見れば、ティスは誰もが認める超絶美少女となるわけか。
まさか、そうしたやり取りが此処に来て表面化するとは思いもしない。
『リッド様、何を仰ってるんですか。ティスは間違いなく超絶美少女ですよ』
ふいに耳元からクロスの声が聞こえてハッとする。
慌てて周囲を見渡すが、彼の姿は勿論どこにもない。
「空耳……か」
「リッド、急にどうしたんだい」
「あ、ごめん。気のせいだったみたい」
「……?」
アモンはきょとんとするが、すぐに咳払いをして身を乗り出した。
「それで、リッド。ティス殿は君の目から見ても超絶美少女なのかな」
「それは、その……」
彼の期待に満ちた眼差しに、僕は観念して「も、勿論だよ」とゆっくり頷いた。
「ま、まぁ、僕にとっては妻のファラが一番の美少女だけど、ティスも美少女であることは間違いない、かな」
「おぉ、やっぱりそうなんだね。それを聞けて良かった。今日会えないのは残念だけど、明日会えるのが今からとても楽しみだよ」
「あはは、そうだね。ティスもきっと楽しみにしているよ」
ごめん、ティス。
ここまで彼の中で期待値が爆上がりしているなんて、全くの誤算だった。
明日の顔合わせ、無事に終えられるかなぁ。
頬を掻きながら苦笑していると、アモンが「あ、そうだ」と真剣な表情を浮かべた。
「リッドがガリエル・サンタスと対峙した際、所属不明の鳥人族が介入してきたと言っていただろう」
「うん、その件で何か進展があったの」
身を乗り出すと、アモンは頭を振った。
「いや、まだ明確な情報は得られていないだけど……」
彼は含みのある言い方をすると、声を低くした。
「どうも、前部族長のガレスが、独自かつ秘密裏に鳥人族部族長ホルスト・パドグリーと会っていたみたいなんだ。ただ、理由はわからない」
「そっか。やっぱり、ガレスとホルストには何か繋がりがあったとみて間違いなさそうだね。ちなみに、ラファはこの件で何か知っていることはあったのかな」
彼女は、狐人族の暗部をまとめて両内外の様々な情報を集めていたはず。
ガレスとホルストの密会も、独自に把握していた可能性はある。
アモンは頭を振って、肩を竦めた。
「残念だけど、姉上も知らないらしい。ただ、ガレスがホルストと秘密裏に会っていたことは薄々気付いていたみたいだね」
「そうなんだ。でも、どうして調べなかったんだろう」
刹那的快楽主義者、なんてマルバス達に評されていたラファだが、意外にも任された仕事はちゃんとやっている。
必要と考えれば、こちらがお願いした以上のことまでしてくれるから、ガレスとホルストの密会を知れば、すぐに独自調査でもしそうな感じがするんだけどな。
「それは私も気になって、姉上に尋ねてみたんだ。そしたら……」
「そしたら?」
アモンは真顔になった。
「まずもってホルストの事は嫌いだし、何より危険過ぎる。情報を得る前に部下が無駄死にする可能性が高い。そう判断して深追いはしなかった……ということらしい」
「ラファがそこまで危険視する相手、か」
僕は思わず腕を組んで唸った。
彼女は狐人族領内ではエルバとガレスに次ぐ実力者だ。
その上、ラファがまとめる暗部に所属する戦士達は相当な手練れである。
それだけの組織と実力を以てしても、ホルストから情報を得るのは難しいという。
鳥人族部族長だから、当然と言えば当然かもしれない。
だけど、アモンの口から聞くだけでも、ラファのホルストに対する評価はもっと空恐ろしいもののような気がする。
今度、改めて彼女とこの件について話す必要があるかもしれないな。
「ところで、リッド。君の方はどうだったんだ。ガリエルが異様な変貌をした件。バルディアでも調べてみると言っていただろう」
「あ、うん。そうだったね。実は……」
僕はそう言うと、バルディアでサンドラ達と行った考察を共有していった。




