所属不明の新手2
あの鳥人族の『声』だ。
声に魔力付与もしくは特殊魔法か何かを施しているのだろう。
全く、魔法とはなんて奥が深いのか。
いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。
ふと横を見やれば、メモリーも魔障壁を展開して踏ん張っていた。
この声には雷撃と暴風。
少なからず、二つの属性が組み込まれている。
その上、周りの地面がえぐれ、草木がずたずたになっていることから、生身で受ければとんでもない損傷を受けることだろう。
でも、攻撃の媒体が声である以上、いつまでも息が続くはずがない。
いずれ攻撃は止まるだろうから、一気に間合いを詰める。
思考を共有しているメモリーに目配せすると、彼は何も言わずに頷いた。
程なく、攻撃の勢いが弱まり始める。
ようやく息が切れたか、そう思った次の瞬間、口調の悪い鳥人族の周りに雷撃弾が大量に生成されていく。
「まだまだ、聞き足りねぇだろ。あたしも歌い足りねぇよ」
彼女が口角を上げて白い歯を見せると、雷撃弾がこちら目掛けて次々と放たれる。
だが、声は止まった。
仕掛けるなら今しかない。
僕とメモリーは一気に掛けだした。
躱せない雷撃弾は切り払うか魔障壁で防ぎつつ、弾幕の中を突っ切っていく。
「へぇ、度胸あるじゃねぇか。おい、お前はそいつを連れて先に行け。あたしがこいつらの足止めするからよ」
「了解。では、先に行く」
鳥人族の少女が片手でガリエルを掴んだまま、空へ飛び上がっていく。
この場から撤退するつもりなのだろう。
僕とメモリーは魔力を全身に巡らせ、その場を跳躍した。
「行かせない」
刹那で攻撃が届くというその時、口調の悪い鳥人族と不敵に笑う。
「おっせぇよ」
「……⁉」
再び耳をつんざく声が轟き、雷撃と暴風の混ざった衝撃波が吹き荒れる。
至近距離かつ突進するような攻撃を繰り出していたから、今度は魔障壁を繰り出す間がない。
結果的に僕とメモリーは、『カウンター』のような形で喰らってしまった。
まるで大鐘の中にいる状況で杭を叩かれたような衝撃に耳が襲われ、意識が飛びそうになる。
必死に堪えるが、怯んだ僕とメモリーに暴風と雷撃が容赦無く襲いかかってきた。
流石に耐えきれず、僕達は吹き飛ばされて地面に叩きつけられてしまう。
「ぐぁ……⁉」
「うぐ……⁉」
激しい衝撃が全身に走り、思わず顔を顰める。
咄嗟に魔障壁を球体状に展開したことで直接的な損傷は防げたが、衝撃まで消すことはできなかった。
メモリーも実体化の維持はできてはいるけど、強い衝撃で魔力の流れに乱れが生じて動きが鈍い。
「はは。ざまぁねえな」
勝ち誇ったような声が空から聞こえてきた。
流石にむっとするが、彼女自身が言っていたように会話時の声質はとても良いから、間違いなく美声の部類だろう。
とはいえ、口調と使い方の荒々しさが過ぎる。
「どうせなら、普通に君の歌声を聞いてみたいけどね」
そう言って立ち上がると、彼女は「へぇ」と何やら嬉しそうに口元を緩めた。
「お前、私の歌声を聞きたいなんてわかってんじゃん。良いぜ、いつか機会があれば歌ってやるよ。まぁ、鎮魂歌かもしれねぇけどな」
彼女の高笑いが響く中で、「イビお姉ちゃん」という声が轟く。
何事かと背後を見やれば、血相を変えたアリアが立っていた。
「ア……じゃない。ピンク、どうしてここに⁉」
「ごめんなさい。でも、あの人は私達の、私のお姉ちゃんなの。それに、イリアの気配もしたから……」
相当慌ててきたらしく、アリアは肩で息をしている。
しかし、イビと呼ばれた口調の悪い鳥人族は明らかに不機嫌になって鼻を鳴らした。
