狐人族領再建の兆し
豪族達の裏資金を運び出そうとした盗賊団こと『金色の夜明け』。
彼等を捕縛してから少しの時が経過した。
金色の夜明けに所属していた傭兵達を尋問した限りでは、あの場にいた面々とサンタス家の屋敷に残っていた者以外、盗賊団の戦力はないことを確認している。
従って、『金色の夜明け』は壊滅したと言って問題ないだろう。
とはいえ、金色の夜明けの首領マーベラス。
もとい、サンタス家嫡男のガリエルが所属不明の鳥人族に連れ去れて行方不明。
加えて、監査団であるアモン達が到着寸前、サンタス家の屋敷で爆発が起き、大火事が発生。
水の属性魔法を使える第二騎士団所属の子達と、アモンの部下達による必死の消火活動で火事は暫くして鎮火。
しかし、屋敷は全焼し、サンタス家が行っていたであろう違法取引記録は全て焼失。
当主レモス・サンタスも焼死したとみられている。
何故、レモスに焼死という判断が下ったかというと、火事から救出されたサンタス家の執事から『翡翠色の丸玉を飲んだ後、レモス様は醜く膨れ上がって爆散しました。それが火元の原因です』という証言が取れたからだ。
当時、裏資金を回収した僕は、急いでサンタス家の屋敷にいるアモン達と合流。
遠くから見えた煙で嫌な予感はしたけど、実際に屋敷が全焼した光景を見たときには唖然とした。
僕とアモンは目の前で起きたことの情報共有を行い、早々に調査を開始。
並行してガリエルを連れ去った所属不明の鳥人族が、パドグリー家縁の者である可能性が極めて高いことから、鳥人族部族長ホルスト・パドグリー宛にアモンが直筆の抗議書を送付した。
すぐに返事はきたけど、『残念ながら、我等はそのような者を知らない。力になれず残念だ』という、ある意味で予想通りのものだった。
この一件から僕とアモンはパドグリー家に対し、旧グランドーク家と同じく相当にきな臭い相手であることは間違いないという共通認識を持ち、警戒を強めている。
調査はその後も続いたが、サンタス家の屋敷が全焼したことで資料が焼失したことが響き、足取りが途絶えてしまう。
ラファもサンタス家が独自に管理する帳簿の写しは流石に持っておらず、調査は手詰まりとなった。
同時期、特務機関やアモンの臣下が監視していた『改易された豪族達』が彼等の家族を含め、唐突に次々と行方不明となる事件が発生。
なお、改易を命じられた豪族達は狐人族領外に出た場合には極刑が下されることになっている。
罰としては重いかもしれないが、狐人族領内の情報を他国に漏らさないようにするためには必要な警告だった。
どうやって彼等が監視の目を逃れたのかも不可解だけど、私腹を肥やして保身に走る彼等が、極刑覚悟で狐人族領から出て行く甲斐性があるとはどうしても思えない。
これについても、何者かが裏で手引きをしている可能性が高いとみている。
投獄していた豪族達にレモスの死とガリエルの行方不明を伝えた上、ダイナスとカペラに任せて尋問をやり直したが、有力な情報は得られなかった。
あの二人の尋問で新たな情報が出てこない以上、おそらく彼等は本当に何も知らないのだろう。
豪族の中には、『私は何も知らない。私の家族は、家族は何処に行ったんだ』と泣き出す者もいた。
所属不明の鳥人族、行方不明になった豪族達の調査は今後も続ける予定だが、解決まではかなりの時間を有するだろう。
そのため、僕とアモンは狐人族領再建に向けた動きに注力することになり、事件解決は特務機関とアモンの臣下に任せることになった。
一連の事件は、気掛かりではある。
でも、僕とアモンが現状で最優先しなければならないのは『狐人族領再建』だ。
僕とアモンが調査に注力すればするほど再建計画の足取りが遅くなってしまう以上、何処かで見切りをつけなければならない。
勿論、定期的に事件の進捗報告をするよう命じている。
