リッドと牢宮珠2
「ご説明した牢宮珠【ろうきゅうじゅ】なんですが、結晶化の際には必ず決まってある色になるんです」
「それってまさか……」
含みのある言い方にハッとすると、サンドラは真顔で頷いた。
「お察しの通り、牢宮珠は全て翡翠色をしているんです」
「いや、でも、いくら何でも色が同じという理由だけで『翡翠色の丸玉』が牢宮珠を模したものだと仮定することは早計じゃないかな」
僕は首を捻って疑問を呈した。
言わんとしていることはわかるけど、翡翠色という共通点だけではいくら何でも根拠として弱い。
だけど、サンドラは頭を振った。
「勿論、色だけではありません。どちらかと言えば、リッド様が目の当たりにしたという他者を魔力として吸収したという現象が重要です」
「えっと、どういうこと」
「過去の文献で様々な情報を調べましたが、他者を魔力として吸収するという現象はほとんど見つかりませんでした。ただ、それでも似ているものを上げるなら『牢宮【だんじょん】』の仕組みが一番近いということです」
「あ……」
サンドラの言葉の意味を、僕はようやく察した。
牢宮核は長い年月で魔力を蓄え、その魔力を源にして牢宮と魔物を生み出す。
つまり、蓄えた魔力を放出するわけだ。
そして、牢宮に迷い込んだ者の魔力を『吸収』して更に成長するという性質を持っている。
考えてみれば、ガリエルが翡翠色の丸玉を取り込んで変貌を起こした現象に近いかもしれない。
呆気に取られていると、エレンが「これは補足になるんですが……」と切り出した。
「ボク達がリッド様用にお造りした鎧も、魔力を吸収もしくは放出する性質を持っています。これも、牢宮珠が持つ特性を利用したからできたものなんです」
「姉さんの言うとおりです。あと魔道具と呼ばれるものには、大なり小なり魔力を吸収放出する機能がありますが、その原材料で一番使われているのが牢宮珠なんですよ」
「そうか。あの鎧にも牢宮珠が使われているんだったね」
高い魔力が宿した希少価値の高い宝石かつ、様々な魔道具の原材料にも使われる牢宮珠か。
前世の記憶にある『ときレラ』には、そんな物は存在していなかった。
ゲームに出てくるアイテム名と名前が違う可能性もあるけど、類似するものも記憶にはない。
というか、あったら真っ先に確保できるよう動いていたはずだ。
「それからもう一つ、牢宮珠を模したものだと仮定した理由があります」
「仮定した理由がもう一つ……?」
サンドラはそう告げると、カーティスが咳払いをした。
「実を申しますと、レナルーテには牢宮で行方不明になった者が、突然町や国に現れて災いをもたらした、というようなおとぎ話がありましてな」
「え、でも、サンドラは過去の文献だと見当たらなかったって」
横目で見ると、彼女は肩を竦めた。
「正確には、帝国の文献ですね。流石に、レナルーテのおとぎ話までは調べきれませんでした」
「あ、そういうことね」
前世の記憶にあるネットなんてものはないから、この世界の知識は本で調べるしかない。
かと言って、各国のおとぎ話を網羅している本なんて利用価値が低すぎるから、多分存在していない気がする。
「まぁ、幼い子供に牢宮には近づくな、という戒めのようなものでしょう。しかし、おとぎ話の内容に、町に災いをもたらした者は人を次々食ったという部分がありましてな。ふと今回の件と似ていると思った次第です」
カーティスはそう言って会釈した。
「なるほど、ね」
おとぎ話は、基本的に何かしらの出来事が元になっているはずだ。
そして、ガリエルの変貌、翡翠色の丸玉、牢宮珠の性質を考えれば全てが繋がっているようにも感じる。
「今の話は、あくまで私達が知り得る情報から導き出した仮説だ。根拠が無い以上、推測の域はでらん」
父上はそう切り出すと、目を鋭くした。
「だが、何も考えずに動くよりも、仮説を立てて動くべきだろう。間違っていれば、修正すれば良い。何にしても、狐人族領では警戒を怠るなよ」
「畏まりました」
僕の一礼を合図に、打ち合わせは終わった。
ちなみに折角だからと、父上に魔刀術の事を説明して訓練場で実演したところ「ほう、これは良さそうな技だな」と怒ることなく気に入ってもらえた。
そういえば、父上も槍系魔法はあまり得意じゃなかった気がする。
「ルーベンスとアスナに教えることは許可しよう。だが、まずは私に教えてみろ」
「え、父上にですか」
「そうだ。ルーベンスが良い技と判断した以上、いずれは騎士団で正式採用するかという話にもなるだろう。故に、まず私が使えるようになるべきというわけだ」
「は、はぁ。騎士団で正式採用ですか。そんな大した魔法じゃないと思うんですけどね」
話が大きくなりすぎてたじろぐが、父上は珍しく楽しげだ。
でも、ふとキールの言葉が脳裏を過って不安に駆られた。
「つかぬことをお伺いしてもよろしいでしょうか」
「む、どうした」
「魔刀術を騎士団で正式採用したら、世界に覇を唱える。なんてことはしませんよね」
「そんなの当たり前だろう。あ、まさか……」
父上は呆れ顔を浮かべたが、すぐに鬼の形相に変わった。
「また何か事後報告あるのか。それとも、また良からぬ事を考えているわけじゃあるまいな」
「え、えぇ⁉ そ、そんなものありませんよ」
「本当か。本当にないんだな」
それから暫く、僕は父上から疑い目を向けられ、誤解を解くのが大変だったのは言うまでも無い。
なお、父上は魔刀術を数日で会得し、すぐに僕より使いこなすようになった。
近い将来、騎士団で扱う魔法として正式採用を視野に入れるそうだ。
そんなに凄い魔法じゃないはずなんだけどなぁ。
父上が魔刀術を習得後、許可も得られたことで無事にルーベンスとアスナにも教えることもできた。
二人とも数日で会得して、僕よりもすでに扱いが上手くなっている。
僕、父上、アスナ、ルーベンスが扱ってみたところ、どうやら魔刀術は『身体強化』に近い魔法みたいで、術者の魔力以上に剣術の技量が重要になるらしい。
魔法開発者である僕も、この事実にはかなり驚いた。
現状、魔刀術の扱いが上手いのは父上である。
僕が造った魔法なのになぁ。
こうして、父上達に魔刀術を伝えつつ、狐人族領に行っている間に溜まっていた事務仕事を処理する日々が続く。
そして気付けば、僕が再び狐人族領に出発する日が間近に迫っていた。