「てめぇみたいな奴、あたしは知らねぇ」
「そんなことない。私には、イビお姉ちゃんだって、イリアのことだってわかるもん」
二人のやり取りを聞き、鳥人族の正体に、やっぱりかと合点がいく。
狭間砦の戦い時、第二騎士団航空隊に接触してきた所属不明の鳥人族達がいた。
彼等は変装こそしていたが、アリア達と生き別れた姉妹達だったそうだ。
その姉妹を率いていたのが目の前で対峙している『イビ・パドグリー』と、先程まで此処に居た『イリア・パドグリー』だと報告を受けている。
アリアを始めとしたバルディアに所属する鳥人族の子達は、技量の差はあれど『電界』を使用可能だ。
その皆が所属不明の鳥人族のことをパドグリー家所属のイビや、イリアといった生き別れの姉妹達と判断した以上、ほぼ間違いないだろう。
「そうだ。イビお姉ちゃん。イリアも皆……皆、お兄ちゃんのところにおいでよ」
「は……?」
イビと呼ばれた彼女は首を捻るが、アリアは気にせず身を乗り出して続けた。
「私達は失敗作でも、期待外れでも、役に立たない道具なんかじゃない。お兄ちゃんは私達、皆を救ってくれたの。だから、イビお姉ちゃんもイリアも……」
「うるせぇ」
彼女は遮るように告げると魔波を吹き荒らし、アリアを睨む。
「何度も言わせんな。あたしは、お前なんかしらねぇ」
「で、でも……」
「うっせぇ、うっせぇ、うっぜぇんだよ。子飼いの小鳥が、勝手なことさえずってんじゃんねぇ」
怒号が轟いた瞬間、彼女を中心に凄まじい衝撃波が発せされた。
「アリア、下がるんだ」
「……⁉ お兄ちゃん」
僕とメモリーは前に出て魔障壁を咄嗟に展開するが、周辺の大地はえぐられて土煙が辺りを覆い尽くしていく。
視界がほとんどない状況のため、電界で鳥人族の位置を探ってハッとする。
「……やられたな」
彼女はあの一瞬であっという間に空高くに飛び上がり、この場から離脱を図ったようだ。
流石に空を追いかける余裕はないし、イビやイリアが相手では、アリアが自身の代わりを依頼したという子達では太刀打ちできないはず。
そもそも、航空隊には明らかに相手が格上だと判断した場合には避難するよう指示を出している。
彼女達、航空戦力はバルディアの秘蔵っ子でもあるから無理はさせられない。
電界の出力を上げ、念のため周辺を探って敵意を感じないことを確認すると、僕はため息を吐いてレイピアを鞘に収めた。
ガリエルと鳥人族の少女達は逃がしてしまったが、当初の目的は達成できた。
全裸で倒れている傭兵達の手当てと拘束、裏資金を積んだ馬車の引き上げもある。
今回は、ここが引き時だろう。
「イビお姉ちゃん、イリアぁ……」
アリアは力なく両膝を突き、嗚咽を漏らし始める。
彼女に寄り添って慰めつつ、僕は鳥人族のパドグリー家に対する強い不信感を抱いていた。
『ホルスト・パドグリー。奴はある意味、エルバよりも恐ろしい男かもしれません』
バルストのクラレンスが言っていた言葉が脳裏に蘇る。
ガリエルが持っていた翡翠色の丸玉、レモスを始めとするエルバ派の豪族達と裏で繋がっていた可能性。
クラレンスが言いたかったことは、このことなのだろうか。
いや、違う。
あの丸玉からはもっと何か、別のおぞましい思惑があるような感じがしてならない。
獣人国ズベーラの獣王セクメトス、各部族と部族長達。
彼等はホルストと繋がっているのか。
はたまた奴の独断か、協力者がいるのか……考えれば考えるほど疑問が湧くばかりだ。
でも、バルディアと僕の大切な皆に手を出すというなら、その答えとやることだけは決まっている。
僕は鳥人族の少女達が飛び去った方角を見つめ、手を拳に変えるのであった。