これにて、この一件からは僕とアモンは手を引くことになったのだ。
一方、サンタス家が各豪族達から集めた莫大な裏資金を回収できたことで、無事に『狐人族再建五カ年計画』の予算確保に成功。
次々と計画は実行に移された。
当初の予定通り、狐人族領首都フォルネウからバルディアへと続く道の中心地点に工業団地の建設が開始。
既に住居や工房の一部は完成している。
アモンを始めとする狐人族は豪族、領民共に工事の速さに驚いていたけど、迅速にできた仕組みは意外と簡単だ。
バルディアで樹の属性魔法を用いて木材を大量生産し、次に工房で予め統一した規格で建設資材をこれまた大量作成。
それらの資材を、クリスティ商会が木炭車で狐人族領内に輸送する。
現地では、事前に『土の属性魔法』で建設予定地の『地ならし』を実行しておく。
後は届いた資材と同封されている工具で設計図通りに組み立てれば良いだけで、特殊な技術は必要ない。
人手さえあれば、短期間で大量建設できるというわけだ。
前世の建設だと水道、電気、ガスとか色々なことを気にしなければならないが、そこまでのインフラ設備は整っていないから、現状はこれで問題ない。
勿論、いずれはインフラ設備も手を付けたい考えはある。
そうして出来上がった工業団地の工房では、早速簡単な部品作りや生活器具の製作が開始された。
大まかな流れは、バルディアが買い付けた原材料をクリスティ商会が狐人族領内に納品し、狐人族の職人達が加工。
そして、出来上がった部品や生活器具をクリスティ商会が数量確認と検品を行い、部品はバルディアの工房に輸送して納品。
生活器具はクリスティ商会がそのまま各方面に販売し、バルディア家と利益を分け合う。
これにより、バルディアで部品と生活器具製作に取られていた人材を技術の必要な組み立て作業や、新製品開発研究に回せる。
バルディアの開発力と生産力を上げることで、帝国貴族やレナルーテの華族達への販売力強化もできたというわけだ。
いずれ懐中時計の組み立てを含め、生産工程を確立できた製品は狐人族にお願いするようにして、バルディアの工房は新製品開発と様々な研究に注力させることも考えている。
そうした未来を見据え、狐人族領内各地の町村で始まったのが識字率向上を目指す『寺小屋』だ。
とりあえず子供は六~十五歳までは必ず通うように周知し、大人は寺小屋が開いている時間であれば誰でも随時参加可能としている。
この施策、当初の反応はあまり良くなかった。
理由は、この世界において『子供』は立派な労働力でもあるからだ。
『文字なんか読めても飯は食えないし、お金は稼げない。だから、そんなことを勉強するより、働いた方がよっぽど有意義』というのが狐人族の領民達における一般的な認識だった。
でも、『午前中から寺小屋に参加して勉強すれば給食を提供する』という案内を出すと、反応は一転する。
旧グランドーク政権と一部の豪族達による厳しい税の取り立てによって、狐人族領内の食糧事情はかなり悪化していたことから、食糧問題解決は急務の部分だった。
しかし、ただ食事を配布するだけでは根本的な改善には繋がらない。
少しでも未来に繋がる配布方法ということで、寺小屋に参加すれば食事を提供するという方法にしたわけだ。
勿論、食べるものがなく、本当に困っている人達にはすぐ配布して餓死者が出ないよう最善の注意を払った上である。
この施策によって狐人族領内にいる民達は、幼い子供から大人まで寺小屋まで通って文字や計算を学ぶようになった。
大人に提供する『給食』はいずれ無くなるだろうけど、その頃には識字率や計算力は大きく向上しているはずだ。
そうなれば、様々な分野での生産力にも影響が出てくるだろう。
誰もが文字の読み書きでき、計算もできるようになれば『効率的な動き考える』ことができる者が自ずと現れ始めるからだ。
