新技術2
魔力変換器とは、蓄電魔石に蓄えた電力を魔力に変換する全く新しい魔道具だ。
この世界には様々な魔石があるが、使い道があまりないと言われている。
理由は簡単で、ほとんどの魔石に宿る魔力は少量であり、使い切ってしまえばただの石ころになってしまうからだ。
術者が自らの魔力を込めれば再利用できなくもないけど、それをするぐらいなら普通に魔法を使った方が早い。
だから、魔石の価値はとても低いというのが常識だった。
でも、蓄電魔石の開発に成功に加え、魔法を学ぶうちに僕はふと閃いたのだ。
『術者の魔力を糧に雷の属性魔法を発動する……ってことは、電力を魔力変換できれば魔石を有効活用できるかも』
思ったが吉日。
僕は閃きと前世の知識を掛け合わせて簡単な原案を作成。
エレン、アレックス、サンドラに声を掛けたのだ。
僕の説明を聞いた三人は、『面白い。やってみましょう』と即答してくれた。
それから皆で意見を出し合った結果、可能性は有りそうだという結論に達する。
原案と皆の意見を元にした企画書を父上に提示し、開発許可と予算をもらって現在に至るというわけだ。
「それにしても、試作機完成まで早かったね。あと、数年はかかるかと思っていたのに」
「ふふ、ボクとアレックスの実力……と言いたいところですが、この場にいる皆様の協力。そして何より、リッド様の知識と工房施設のおかげですね」
「姉さんの言うとおりです。それと、蓄電魔石が事前に開発できていたことも大きな要因でした」
「……? どういうこと」
首を傾げて聞き返すと、アレックスは開発成功に至った経緯を語り始めた。
曰く、電力を魔力変換する部分には特殊な人工魔石が用いられている。
これは蓄電魔石作成の応用らしく、人工魔石は現存する様々な魔石を砕いて砂状にしたものを特定の配合率で混ぜ合わせ、サンドラが開発した特殊な溶液で固めたものだそうだ。
また、工房では蓄電魔石と電動機を使用した様々な『電動工具』も開発されている。
工房敷地内には木炭を燃料とする小規模な火力発電所も建設されているから、電力供給の問題もない。
少し話は変わるけど、実は新屋敷にはまだ電力設備は整っていない。
導入したい気持ちはあるけど、工房効率化と魔石利用の研究を優先している。
今のところ電力がなくても日々の生活は支障はないから、後回しでも問題ないという判断だ。
電力の利便を知っている僕としては、早く新屋敷で実用化したい思いはあるけどね。
そして、蓄電魔石作成の応用と合わせて大活躍したのが、大小様々な電動工具と加工機だそうだ。
様々な魔石を砂状に砕き、特定の配合率で混ぜ合わせる。
口で言うのは簡単だけど『特定の配合率』を見つけ出すまでには、何度も失敗を繰り返すわけだ。
しかし、何度も実験を行うためには、砂状に砕かれた魔石が大量に必要になるが、人力だけではとても手が足りない。
そこで、アレックス、エレン、サンドラは魔石を砂状にする電動加工機を先に製作。
第二騎士団開発工房に所属する子達がその加工機と電動工具を使用し、実験継続に必要な砂状になった魔石の大量確保に成功したそうだ。
原料となる様々な魔石は、父上が組んだ予算を元にクリスが帝国内外問わず、彼方此方からかき集めてくれたから原料不足に陥ることもなかった。
開発に行き詰まった時は、僕が前世の記憶を参考にした意見が意外と役に立っていたそうだ。
「……という具合です。ですから、此処にいる皆様全員の協力があったからこそ完成できたと思います」
「なるほど、ね」
父上、クリス、エレン、アレックス、サンドラの活躍。
そして、僕が前世の記憶から引っ張り出した知識を伝えたことで、早期の完成が実現できたということらしい。
僕が感嘆していると、腕を組んで聞いていたエレンが「うんうん」と頷いた。
「ライナー様が多めの予算を許可してくれて、クリスさんが高品質の魔石を安く大量に仕入れてくれなければ完成までもっと時間は掛かっただろうし。サンドラさんがいなければ、溶液も作れなかったかもしれません。あ、サンドラ伯爵ですね。失礼しました」
「いえいえ。今まで通りの呼び方で良いですよ。伯爵と呼ばれると、逆にむずがゆいですから」
サンドラが首を横に振ると、「い、良いですか」とエレンが嬉しそうに頬を掻いた。
「いや、それにしても、これは本当に凄い発明ですよ」
皆のやり取りを横目に、クリスが魔力変換機と冷蔵庫の前に立った。
見れば、彼女の目は商人の光を宿している
「電力、魔力変換器、加工した人工魔石。これらの数が揃えば一般市民、貴族、王族、皇族。全ての日常生活が一変します。様々なモノの価値も大きく変わることになるでしょう。技術革命と言いますか。その瞬間に立ち会えたこと、商人として此程に心躍ることはありません」
「技術革命、か。言い得て妙かもしれないね」
「……? どういう意味だ」
彼女の言葉に同意するように頷くと、父上が首を傾げて尋ねてきた。
「あ、いえ。実はですね……」
僕は、前世の世界で一つの転換期になった時代のことを語っていく。
前世のとある時代。
蒸気機関の開発によって手作業だったものが徐々に機械化されていき、工場制機械工業が徐々に確立。
同時期に鉄道や蒸気船も発明され、交通網がどんどん整備された結果、交通、物流、人の行き交いが百年程掛けて大きく変わった時代がある。
