リッド、狐人族領の報告2
「……残念だが私も心当たりはない」
「そう、ですか」
やっぱり、父上も知らないか。
今思い出してみても、ガリエルの変貌は明らかに異常だった。
状況から察するに周囲にいた傭兵達を魔力原として吸収し、異様な力を得たと考えられる。
でも、そんなことを可能にする方法なんて、バルディアにある本で読んだこともなければ、サンドラを始めとする魔法学に詳しい人達からも聞いたことがない。
狐人族領にいた時にはアモンを始め、ラファや豪族達にも尋ねたが、誰もそうした知識や方法を知る者はいなかった。
ガリエルを倒した後、解放された傭兵達にも尋問を行ったが、有力な情報は何も得られていない。
ただ、『吸収された時、全身と意識が消えていき死んだと思った』という答えだけは共通していた。
僕やアリアが丸玉に感じたあの『嫌悪感』の正体は、傭兵達が感じたものと同じなんだろうか。
いや、あの時感じたものは、もっとおぞましい『何か』だ。
『ときレラ』のやり込み要素の可能性も考え、メモリーにお願いして前世の記憶を探ってみたけど、該当するような情報もなかった。
僕の知らない『ときレラ』の裏設定なのか。
エルバのように何かしら未来の前倒しが起きたのか。
もしくは、この世界独自の動きなのか。
考えれば考えるほどに答えは出てこない。
帝都にいるヴァレリにも手紙が送ったが、返信は少し時間がかかる。
現状でわかっているのは、ホルストもしくは鳥人族が何かしら関わっている可能性が高いということぐらいか。
「しかし、事件の連絡を受けた後、詳細をサンドラ達に伝え調べるよう指示は出している。ガリエルの変貌を目の当たりにしたお前が、彼女達と情報共有すれば何かしらの仮説が出来るはずだ。後は、そこから地道に辿っていくしかあるまい」
そう言って、父上は口元を緩めた。
「それと、例の試作機が完成したという報告も受けている。どちらにせよ、今日はサンドラのところへ一緒に顔を出してもらうぞ」
「……⁉ とうとう完成したんですね」
『例の試作機』という言葉にハッとして僕は身を乗り出した。
僕の仮説と原案を元にサンドラ、エレン、アレックス達が研究、開発してくれた『試作機』は、おそらくこの世界の常識を大きく変える発明になることは間違いない。
翡翠色の丸玉も気になるけど、この案件も進めておかなければならない事項だ。
「うむ。お前が狐人族領に行っている間、バルディアでも色々とあったからな」
父上は相槌を打つと、僕が不在の間に領内で起きたことを語り始めた。
魔力回復薬と魔力枯渇症の治療薬公表に始まり、サンドラの新たな名字『フローライト』と『準伯爵』の叙爵。
メルとキールの仮婚約発表が行われたことで、バルディア領への訪問者が帝国内外問わずに急増。
バルスト、レナルーテの国境地点にある関所は国外からの観光客や商売人でごった返し、バルディア領内にある宿泊施設は帝国内外の訪問者で埋め尽くされたそうだ。
でも、人の出入りが多くなれば、当然その分だけ問題が発生してしまう。
特に問題視されたのが、バルディアが管理する工房や研究施設から魔力回復薬や枯渇症の治療薬の情報を手に入れようと国内外からやってくる諜報員の存在だったそうだ。
魔力回復薬の情報を得ようとサンドラを始め、研究員達に接触して買収、色仕掛け工作を行う。
酷い場合には、研究員達の故郷にいる家族の殺害をほのめかした脅迫まであったそうだ。
帝都で行ったバルディア家主催の懇親会で木炭車や様々な料理、日用品などを発表以降から諜報員の出入りは多く、取り締まりは行っていた。
しかし、ここ最近はその数が目に見えて増加。
狭間砦の戦いによる騎士団員の不足、戦後処理による混乱も重なって父上は頭を抱えたらしい。
でも、そうした多忙な父上を支えてくれたのがファラと第二騎士団の皆だ。
第二騎士団管理で僕同等の決裁権を許可していたファラは、以前から諜報員の摘発を行っていた特務機関の面々と彼女専属護衛のアスナ。
そして、レナルーテの諜報組織に属していたジェシカと会議を行い、第二騎士団による『諜報員対策案』を早急にまとめ上げ、父上の許可を得て実行したそうだ。
狐人族領にいた時、僕も通信魔法で『諜報員対策案』のことは聞かされていたけど、父上の語る内容を聞く限り、相当な成果を上げたらしい。
中でも、第二騎士団の面々が中心となった『囮捜査』は効果覿面だったそうだ。
第二騎士団の団員やサンドラ達研究員接触してきた諜報員がいた場合、すぐには逮捕せず、あえて誤った情報を渡して泳がせる。
そうして背後関係まで調べ上げ、『根本を潰す』というのがファラ達が行った主な手法だ。
潰すと言っても、ファラ達が直接手を下す訳じゃない。
第二騎士団で証拠と言質が取れ次第、諜報員と背後関係を報告。
その後、父上と第一騎士団が必要な『処理』を行うという流れである。
ファラと第二騎士団のこうした動きで、諜報員は次々と検挙。
背後関係まで辿れた場合には、父上が表に出ることで根本を潰すことにも何件か成功したそうだ。
「……という具合だな。ファラと第二騎士団は本当に良くやってくれている。お前も後で礼を伝えておけ」
「畏まりました」
普段のファラは優しくおっとりした印象が強いけど、意外と容赦無いところがある。
特に彼女が怒った時に浮かべる笑顔は、背筋が凍り付くほど怖いのだ。
あの言動はエルティア母様譲りというか、ザックが当主を務めるリバートン家の血筋なのかもしれない。
リバートン家とは、レナルーテで『忍衆』と呼ばれる暗部を代々まとめている華族で、エルティア母様の実家でもある。
つまり、ファラの血筋には王家だけではなく、国を裏から支えていた暗部の血筋も流れているわけだ。
今回の一件、彼女のそうした部分の片鱗が垣間見た気もする。
会釈して顔を上げると、僕は「ところで、父上」と話頭を転じた。
「狐人族領には近いうちに行けそうですか」
「いや、申し訳ないが当分は無理だ」
父上は険しい顔を浮かべて頭を振った。
「メルとキールの仮婚約が発表されて以降、帝国貴族を始め、バルストやレナルーテといった周辺国の要人から、今現在もひっきりなしに訪問したいと連絡がきている。落ち着くまで、まだ暫くかかるだろう」
今までの話の流れから察しは付いていたけど、念のための確認だ。
「承知しました。では、引き続き狐人族領平定の対応は私にお任せ下さい」
「うむ。よろしく頼む」
会釈して顔を上げると、「早速ですが……」と切り出した。
「次回の狐人族領訪問の際、ティスとシトリーを連れて行きたく存じます。よろしいでしょうか」
僕の問い掛けに、父上は眉をピクリとさせて険しい表情を浮かべた。