なお、食糧問題解決に向けた施策として狐人族領内で始まった取り組みに『鯉の養殖』もある。
前世では、『川で釣った鯉は身が臭くてとても食べられない』という認識が強かったけど、実は身が臭いのは住む川が汚れていることに加え、鯉が川底の泥と一緒に餌を食べるという習慣がある部分が大きい。
水質や餌を管理された養魚池で育った鯉というのは、栄養満点で美味しいのである。
何故、こんなことを知っているかというと、前世で九州に仕事で赴いた際、取引先に鯉の養殖を営んでいる方がいて、その人に新鮮な鯉で作った様々な料理をご馳走になったことがあるからだ。
『鯉の洗い』……魚介の身を冷たい水で洗って臭みを取り除き、身を引き締めつつ、弾力のある歯ごたえもあって美味しい。
『鯉の刺身』……新鮮な鯉だからこそできるもので、洗いよりも脂がのった濃厚な味わいが楽しめる。
『鯉のあら炊き』……洗いと刺身で残った部位を生姜と味噌で少し濃い味付けしたものだ。
身はほろほろと柔らかく、部位によっては脂ものって美味しい。
あら炊きだから骨はあるけど、注意して食べれば問題ない。
『鯉の塩焼き』……そのまんまである。
鯉の身は脂がのっているし、量もあるので食べ終わった時に得られる満足感は大きい。
『鯉の煮付け』……これもまた美味しい。
鯉は脂がのりつつ淡泊な味わいだから、醤油やみりんによる煮付けの味が染み込みやすく、はっきりとした味わいを楽しめる。
これらの料理が一気に出されたため、美味しいけど食べるのが少し大変だったのは取引先の方には内緒だ。
さて、話を戻すと、鯉の養殖業を営んでいた方同様、池底に天然由来の石灰で造った混凝土【コンクリート】を敷き詰め、鯉が泥を食べないよう工夫した養魚池を建設。
その後、土の属性魔法で綺麗な川の水を引けば、立派な鯉養殖所の出来上がりだ。
自然に目を向ければ前世より今世の方が綺麗だし、川の水も澄んでいるから水質の問題もない。
ここまで鯉の養殖に力を入れた理由は、狐人族領内の食糧問題解決だけが目的ではないからだ。
少し狐人族領外に目を向ければ、帝国の首都やレナルーテは内陸にあるから鮮魚が手に入りにくい。
今でこそ、クリスティ商会、木炭車、氷の属性魔法という三つが揃ったから『新鮮な海魚』の長距離輸送がある程度可能になったけど、当然諸経費が掛かっている分、値段が高くなりがちだ。
一部の漁師達や海と接する領地を持つ貴族達に至ってはこちらの足下を見て、需要と供給以上に鮮魚の価格をつり上げてくる、という問題も発生。
新鮮な海魚の価格はどんどん高騰しており、クリスも頭を悩ましている。
そこで、狐人族領内で養殖された『鯉』の出番というわけだ。
これまでに僕達が発表した様々な料理は帝国貴族に限らず、庶民から他国に至るまで好評を得ている。
そのバルディアが新たに『鯉料理』を発信すれば、必ず貴族や庶民は食い付くはずだ。
当然、皇帝皇后陛下にも献上すれば、より一層の反響が見込める。
今まで競争相手がおらず高騰しつつあった海魚の仕入れも『鯉』があれば、ある程度の価格に落ち着くはずだ。
それでも足下を見てくるなら、クリスの黒い微笑みが取引先を戦慄させることになるだろう。
何にしても、将来的に狐人族領と言えば『鯉料理』、というぐらいの名物となってくれれば万々歳だ。
様々な計画を実行に移したことで、狐人族領民の新制グランドーク家とバルディア家に対する印象も大分変わってきた。
当初は旧政権派の豪族達による根も葉もない悪評の流布や、狭間砦の戦いから間もないということもあって、する事なす事かなり訝しまれたものだ。
納税五年間免除の案内をしても当初は半信半疑の領民が多くいたし、工業団地に住む住民の募集した際には『行ったら奴隷として売られるに違いない』という噂が立ってしまうほどだった。
