リッドの魔刀術とキールの見解
「リッドがまた型破りなことをしていないだろうな」
「……⁉ くっくく。リッド様、そのお顔と声は、やめてください」
彼は何かを堪えるように、腹と口元を手で押さえている。
「む、ルーベンス、何が可笑しい。ネルス。それにダナエ。お前達もどうしたんだ」
「駄目、駄目です。リッド様、そのお顔は駄目ですよ」
「小さい、小さい顔をしたライナー様がおられる。可愛いけど、どこか可愛くない」
ルーベンス、ネルス、ダナエは立場上、声を出して笑えないから堪えるのに必死だ。
でも、立場上問題のないキールは腹を抱えて笑い出した。
「リッド。その顔、最高だよ。最高」
「む、キール。何が最高なのだ」
「やめて、リッド。こんな間近でその顔と声はやめて」
ずいっと彼の目と鼻の先に顔を寄せると、キールは笑いの壺に入ったらしく、涙を溢し始めた。
程なく、我慢の限界に達したらしく、ルーベンス達も声を上げて笑い出す。
「リッド様、どうされたんですか」
騒ぎに気付いて何事かとやって来るファラ達を、僕はあえて背中を向けたままで待った。
「リッド様?」
「兄様?」
きょとんしたメルとファラの声が間近に聞こえ、満を持して僕は振り返る。
「何故か、私の顔を見て皆が笑うんだ」
父上の顔真似したまま低い声色を発すると、ファラ達は目が点となる。
でも、すぐに噴き出すように咳き込み、そっぽを向いた。
何やら、苦しそうだ。
「リッド様。な、何ですか。そのお顔と声は」
ファラが必死に何かを堪えて絞り出した問い掛けに、さも当然のように顔真似状態で肩を竦めた。
「いや、皆が何やら苦しげなんだが、私にはさっぱりだ」
僕の言動がとどめになったらしく、ファラは忍び笑いを始める。
それは皆にも伝染していき、メルに至っては涙を流して笑っていた。
「兄様、性悪だ。それ、母上にも見せようよ。絶対、喜ぶよ」
「そうか。では、後でナナリーの下にも顔を出しに行くとしよう」
父上っぽく答えると、再び皆の笑い声が訓練場に響き渡る。
笑いの壺を押された皆は、僕が顔真似を止めても笑いが込み上げてくるらしく大変そうだった。
◇
「はぁ、それにしても、こんなに笑ったのは久しぶりだよ」
キールはようやく笑いの壺が落ち着いたらしく、目元を指で擦っている。
周りを見渡せば、ファラを始めとする皆も彼と似たような仕草をしていた。
「ごめん、ちょっと調子に乗りすぎたね」
苦笑しながら頬を掻くと、キールは笑みを浮かべて少し噴き出した。
「いやいや、楽しい時間だったよ。それにしても、改めてリッドが『型破り』と評される理由がわかるね」
「え、顔真似が」
思わず聞き返すと、彼は「違う違う」と頭を振った。
「リッドが考えた魔刀術のことさ」
キールはそう言うと、真顔になった。
「誰でも扱いやすい槍系魔法でも、苦手とする者はどうしても出てくる。そうした者達には『魔刀術』を学んでもらうわけだ。もしも、槍系統魔法と魔刀術をある程度極めた『軍隊』ができたとすれば……」
「すれば、何さ」
含みのある言い方をするキールは、目を細めて顔を寄せてきた。
「大陸の覇権すら狙えると思わないか」
「た、大陸の覇権?」
突拍子もない発言に首を傾げると、キールは小声で周りにあまり聞かれないよう続けた。
「今、各国の軍隊はどれも魔法主体ではない。魔法を扱える兵士はいるけど、その数は全体でみれば少数だ。その理由は、君もわかるだろ」
「うん。魔法を会得するのは難しいし、教育方法や制度が確立されていない。だから、貴族や冒険者とか一部の人しか使えず、どの国の軍隊も結果的に魔法を使える人は少数ってことでしょ」
帝国には皇族直属の軍があって、そこに所属する兵士や騎士達は日々の鍛錬で剣術を始めとする武術や魔法を習得していると聞く。
