新技術
姿勢を正すと、僕はあえて咳払いをした。
「父上、恐れながら私は以前よりも『自重』すること学びました。それと、狐人族領にはカペラと騎士団長であるダイナスも居りますから、ちゃんと二人に相談しながら事は進めます。私が『型破り』なことをしでかす可能性は低いかと」
「……自重を学んだというのなら、変装しての襲撃など企てぬと思うがな」
「あ、いや、それは……」
鋭い指摘と眼差しを向けられ、決まりが悪くなった僕は頬を掻きながら苦笑した。
「あの機を逃すわけにはいかなかったと申しますか。なんと言いますか」
狐人族旧政権勢力の息の根を止めるためには、あの手が一番効果的だったから本当にあれはやむを得ず行ったのだ。
決して、前世の幼い頃に見た様々な映像作品による影響ではない。
僕がしどろもどろしていると、父上は深いため息を吐いて首を横に振った。
そして、思案顔を浮かべて「しかし……」と唸り始める。
「目付役にダイナス。ダイナス、か」
「えぇ。私も少し心配でございます」
父上の言葉にディアナが小さなため息を吐いて頷いた。
急に部屋にどんよりした空気が流れ、辺りが少し暗くなった気がする。
「えっと、どうかされましたか」
「いや、ダイナスはな。騎士団長に相応しい豪胆さはあるが、少々大雑把なところがある。お前の目付役として適任かと聞かれれば、少々不安な人選だ」
「は、はぁ。そうなんですか」
首を傾げるが、思い返してみればダイナスが細かいことを気にする様子をあまり見たことがない。
普段の言動を考えてみれば、ディアナとは真逆の性格と言えるかも。
「だが、現状ではやむを得まい。私からダイナスとカペラ宛に指示書を書いておく。リッド、狐人族領に戻った際は二人にすぐ渡すのだ。よいな」
「は、はい。畏まりました」
その後、打ち合わせが終わると、僕は父上に狐人族領から連れて来た研修生や豪族の子息令嬢達を紹介。
そして、彼等を連れ立ってバルディアの工房地帯に移動するのであった。
◇
狐人族領内から連れてきた皆には、今日は丸一日工房を見学し、時に体験してもらうことでバルディアの技術をより深く知ってもらう予定だ。
でも、僕と父上は別件がある。
エレン達が完成させたという『例の試作機』を確認することだ。
バルディア発展の要である第二騎士団所属製作技術開発工房は、『第一製作技術開発部』と『第二製作技術開発部』という二つの部署に分かれている。
第一製作技術開発部は、主に武具関係の研究開発が行われ、責任者はエレン。
第二製作技術開発部は、主に新技術の研究開発が行われ、責任者はアレックス。
部署は分かれているけど研究開発内容次第では、二つの部署が協力することも多い。
だけど、今回の『試作機』はエレンとアレックスだけではなく、第二騎士団外部からも魔法専門家としてサンドラにも参加してもらった。
なお、バルディアの工房地帯は襲撃事件以降、警備が厳重化。
現在は第一騎士団から人柄、実力だけでなく、身元も信頼できる騎士達が配置されている。
前回の反省から化け術による変装対策も新たな魔道具を開発して対応。
ちなみに魔道具の原案は、僕が前世の空港や映画で見た『門型金属探知機』だ。
開発したのは例に漏れず、エレンとアレックスだけどね。
一般人や部外者は勿論、バルディア家に仕える人でも僕や父上の許可なく勝手に敷地内に入ることは許されない。
工房周辺をうろつく不審人物がいた場合、騎士には見かけ次第捕らえるようにと、指示が出されている。
実際、国内外からやってきた諜報員と思われる人物を何人も検挙。
当然、諜報員はしらを切るから、背後関係までは追えないことが多い。
でも、捕らえた諜報員はこちらで人相書きと様々な情報を記録した後、領外追放と今後におけるバルディア領への立ち入り禁止処置が下される。
再びバルディア領内で検挙された場合、彼等は最悪極刑になる可能性があるから、余程のことがない限り、戻ってくる可能性は低い。
工房敷地内に入ることが許可された者には、警備の騎士からバルディア家の紋章が施された首掛け札が渡される。
これを首に掛けていないと、不法侵入と見なされて騎士から即逮捕されてしまう。
首掛け札にバルディア家の紋章を施した理由は、貴族の紋章を不正利用することが重罪になるからだ。
工房敷地内に入り込む目的で首掛け札の偽物を用意した場合、必ずバルディア家の紋章を不正利用しなければならない。
そうなると、発覚して検挙された人物がどんな言い訳をしても身柄解放を許されず、口が割れるまで第一騎士団の厳しい追及を受けることになるはずだ。
そうした厳重な警備が様々敷かれた工房敷地内の最奥には、エレンとアレックスが中心となった新技術研究開発所が建設されている。
そしてこの日、開発研究所のとある実験室には僕と父上を始め、エレン、アレックス、サンドラ、クリスという錚々たる面々が集まっていた。
なお、ディアナには部屋の外で警備を兼ねて待機をしてもらっている状態だ。
実験室の真ん中にある机上には、雷光石を元に作成された電気を蓄える『蓄電魔石』が用意されている。
その横には『例の箱形試作機』があって、さらにその試作機の横には蓋が開閉できる『縦型試作機』が置かれていた。
蓄電魔石と二台の試作機は様々な配線で繋がれていて、少し仰々しい。
「では、ライナー様、リッド様。電源を入れてもよろしいでしょうか」
「うむ」
「うん。お願い」
エレンが発した言葉に父上と僕が頷くと、室内にいる皆が強ばった表情で固唾を呑みながら試作機を見つめる。
アレックスはエレンと目で合図し、「いくよ、姉さん」と試作機二台の電源を入れた。
すると程なく、箱形試作機が小さく高い音で唸りだし、縦型試作機からは低音質の稼働音が鳴り始める。
傍目は何も変化は起きないが、エレンとアレックスは安堵の表情を浮かべた。
「成功だね、アレックス」
「あぁ、実験通りだよ」
二人はそう言うと、縦型試作機の蓋を開けて僕と父上に笑顔で振り向いた
「さぁ、ライナー様。リッド様。近くにこの試作機の中に手を入れてみてください」
「実験成功の意味がおわかりになると思います」
僕と父上は前に出ると、試作機の中にゆっくりと手を入れた。
間もなく、父上の眉がぴくりと動く。
「……冷たいな」
「間違いありません。これなら、僕の前世の記憶にある『冷蔵庫』と同じ使い方ができると思います」
そう縦型試作機とは、『冷蔵庫』の事だったのである。
でも、今回の開発で一番重要だったのはこれじゃない。
僕は箱形試作機に視線を向けた。
「とうとう完成したんだね」
「はい。これこそ、リッド様がご所望しておられた『魔力変換器』です」
エレンはドヤ顔を浮かべ、腰に両手を当てて胸を張った。
アレックスはそんな彼女の様子に苦笑しながらも、どこか誇らしげに微笑んだ。
「凄い、本当に凄い。これは、世界が一変する大発明だよ」
僕はそう言うと、エレンとアレックスを勢いよく抱きついた。




