リッドの小休止2
「まず、いずれ皆が大人になって、大好きな人ができたと考えてみようか」
「おぉ。私に大好きな人ができるんだぁ」
マリスが頬に手を当て何やらうっとりしているが、それは彼女がゲディングのことをどうとも想っていないことを意味する。
いや、ここは本人がその気持ちに気付いていないということにしておこう。
僕は咳払いをして続けた。
「大好きな人と互いに気持ちが通じ合えば、大好きな気持ちは愛に変わっていく。そして、愛し合うようになれば、自然と子を授かるんじゃないかな」
そう答えると、皆から「なるほど……」とか「おぉ……」という感嘆の声が漏れ聞こえてきた。
見れば、マリスも合点のいった表情をしている。
これで、とりあえずは納得してくれたかなと思ったその時、ふとルーベンスが怪訝な表情を浮かべていることに気付いた。
「あれ、どうかした」
「あ、いえ……」
ルーベンスは、決まりが悪そうに切り出した。
「恐れながら、そのような事をどなたがリッド様にお伝えしたのかなと思いまして」
「え、あ、いや……」
しまった、大人っぽいことを言い過ぎたか。
どうやってやり過ごそうかと咄嗟に考えたその時、とある人物の顔が脳裏に浮かぶ。
「じ、実は僕も父上に以前尋ねたことがあるんだ。その時、今言ったように答えてもらったんだよ」
「へぇ、リッド様もそのようなことをお尋ねになったことがあるんですね。ライナー様がそのような答えをされたのも少し意外です」
「あ、あはは。子供なら誰でも気になる時期はあるんじゃないかな。今思い返せば、父上も答えに窮していた気がするよ」
勝手に名前を出してごめんなさい。
心の中で父上に謝罪しつつ、僕は笑って誤魔化した。
ルーベンスと第二騎士団の皆は、前世の記憶について知らない。
あまり、歳不相応なことを言えば変に怪しまれてしまう。
今更のような気もするけど、何もしないよりは良いはず。
ただ、前世の記憶の事を知っているディアナとファラからは、呆れ顔でジト目を向けられている。
「あ、ということは……」
マリスが何やら閃いた様子で目を輝かせた。
「今も愛し合っているリッド様と姫姐様は、大人になったらすぐに子を授かるということですね」
「え……」
思いがけない指摘に呆気に取られた。
僕が言っていることが正しいとするなら、マリスの言葉も正しいことになる。
ふとファラに目をやれば、彼女と目が合った。
その瞬間、急激に体が火照って全身から汗が噴き出し始め、顔も熱くなる。
ファラも顔を赤くしてはにかみながら耳を上下に動かしていた。
「やっぱり、そうなんですねぇ」
僕達の様子を見たマリスは、嬉しそうに無垢な笑みを浮かべている。
ふと気付けば、皆がにやけながらこちらを見つめていた。
「ま、まぁ、僕とファラは夫婦だから……」
頬を掻きながら曖昧に頷くと、ファラも「そ、そうですね」と相槌を打った。
その後も僕とファラ、ルーベンスとディアナは第二騎士団の皆から質問攻めに合うことになったのである。
今にして思えばあの時、僕とファラも質問攻めに合ったのは少し合点がいかない。
元々、ルーベンスとディアナが話題の中心だったはずなのになぁ。
「リッド様、訓練中に考え事とは余裕ですね」
「あ、しまっ……⁉」
ルーベンスの声で我に返った時には、既に間合いを詰められていた。
そうだった、今は訓練中だったんだ。
僕の木刀と彼の木剣が打つかり合い、激しく乾いた音が辺りに響く。
真正面から受けた斬撃を受け流すため、僕はバク宙でわざと大きく飛び退いた。
いけない、ちょっと考えに耽りすぎたな。
「ふぅ」と息を吐き、僕は気を引き締めながら再び木刀を正眼に構えた。
「今の一撃を防がれるとは思いませんでした。どうやら、腕を大分上げたようですね」
ルーベンスは目を細め、にこりと微笑んだ。
