リッドの魔刀術
「……というわけで、魔刀術を皆に教えるのは父上に相談してからでも良いかな」
ルーベンスとの訓練で初披露した魔刀術は、思いのほか観戦していた皆にも好評だった。
特に『槍魔法』を苦手とは言わないまでも、得意ではないというルーベンス、アスナ、ティスからは今すぐにでも教えてほしいと言われる。
でも、これも一応は新魔法になるから父上の許可を得ずに伝えることは難しいと伝えたところだ。
「畏まりました。では、私からもライナー様に魔刀術の件は口添えしておきます」
「そうですか。残念ですが、致し方ないですね。姫様を守るため、私も対魔法剣術を模索していたんですが……」
ルーベンスは会釈するが、アスナは珍しくしゅんとする。
ファラの専属護衛である彼女は剣の天才だ。
身体強化、魔力付加、槍魔法を始めとする魔法は一通り通り扱えるけど、彼女の扱う槍魔法はどうしても剣術と比べると見劣りしてしまうのは確かだ。
とはいえ、訓練で彼女と立ち会えば、剣の間合い外から中遠距離で槍魔法を放っても、全て切り払って無効化してしまうから優位性はほとんどない。
だけど、魔法がバルディアで発展していく様をアスナは目の当たりにしている。
剣術だけでは『対魔法剣術』が今のままでは不十分と考えるのは、当然なのかもしれない。
「リッド様。アスナは私の護衛ですから、ご容赦いただけないでしょうか」
「そうだよ、兄様。アスナは姫姉様を守る護衛なんだよ。兄様がバルディアに居ない間、誰が姫姉様を守ってるの」
「そうです、リッド兄様。私や騎士団所属のルーベンス様はともかく、アスナ様は認めるべきです」
「リッドお義兄様。私も魔刀術をアスナ様が会得すれば、きっと向かうところ敵無しになると存じます」
落ち込むアスナを横目にファラ、メル、ティス、シトリーの四人に怒濤の如く迫られ、上目遣いで見つめられた。
仕草こそ可愛らしいけど、皆揃って中々の圧というか凄みがある。
僕は思わずたじろぎながら、後ずさった。
「そ、そうだね。アスナは騎士団所属でもないし、僕が個人的に教えるなら問題ない……のかな?」
ファラ達の圧に屈するように首を傾げながら頷くと、アスナがぱぁっと明るい表情を取り戻して僕の手を取った。
「リッド様、ありがとうございます。必ずや魔刀術を使いこなし、姫様をどのような危機からもお守りしてみせます」
「う、うん。でも、やっぱり……」
「良かったですね、アスナ」
『父上の許可を取ってから』と続けようしたところ、満面の笑みを浮かべたファラが被せるように遮った。
「はい、姫様。皆様もありがとうございます」
ファラとメル達は、会釈するアスナを取り囲んでとても和気あいあいとしている。
あれ、皆はいつの間にこんなに仲良くなったんだろうか。
一人で呆気に取られていると「いくら型破りと評されるリッドでも、ファラやメルディ達には弱いんですね」と背後から聞こえてくる。
ハッとして振り向けば、キールが目を細めて笑っていた。
「いや、この場合、妻には弱いと言った方がいいかもしれませんね」
「……僕がファラに弱いのは否定はしないけど、なんか君に言われるのは釈然としないかな」
キールだって、メルに強く出られないだろうに。
指摘に笑顔で答えると、彼は首を少し傾げて思案顔を浮かべた。
「そうですね。帝都にいる兄上なら、きっとヴァレリを始め、誰のお願いであったとしても笑顔で容赦無く断っていたと思いますよ」
「兄上って言うと、デイビッドのことかい」
「えぇ、そうです」
キールは、にこりと頷いた。
言われてみれば、皇太子であるデイビッドは帝都で沢山の高位貴族達と毎日やり取りをしているはずだ。
おそらく、ちょっとやそっとの圧や凄み程度では怯むことも、たじろぐこともないのだろう。
「そうした部分が、リッド様の良いところでございますよ」
キールの専属護衛を任されている騎士団所属のネルスが、そう切り出した。
