リッドとキールの見解
「私は、帝都から来てまだ短いです。それでも、バルディア発展速度には本当に驚かされましたよ。そして、同時に危ういとも感じました」
「危うい、か」
僕が相槌を打つと、キールが「えぇ、そうです」と顔を寄せてきて凄んだ。
「このまま発展を続ければ近い将来、また目を付けてくる者が帝国内外問わずに現れることでしょう。狐人族の一件でその点は重々承知していると思いますが、改めて気を引き締めてください」
「わ、わかったよ。だけど、キール。君はバルディアの発展をどう考えているのさ」
「私、ですか」
彼はきょとんと目を瞬くが、すぐに目を細めると破顔して胸を張った。
「勿論、これからもバルディアにはどんどん発展してほしいですね」
「え、でも……」
掌を返したような発言に首を捻ると、キールは察した様子で被せるように頭を振った。
「発展が危ういのではありません。それらを引っ張るリッドの『脇が甘い』という意味で申し上げただけですよ」
「わ、脇が甘い」
呆気に取られていると、彼は和気あいあいとしているファラとアスカ達をそれとなく一瞥した。
「心を許す者達に迫られ、頷いてしまう気持ちはわかります。ですが、時にそれが大きな問題に繋がることもあります故、リッドには注意してほしいと思いまして。まぁ、それが兄上にはない、リッドの魅力でもあるのは確かなんですけどね」
「魅力って、それって褒めてるの?」
「はい、私は将来、帝都とバルディア。いえ、皇帝となった兄上と辺境伯となったリッド。二人の間を取り持つ立場になれればと考えていますよ」
「取り持つ立場ねぇ」
キールは、皇帝に興味はないと名言をしているけど、第二皇子である彼を皇帝にして利権を得ようとする帝国貴族達は一定数存在する。
だから、彼は帝都からバルディア領にやってきたのだ。
メルとの婚約にも様々な思惑が透けて見えるから、僕も父上も本音では思うところはある。
ただ、国内外問わずに悪い虫達が息を潜め、虎視眈々とメルを狙っていた現状があったのも事実だ。
キールとメルとの婚約は、そうした『虫除け効果』を期待した部分もあった。
「ん、ちょっと待って」
その時、脳裏でキールが発した様々な言葉が繋がっていく。
将来、僕とデイビッドと間を取り持ちたいというキール。
ということは、彼が感じる僕の魅力って、まさか。
「どうしました、リッド」
「……キール。将来的にデイビッドより、僕の方が言いくるめやすそうとか考えてないだろうね」
ジト目を向けると、彼は「あ、ばれましたか」と可愛らしく片目を閉じ、軽く舌先を出した。
いわゆる、『テヘペロ』だ。
しかも、その表情がマチルダ陛下そっくりである。
『キールがたまに見せる表情がマチルダ様に似ている時があるのよ』
ふとその時、帝都で聞いたヴァレリの言葉が頭の中で再生される。
なるほど、デイビッドがアーウィン陛下と似ていて、キールがマチルダ陛下に似ているということか。
僕は深いため息を吐くと、目つきを鋭くして彼を睨んだ。
「将来、何か言われても絶対簡単には頷いてやらないからね」
「リッド、冗談ですよ、冗談。そう怒らないでくださいよ」
「怒ってない」
頬を膨らませてそっぽを向いたその時、忘れていたことを思い出してハッとした。
「そうだった。ルーベンス、ちょっとこっちに良いかな」
「はい、何でしょうか」
訓練開始前、ダナエに預けていた小さな木箱を受け取ると、僕は傍にやってきた彼に手渡した。
「リッド様、これは?」
「ディアナの懐妊祝いだよ。箱を明けてみて」
「は、はい」
ルーベンスが丁寧に木箱の蓋を開けると、装飾が施された懐中時計が入っている。
エレンやアレックスに発注した特別製だ。
以前、赤ん坊だったクロードを見せてもらうため、メルやディアナと一緒にクロスの家を訪れたことがあった。
その時、僕が懐中時計を出産祝いでクロスに渡して、『子供の誕生と共に時を刻み始める時計』という言葉が送ったんだけど、ディアナが少し羨ましそうにしていた記憶がある。
正確には、彼女が見つめていたのは懐中時計というより、『クロード』だったけど。
「……というわけでね。受け取ってくれるかな」
懐中時計を贈るに至った経緯と考えを簡単に説明すると、ルーベンスの目が潤みだした。
「ありがとうございます。喜んで受け取らせてもらいます」
彼は姿勢を正してそう言うと、深く頭を下げる。
「う、うん。そんなに喜んでもらえるとは思わなかったよ。あ、でも、一つだけ約束してほしいことがあるんだ」
「畏まりました。リッド様の為なら何でもいたします」
顔を上げたルーベンスは胸を張るが、僕はにやりと口元を緩めた。
「言ったね。男に二言はないよ、ルーベンス」
「勿論です」
「じゃあ、約束して」
僕は深呼吸をし、真顔で彼の目を見つめた。
「今後、どんな任務であろうと命を捨てずに生き抜くこと。絶対、ディアナを悲しませないこと。いいね」
そう告げると、ルーベンスは目を見開くが、すぐに威儀を正した。
「承知しました。その約束、何があっても果たします」
「良かった。ルーベンスなら、そう言ってくれると思っていたよ」
バルディア騎士団副団長となったルーベンスには、今まで以上の困難や命を賭けて対応しなければならないことが増えるだろう。
それこそ、亡きクロスのようにだ。
でも、たとえどんな危機が訪れようとも、最後に必要なのは諦めずに生きようとする心に他ならない。
彼もこの約束の真意は理解しているだろう。
きっと、懐中時計を受け取ったことをルーベンスを通して聞くだろうディアナも、すぐ僕の意図を察するはずだ。
「リッド様、改めて御礼申し上げます。本当に素晴らしい逸品を下さり、ありがとうございます」
「そ、そんなに畏まらなくてもいいよ」
再び頭を深く下げたルーベンスに顔を上げるように言っていると、僕達のやり取りを見ていたキールが何やら唸って「それにしても……」と切り出した。
「一見は少女のような可愛らしい顔付きで、気立ても良く、様々な武術や魔法も扱えるか」
言葉の真意が分からず、この場にいる誰もが首を傾げた。
すると、キールは「ふふ」と噴き出し、悪戯っぽく笑った。
「そのうち、リッドのことを女の子と勘違いして一目惚れした人が現れてさ。求婚とかされるかもよ」
「は……」
突拍子のない発言にきょとんとするが、すぐに意味を理解して「そんなこと在るわけないだろ」と僕は声を荒らげた。
でも、キールは肩を竦めて不敵に笑う。
「いやいや。リッドは遠目で見れば、女の子に見えなくもないからね。そうしたことも起こりえるかもしれないよ」
「絶対にない。あり得ない。もし、万が一に勘違いが起こりえたとして……」
言い返そうとしたその時、キールの背後に紺色の髪を靡かせ、冷たくて凄みのある笑顔を浮かべた女の子が黒いオーラを纏って音もなく現れる。
僕はあまりの恐ろしさに言葉を失ってしまった。
また、彼女から発せられる魔力によるものか、周辺の空気と温度が冷たくなり、背中に悪寒が走る。




