リッドの魔刀術と副団長ルーベンス
「魔刀術、ですか。面白い名ですね。承知しました」
「うん。よろしくね」
ルーベンスに『剣の才能』は勝てないかもしれないけど、様々な要素を組み合わせた『剣』の才能なら僕だって負けはしない。
カーティスから習った『魔布術』を応用した魔力付加を木刀に行えば、こんなこともできる。
「斬魔翔【ざんましょう】」
僕が技名を発して木刀を切り上げるように鋭く振るった次の瞬間、魔力が飛ぶ斬撃となって地面を勢いよく駆け走っていく。
「これは……⁉」
初見技にルーベンスは目を見開くも、咄嗟に魔力付加を施した木剣で切り払って無効化してしまった。
「まさか、木刀に施した魔力付加の魔力を『飛ぶ斬撃』にしてくるとは思いませんでした。相変わらず、素晴らしい魔才です。しかし、この程度の威力では私に通用しませんよ」
彼は悠然と笑うが、僕も目を細めて笑い返した。
「流石だよ、ルーベンス。防ぐだけでなく、仕組みにもすぐ気付いてくれた。バルディア騎士団副団長の役職は伊達じゃないね。でも、この技の真価は威力じゃないんだ」
「威力ではない、ですか」
ルーベンスが訝しむように首を傾げた。
「そうさ。この技はね、連発できるんだよ。こんな風にね、斬魔翔・乱撃【ざんましょう・らんげき】」
僕は再び木刀に魔力付加を施すと、8の字を描くように素早く連続で振るっていく。
さっきの飛ぶ斬撃は一つだったけど、今度は数え切れない斬撃がルーベンス目掛けて地上を駆け走る。
でも、ルーベンスは驚きはするも、戦きはしない。
「素晴らしい技です。しかし、やはり威力に課題がありますね」
彼は不敵に笑うと、襲いくる斬魔翔を切り払いながら突進してくる。
やっぱり、ルーベンスは強い。
小手先だけでは彼を止めることはできないか。
なら、次の手だ。
僕は木刀を振るう手を一旦止め、魔力付加に火の属性素質を込めていく。
「リッド様、どうしました。もう終わりですか」
「いや、まだまだこれからさ。斬魔翔・焔【ほむら】」
迫るルーベンスに向かって魔力付加を終えた木刀を素早く振るうと、赤く炎を纏った斬魔翔が地上を駆け走っていく。
火の属性素質を加えることで若干の溜めが必要になるから、斬魔翔みたいに連発はできない。
一撃の魔力消費量も増加しているが、威力は上がっている。
今まで同様、ルーベンスは木剣で切り払おうとするが、今度は断ち切れない。
斬魔翔・焔と木剣で鍔迫り合いをするように押し合っている。
だが、彼の表情には余裕の笑みが浮かんでいた。
「これは火の属性素質ですか。リッド様の考える魔武には本当に驚かされます。ですが、私もこの程度では止まりませんよ」
ルーベンスはそう言うと、雄叫びを上げて斬魔翔・焔を真っ二つに切り払った。
同時に行き場を失った斬魔翔・焔がその場で爆発。
訓練場に爆音が轟き、もうもうと爆煙が立ち上がる。
「残念ですが、この技はもう私には通じ……」
「流石だね。でも、これならどうかな」
ルーベンスは肩を竦めて首を横に振っていたが、僕はあえて被せるように言葉を発してその場から跳躍。
場所を次々変えて、斬魔翔と斬魔翔・焔を放っていく。
さっきまでは、同じ位置でずっと放っていたから、ルーベンスもこちらを攻めやすかったはずだ。
でも、こうして四方八方に跳躍しながら放てば流石の彼でも対処に困るだろう。
実際、ルーベンスの表情から少しずつ余裕が消え始めた……というか、ちょっと怒っているような気がする。
「えぇい、鬱陶しいですね」