彼は、ルーベンスやディアナと同い年かつ二人の幼馴染みでもある。
父上やダイナス曰く、剣の才能や立ち会いの嗅覚でみればルーベンスが上をいくそうだけど、総合的な能力ではネルスが上をいくらしい。
ただ、ネルスは『ルーベンスが騎士団長になったら、副団長も考えますよ』と言っており、出世意欲があまりないそうだ。
父上が彼を専属護衛に抜擢したのは、総合力の高さとそうした出世意欲の無さということらしい。
何が幸いするかわからないものだと、当時の抜擢には驚いた記憶がある。
帝国の頂点に立つ皇族に近い護衛任務となれば上昇志向、出世意欲、強い野心を持つ者には喉から手が出る程の立ち位置だ。
騎士達のことを信用していないわけじゃないけど、キールの専属護衛には様々な国の高位貴族達とも顔を合わせることが自然と多くなる。
その際、唆されて強い野心が悪い方向に傾いてしまうことも万が一考えられるだろう。
野心が無ければ傾かないというわけじゃなく、あくまで本人の資質を見極めた上での確率論だ。
でも、ネルスが実力とその性格を評価されてキールの専属護衛となった時、騎士団内部から異論は出なかったらしいから、彼の実力は意外と知れ渡っているんだろう。
副団長であるルーベンスと同等の実力を持ちながら、本人の希望で『一般騎士』というのも騎士団という組織の中で見れば違和感もある。
ネルスとしても、丁度良い立ち位置になれたと考えているらしく、キールとの仲も良好みたい。
「ネルスさんの仰る通りです。笑顔で容赦無く断るなんて、リッド様ではありません。ちょっと困っている時の表情が可愛いんですよ」
ファラとメル達を見守るようにネルスの横に並び立っていたダナエの発した言葉に僕を始め、ルーベンス、ネルス、キールが呆気に取られた。
「あ、失礼な発言をいたしまして申し訳ありません」
皆の視線に気付いてダナエが我に返って慌てて頭を下げるが、僕は頬を掻きながら「気にしなくて良いよ」と顔をすぐに上げてもらった。
ダナエはバルディア家で働くメイド達の中でも、特に優秀と評されている。
将来的のメイド長や副メイド長候補。
もしくは同等の役職に就く可能性が高いだろう。
ちなみに、ダナエは美人で気立ても良く、仕事もできて、かつ家庭的な女の子だ。
バルディア家の内外問わず、男性陣からの人気が非常に高い。
国内外から人の出入りが多くなった昨今では、『彼女を町で見かけて一目惚れした』とバルディア家に訪れてくる貴族もいたそうだ。その時は騒ぎにならないよう、父上が丁重に断ったらしいけど。
それにしても思い返してみれば、変身魔法を使った時に狸人族のダンから『顔立ちも可愛らしいので、もう少し工夫すれば女性で通じますよ』とか言われた気がする。
「自分で聞くのもあれなんだけどさ。僕の顔立ちってそんなにその、可愛いのかな」
羞恥心に耐えつつ尋ねてみると、ダナエは満面の笑みで頷いた。
「はい。それはもう、とても可愛らしい顔立ちをしております。ね、ルーベンスさん」
「そうですね。元々、リッド様はナナリー様に良く似ておられましたが、最近はますます似てきたかと」
話を振られたルーベンスが頷くと、ネルスも僕の顔まじまじと見つめてから「確かに」と相槌を打った。
「リッド様が怒った時の雰囲気や表情はライナー様そっくりですが、こうして間近でお顔を拝見すると、ナナリー様と良く似ておられますね」
「そっか。普段は母上の顔立ちで、怒ると父上と似るんだね。じゃあ、こんな感じなのかな」
父上の顰め面を頭の中で想像し、僕は眉間に皺を寄せ、口をへの字にし、目を細めて鋭くしてみた。
皆は僕の顔を見るなり、一斉に目を丸くして噴き出すように咳き込み、次いで顔を逸らして肩を震わせ始める。
お、どうやらこの顔は当たりらしい。
僕は咳払いをして、「ルーベンス」と低い声色を発した。