僕が過ごしていた後世では、その時代のことを『第一次産業革命』と呼んでいた。
当時を生きていた人達は、自分達が『産業革命』を行っている認識なんてなかったはずだ。
日々の暮らしを豊かにするため、蒸気機関による機械化と効率化を図っていただけだろう。
僕も将来における断罪回避のため、バルディアをより豊に発展させるべく動いているだけだ。
でも、クリスの言った通り結果的には『技術革命』に近いことを行っている。
そう考えると、魔力変換器の試作機が完成したこの年は、この世界の大きな転換期の始まりになるのかもしれない。
「……ということでして。クリスの言ったように、これが世に発表された時が一つの転換期になるのではないかなと。そう考えると、感慨深くなった次第です」
「ふむ、産業革命か。それは面白い歴史だな」
父上は思案するように唸り、エレンとアレックスに視線を向けた。
「冷蔵庫なるものは、氷属性の魔石を使ったのであろう。他属性の魔石と魔力変換器を繋げた場合、それぞれにどのような反応を示したのだ」
「は、はい。えっと、分かりやすいのは光属性の魔石ですね。あれに魔力を通すと、明るく光ります。現在の蝋燭や火明かりの代替えにできるかと」
エレンが答えると、アレックスが現状で確認できている反応を教えてくれた。
「……という感じです。まだまだ調べる価値はあるかと」
「なるほど。これが実用化されて世に広まれば、クリスとリッドの言った通りまさにある種の『革命』が起きるな」
口元に手を当て思案顔を浮かべた父上は、サンドラに視線を向けた。
「君は、魔力変換器の事を言い表す適切な言葉を知っているか」
「いえ、正直なところありません。私が専門とする魔法学は、あくまで人の扱う魔法です。このような『機械』を生み出す考えは、魔法学や魔道具とは少し違うかと」
「そうか」
父上は彼女の答えに頷くと、こちらに視線を向けた。
「リッド。これはお前が閃き、この世に生み出された新分野と位置づけた方が良いだろう。今後の事を考え、分野の名前を決めろ」
「え……⁉ ぶ、分野の名前ですか」
「そうだ。いずれ、この新技術は世に広まるだろう。しかし、今までとは全く違う分野であることを知らしめるためにも、新たな言葉で言い表すべき技術だ。さぁ、考えろ」
「え、えぇ⁉ い、今すぐですか。ちょ、ちょっと待ってください」
こんな展開になるなんて想像していなかった。
新技術にはなるだろうから、確かに新たな分野として確立した方が発展しやすいかもしれないな。
だけど、分野の名付けなんて無茶振りも良いところだ。
ひとしきり悩んだ時、ハッと閃いた。
「あ、でしたら魔力、魔法を工業に利用する学問として『魔工学』というのどうでしょうか」
「ほう、『魔工学』か。皆、どう思う」
父上が相槌を打って室内を見渡すと、エレンが真っ先に頷いた。
「ボクは良いと思います」
「俺も姉さんに同意見です。魔工学って聞くと、何だか俺達の分野って感じがします」
エレンとアレックスに続き、サンドラが「私も賛成です」と声を発した。
「今まで、魔力や魔法をドワーフや狐人族といった職人達が個人制作に利用するというのは見聞きしましたが、工業利用するという考えは聞いたことがありません。やはり、リッド様は『型破り』でいらっしゃいます」
彼女はそう言うと、満面の笑み浮かべた。
やたらと『型破り』を強調されたような気がする。
多分、気のせいだろうけど。
ふとクリスに目を向ければ、彼女は異様な雰囲気で発しながら凄い早口で何か呟いていた。
「魔工学、素晴らしいわ。新しい学問かつ新技術。同業他社が全くいない市場をバルディア家とクリスティ商会が独占できるなんて。いえ、市場を独占できたとしても、原料となる魔石の価値に気付かれて値段を上げられたら元も子もないわ。でも、私が直接動くと怪しまれるから、子飼いの商会を新たに作って採掘権を買わせるの。それから、時を見て子飼いの商会を権利ごと私が買い取って飲み込めばいいのよ。そうすれば、安い価格で採掘権を得られるわ。そうね、これでまず動いてみるようエマと詳細を詰めましょう。それから、急いで父上達にも連絡をして、アストリアを含む西側の原産地を確保してもらうように動いてもらって……」
「ク、クリス、大丈夫?」
僕が恐る恐る尋ねると、彼女は「え、はい。何でしょうか」ときょとんとして首を傾げた。
でも、この場にいる全員の注目を浴びていることに気付き、クリスは「あ……」と顔を赤らめながら誤魔化すように笑い始める。
「あはは。申し訳ありません。名前、名前ですよね。魔工学、うん、魔工学。私もとても素晴らしい名前だと存じます」
「そ、そう。なら良かったよ」
クリスって、思考が始まると意外に周りが見えなくなる感じらしい。
彼女の新しい一面を見た気がしたその時、父上が耳目を集めるべく咳払いをした。
「決まりだな。では、魔力変換器や蓄電魔石など、加工した人工魔石を用いた機器開発の分野は『魔工学』と称する。また、それらに使う工具は『魔工具』として『魔道具』と差別化を図ることにしよう」
「はい、畏まりました」
これが、この世界に魔力、魔法、工学が融合した『魔工学』という分野が新たに誕生した瞬間だった。