「当たり前でしょ。でも、それはルーベンスも一緒じゃない。さっきの斬撃、後ろに飛び退かないと木刀が折れてた気がするよ」
「お褒めに与り光栄です。私もライナー様や団長から鍛えられましたから」
彼は会釈するが、その動きにも隙は無い。
攻めあぐねていると、ルーベンスが木剣を構えて跳躍。
一気に間合いを詰めてきた。
「来ないなら、もう一度こちらから参りましょう」
「く……⁉」
再び、訓練場に木刀と木剣が打つかる乾いた音が轟く。
でも、今度は僕とルーベンスの攻防で絶え間なく激しい音が辺りに響き渡り、ファラ達の歓声も聞こえてきた。
ルーベンスは、僕に武術を教えてくれた時よりも全体の動きに余裕がある。
というか、無駄なくなったと言った方が正しいかもしれない。
木剣を握る力、肩の入れ具合、踏み込み速度、細かい一つ一つの動きに力が入っておらず初速から鋭い。
その上、攻撃が当たる瞬間だけ力を入れているらしく一撃が重いのだ。
しっかり受け流さないと、間違いなく木刀が折れる。
もしくは、体格差で吹き飛ばされてしまうだろう。
亡きクロスの剣筋を『豊富な実戦経験に裏付けされた巧者かつ真っ直ぐなもの』と例えるなら、ルーベンスの剣筋は『天賦の才による水のような変幻自在の剣技』と言えるかもしれない。
しかも、彼はこれでもまだ発展途上のはず。
『剣の才能』という点では、僕も勝てないかもしれないな。
「リッド様、また何か考え事をされていますね」
「あぁ、ルーベンスに勝つ方法をね」
剣戟のせめぎ合いの中で吐き捨てるように答えると、ルーベンスが不敵に笑った。
「思考力はリッド様の強みではありますが、一瞬の油断が命取りになる場では弱点にもなり得ます。その点、十分に注意してください」
「言われずとも、わかっているさ」
彼の繰り出す鋭い斬撃を前に、あえて踏み込んで一歩前に出る。
ルーベンスの振るった木剣の剣先が僕の右頬を紙一重で通り過ぎ、風切り音が耳をつんざく。
怖いけど、父上の胆力訓練のおかげで恐れることはない。
「な……⁉」
懐に入られ、ルーベンスが目を見開いた。
彼は剣を振るったばかりの死に体だから、斬撃を木剣で受けることはできない。
「これで、僕の勝ちだ」
「残念ですが、まだ負けてあげるわけには参りません」
胴を入れるべく木刀を横一文字に振るった次の瞬間、ルーベンスは素早く体を後方に倒して斬撃を躱し、そのままバク転で僕との間合いを取った。
「あらら。今ので決まったと思ったんだけどね」
「素晴らしいです。まさか、ここまで成長されているとは思いませんでした」
互いに得物を構えながら目を合わせると、ルーベンスが口元を緩めた。
「では、そろそろ本番と参りましょう。身体強化・弐式を発動してください」
「わかった」
互いに身体強化・弐式を発動すると、訓練場に軽い魔波が吹き荒れる。
彼に手合わせを申し込んだ理由は二つある。
一つ目は、『身体強化・弐式』を使った訓練をするため。
二つ目は、僕の新たな魔法を試すためだ。
僕は手に持つ木刀に魔力を流し、いつもと違う魔力付加を行っていく。
魔力を入れすぎれば木刀が壊れるし、弱ければ上手く発動できない。
絶妙な魔力調整が必要だ。
程なく、手に持つ木刀には透明な熱気のようなものが立ち上がり始めた。
よし、成功だ。
「ルーベンス。一つ、お願いあるんだけど」
「なんでしょうか」
木刀に起きた現象を目の当たりした彼の瞳には、期待の色が宿っていた。
「僕は今から新しい魔法を試すつもりなんだ。後で感想を聞かせてね」
「畏まりました」
ルーベンスは頷くと、「ところで……」と切り出した。
「その新しい魔法ですが、なんと呼べばよろしいでしょうか」
「あ、それは考えてなかったな。ちょっと待ってね」
口元に手を当てて少し考えた後、脳裏に浮かんだ魔法名を告げる。
「じゃあ、とりあえず『魔刀術』にしておこうか」
僕はそう言うと、ゆっくりと木刀を正眼に構えた。