まぁ、どちらも一部の豪族が不正による罪で次々と改易されたことで、すぐにその不安は払拭され、狐人族の未来にようやく光が差したという評価に変わったわけだ。
そうした状況もあって豪族達には周知済みだが、領民達には混乱を避けるために伏せていたこと。
部族長アモン・グランドークとバルディア家の養女ティス・バルディア、両名の婚約を領内外に公表した。
狐人族の領民は最初こそは驚いていたけど、ティスの実父が狭間砦の戦いで多大な活躍をしたクロスであること。
また、彼のおかげで僕がエルバに勝利できたという事実をちょっと誇張して伝え広めたところ大反響となり、二人の婚約は領民達からたちまち祝福されることになった。
この結果は、『バルディア家との縁談。現状において、此程の良縁は他にないだろう』という意見を一部の豪族や領民が広めてくれたことも大きいだろう。
僕とアモンが互いに意見を出し合い、次々と政策を実行していくことで狐人族領内の活気は急激に改善している。
ようやく一息付けるという状況になった感じだ。
そこで僕は次の動きとして、豪族達の子息令嬢と工業団地で働く将来の幹部候補生をバルディアに連れていき、見聞を広めてもらうための研修実施をアモンに提案した。
「勿論、賛成だよ。今のバルディア領は、狐人族領の未来でもある。きっと、彼等にとって良い刺激になるはずだ」と彼は二つ返事で了承してくれた。
そして、今現在。
ダイナス、カペラ、第一騎士団の面々と第二騎士団の分隊長の子達を狐人族領に残し、僕はディアナと護衛の騎士達と一緒にバルディア領への帰途に就いている。
移動の乗り物はいつも通り、木炭車にけん引する住居型被けん引自動車だ。
後続には、豪族の子息令嬢達と工業団地の幹部候補生達も連れてきている。
バルディアの技術力を体験してもらうため、あえて僕と同様の乗り物を今回は用意した。
でも、彼等の帰りは通常の馬車と荷台を予定している。
これも技術力の『落差』を体験してもらうためだ。
決して、僕が体験した長距離移動の苦しみを少しでも知ってほしいという思いではない。
断じてない……多分ね。
僕はいつも通り、酔い止めの飴を口の中で転がしながら車窓から外の風景を見つめていた。
狐人族領に来たのはついこの間なのに、少しずつ見えてくるバルディアの風景がとても懐かしく感じる。
母上、父上、メル、ファラ、ティス、それにバルディア家に仕えてくれている人達。
皆が元気であることは通信魔法のやり取りで知っているけど、やっぱり早く顔がみたい。
キールは……メルのついでで良いかな。
「リッド様、何やら嬉しそうですね」
一緒の車内で正面の椅子に腰掛けるディアナが目を細めて微笑んだ。
「え、そうかな」
僕は照れ隠しで頬を掻いた。
家族に久しぶりに会えるんだ。
嬉しくないと言えば嘘になるけど、面と向かって指摘されると少し恥ずかしい。
「あ、でも、ディアナもルーベンスに会えるから嬉しいんじゃないの。それに例の件、まだ伝えてないんでしょ?」
「う、嬉しくないと言えば……嘘になります」
顔を少し赤らめ、彼女は気恥ずかしそうに口を尖らせた。
ちょっと可愛らしい。
「あと、例の件ですが、私の口から伝えたいのでどうかルーベンスを含め、皆様には内密にお願い申し上げます」
「わかった。じゃあ、バルディアに到着したらまず父上のところへ一緒に行こうか」
「はい、よろしくお願いします」
ディアナはそう言って軽く頭を下げた。
例の件、きっと父上も驚くことだろう。
少し不謹慎かもしれないけど、どんな顔をするのか。
今から少し楽しみでもある。
その後も彼女と談笑しているなか、ふと車窓から外を見れば狭間砦の城壁が目に入る。
バルディア領はもう目と鼻の先。
もう少しで皆の顔を見られると思うと、胸が高鳴った。