彼は間近に迫った斬魔翔を切り払って吐き捨てると、少し離れた場所にいる僕に向かって木剣の切先を向けてきた。
「私の間合いの外からずっと攻撃するおつもりですか。これでは、剣術の稽古になりませんよ」
ルーベンスは目を細めて笑顔を浮かべてはいるけど、よくよく見れば頬と額に小さな青筋が走っている。
もう少しかな、と僕は内心でほくそ笑んだ。
更に彼を挑発するべく呆れ顔でやれやれと肩を竦め、これ見よがしに大きなため息を吐く。
「戦いに『鬱陶しい』もないでしょ。それに言ったはずだよ、新しい魔法を試すから、感想を聞かせてほしいってさ。あ、もしかして攻略方法が思いつかないのかな。いや、ルーベンス副団長ともあろうお方がそんなことはないよねぇ」
「ほう……」
ルーベンスは眉をぴくりと動かして、大きな相槌を打った。
あ、これ。
もしかしなくても、やり過ぎちゃったかな。
でも、時既に遅し、辺りは彼が発する魔圧で空気が痛いほどに張り詰めていく。
「どうやらリッド様には、知らない間に大分過信する癖がついてしまったようですね。いけません。実にいけません。ここは、あえて厳しい指導をさせていただきましょう」
ルーベンスは笑顔のままだけど、とんでもない凄みがあった。
だけど、ここで僕も引くわけにはいかない。
「過信はしてないよ。でも、そうだね。ルーベンスの言う厳しい指導は、是非お願いしたいかな。できれば、だけど」
そう言って微笑み返すと、僕は間合いを取るように跳躍しながら斬魔翔・乱撃と斬魔翔・焔を次々にルーベンスに向けて放っていく。
当然、彼は僕との間合いを詰めるべく、切り払いながら突っ込んでくるが、あと一歩のところで僕に届かない。
そのやり取りを何度か繰り返した後、僕が足を止めて斬魔翔・乱撃を放ったその瞬間、彼はこちらに向けて勢いよく跳躍。
斬魔翔を躱しつつ、木剣を構えて間合いを一気に詰めてきた。
「何度も同じ手は通用しません。その技は放った後に隙があります。これだけ、同じ技を見せられれば返し技の一つも思いつきますよ」
ルーベンスの言っていることは事実だ。
斬魔翔を放った後は、どうしても次の動きに少し遅れが出てしまう。
彼は僕とのやり取りの中でその隙に気付き、ずっと機を狙っていたのだ。
でも、そうした弱点をあえて見せることもある。
「『斬』があるなら、『突き』もあるとは考えなかったのかな」
僕はそう告げると、今までとはまた少し違う魔力付加を木刀に行い、切先を迫り来るルーベンスに向けて勢いよく突き出した。
「魔突翔【まとつしょう】」
次の瞬間、僕が木刀で繰り出した『突き』が斬魔翔のように『飛ぶ突き』となって放たれる。
「な……⁉」
ルーベンスは此処に来て新技が放たれるとは思っていなかったらしく、咄嗟に木剣で防御する。
魔突翔は斬魔翔より射程距離が短い代わりに威力が高い技だ。
今の彼の体勢では受け流しも難しいだろうから、きっと耐えられないはず。
そう思った時、訓練場に乾いた木が砕け折れる音が響き渡る。
予想通り、ルーベンスの木剣が魔突翔の衝撃で砕け散ったのだ。
「やった。これで、僕の勝ちだね」
勝利を確信して顔が綻んだその時、木剣を砕かれたルーベンスが空中で身を翻して地上に着地する。
そして、同時に素早く跳躍して僕の懐に入り込んできた。
間近で彼の鋭い目で睨まれ、背筋に悪寒が走る。
「あ、しまっ……⁉」
「勝利の瞬間こそ油断大敵です」
ルーベンスは凄みのある笑顔で冷淡に告げると、僕をあっという間に組み伏せてしまった。