でも、国境を守る役目を持つ辺境伯以外、大規模な騎士団創設は許されていない。
辺境伯以外の各貴族達は、小規模の騎士団を設立して領内の治安を守りつつ、有事の際には領民に志願兵を募るそうだ。
「その通りだよ。だけど、リッドは魔法の教育方法や制度を確立させつつある。その上、汎用性の高い槍系魔法と魔刀術だ。これらが領民……いや、帝国民全てに普及したと考えた時の軍事力はいかほどのものか。おそらく大陸中の国々が束になって、ようやく対抗できると評しても過言ではないかもしれない」
「流石にそれは言い過ぎだよ。それに大陸の覇権を握るなんて、僕や父上は考えたこともないし。アーウィン陛下も望んでいないでしょ」
大陸の覇権という言葉を聞き、エルバの顔が脳裏に浮かぶ。
確か、奴も『大陸に覇をとなえる』という野望を持っていた。
奴を問わず、大陸の覇権を握るという野望を抱く者は、各国にいるのかもしれない。
僕は肩を竦めて頭を振るが、キールは「今は、ね」と笑顔を崩さない。
「でも、大陸を手にできる力を得られた時には、どうなるかわからないよ。人の考えも、時と共に移り変わるものだからね。それと、君は知らないかもしれないけど……」
「な、何?」
首を傾げると、彼は僕の耳元に顔を寄せた。
「帝城では、特定の高位貴族と皇族だけで密かに開かれる御前会議がある。議題は帝国の未来を見据えたものだけど、経済活動の一環として『他国との戦争』も一案としてあるんだ」
「え……⁉」
思わず耳を疑った。
『他国との戦争』が未来を見据えた会議の議題に上がる。
前世の記憶と狭間砦の戦いを体験した身としては、全く理解が及ばない考えだ。
でも、前世の世界でも『戦争』は金になるという言葉をよく耳にした。
何処かの国同士で戦争が起きれば、武器弾薬を中心とした物資が大量に必要になる。
戦争国が自国だけで武器弾薬や物資を賄えることは、相当な大国でない限り難しい。
そうなれば、戦争国に補給物資を『適正価格』や『希少鉱石等の交換』で販売する第三国が現れる。
そして物資を販売するということは、当然だけど納品しなければならない。
だから、第三国内では産業が活発化し、経済が回り始める。
規模にもよるけど、経済が回るということは国内の景気も良くなる可能性が高くなるわけだ。
風が吹けば桶屋が儲かる、という言葉が正しいかわからないが、そんな感じなんだろう。
考えを巡らせていると、キールがふっと表情を崩した。
「まぁ、『経済活動の一環とした他国との戦争』は、父上は即座に却下しているみたいだけどね。ただ、帝国として他国からの防衛は考えないといけないから、議題としては外せないらしいよ」
「それを聞いたら、少し安心したよ。ちなみに、皇太子であるデイビッドもその事は知っているのかな」
確認すると、キールは「勿論」と頷いた。
「とはいえ、兄上も父上と同じく『経済活動の一環とした他国との戦争は論外だ』と言っていたよ。あと補足するなら、私や妹のアディ。母上も同じ考えさ」
「そっか。なら、良かったよ」
彼の返事にとりあえずは胸を撫で下ろしたけど、僕が生み出した槍系魔法と魔刀術が引き金になって大陸中の国々で戦争が起きる。
考えるだけで、ぞっとしない話だ。
将来に向けた断罪対策でもあるバルディア発展の動きを、今更止めるつもりはない。
でも、キールの言ったように、僕の意図しないことが起きる可能性は高くなる。
その点は今までも考えていたけど、今後はもっと注意する必要があるかもしれないな。
色々と考えさせられて口元に手を当てていると、キールがにこりと微笑んだ。
「どうやら、少しは事の重大さに気付いてくれたようですね。リッド」
「え、あ……⁉」
一瞬きょとんとしたが、すぐに意図を理解してハッとする。
彼は僕の反応に「ふふ」と噴き出し、笑みを溢した。




