リッドの新手
「ほら、やっぱり。その剣、盾じゃないか」
「ぬぅ⁉」
大岩を両手で掲げた大剣で防いだことで、ガリエルの体正面が隙だらけとなった。
すかさず、僕は『火槍』を連続で発動する。蛇頭達の再生が間に合わず、火槍を体正面に直撃したガリエルは「ぬぉおおお⁉」と悲痛な雄叫びをあげてよろめき、後ずさる。
「あれは……⁉」
火槍で衣服が燃えて露わになったガリエルの胸元に、翡翠色の丸玉が同化している状態が目に入り、僕は訝しんだ。
飲み込める程に小さかったはずの翡翠色の丸玉だが、今は傭兵達を吸収したせいか、大人の掌ぐらいの大きさまで肥大化している。
電界で探ってみると、翡翠色の丸玉から傭兵達の悲痛な声が聞こえ、絶望の表情が浮かんできた。
これってまだ、傭兵達が生きている可能性もあるんじゃないだろうか。
試してみる価値はあるかもしれない。
「お、おのれ。調子に乗るなぁあああ」
ガリエルが激高して魔波を発すると、黒い魔力の蛇頭が一瞬で再生した。
だけど、奴は肩を上下させて息が上がっている。
どうやら、蛇頭の再生には相当な魔力を消費するらしい。
このまま持久戦に徹すれば、奴の魔力はいずれ枯渇するだろう。
しかし、その戦法をとれば、翡翠色の丸玉が魔力源として吸収した傭兵達がどうなるのか。
絶対、良い結果にはならないだろう。
さて、どうするかな。
ガリエルと対峙しながら考えを巡らせていたその時、奴の背後で何かが地面で光る。
あれと、あれを組み合わせて試してみるか。
僕はガリエルの猛攻を避けつつ、左手で魔力を大量に練り上げていく。
「馬鹿め。俺に魔法が効かぬとわかって、魔力を練り上げるとはな」
ガリエルがそう吐き捨てると、蛇頭達が僕の左手に溜めた魔力目掛けて大口を開けて向かってきた。
何だか、餌を求めているみたいだ。
でも、この魔力は攻撃魔法に使うものじゃない。
必要な魔力が練り上がると、僕は蛇頭達の有効射程距離範囲外へ一気に飛び退いた。
「面白い魔法をみせてやるよ」
「ふん。何をしようと無駄なことだ」
鼻を鳴らし、ガリエルは勢いよく距離を詰めてくるが、僕は動じずに口元を緩めた。
「魔力を『何か』に具現化できるのはお前だけじゃない。顕現しろ、支援魔力体」
左手を高く掲げると、練り上げていた魔力が空中で少年の姿へと変わっていく。
普段過ごす僕の容姿、瞳の色、髪色が再現され、服装も正体を隠せるよう帽子を被り、目元を赤いマスクで隠している。
彼は地面に降り立って瞑っていた目を開くと、白い歯を見せて笑った。
「ぱんぱかぱーん。魔力で顕現、ミニ・ゼロレッド参上」
目の前に現れた彼は、記憶の化身ことメモリー本人だ。
エルバとの戦いで命が削れるほど魔力負荷を体に掛けたことで、意図せず魔力容量が大増量を果たした。
現在使用中の変身魔法も、そのおかげで生み出せたものだ。
そして、魔力量増大は、図らずもメモリーにも影響を及ぼした。
以前は僕が魔法で呼び出した時のみ会話できたのが基本だけど、今はメモリー側からも好きな時に会話が可能となっている。
あと、僕と手を繋いだりして、体が触れている相手には魔力を通してメモリーが念話することも可能だ。
ちなみに、今は彼のことを知る人物が僕以外にも一人だけいる。
他でもない、ファラだ。
狭間砦の戦い後、寝込んでいた僕を夜通し看病する彼女を安心させるため、僕が無事であることを、メモリーが念話で伝えてくれたらしい。
『ファラのことはずっと君を通して見ていたから、信用できる思ったんだ。それに、リッドの奥さんは僕の奥さんでもあるからね。色々と話せて楽しかったよ』
メモリーはそう言って笑っていた。
でも、僕が相当な無理をした事実を知ったファラからは、激烈に美味しくない魔力回復薬の原液を連日飲まされることになったけど。
「は、なんだその小童は。舐めおってからに」
馬鹿にされた思ったのかガリエルは額に青筋を走らせ、蛇頭達を操って襲いかかってくる。
しかし、メモリーは余裕の笑みを浮かべ、右手の親指を『パチン』と鳴らす。
その直後、地面から先端の尖った岩が一気に生成されて蛇頭達を全て貫き、破壊した。
「な、なんだと⁉」
ガリエルは目を丸くし、思わず足を止める。
メモリーはすかさず左手の親指を鳴らし、巨大な尖岩を生成して追撃した。
「舐めているのは、そっちだろ。僕はね、ゼロのように優しくないよ」
「ぬぉおおお⁉」
大剣で受け、ガリエルは直撃は防いだ。
しかし、衝撃は消せずに吹き飛ばされ、僕が登場の足場に使ったそり立つ高い壁に激突。
壁が倒れ、凄まじい土煙が舞い上がる。
「ちょっとやり過ぎじゃない」
「いや、君が甘いのさ」
メモリーはにべもなく頭を振った。
魔力支援体で実体化した彼は容赦がないところがあって、言動が少し悪役っぽい。
「さぁ、失礼なことを考えてないで、さっさと作戦を実行しなよ。じゃないと、僕があいつを倒す」
「わ、わかったよ。そんな睨まなくても良いじゃないか」
彼にじろりと凄まれ、思わずたじろいだ。
実体化したメモリーとは魔力を通じて思考、視覚、聴覚など様々な感覚の情報共有が可能になっている。
ただ、これは気をつけて扱わないと利点どころか欠点になってしまう。
当初、思い付きからこの魔法を試して成功した時、僕はメモリーと対面できたことに歓喜した。
だけど、すぐに凄まじい情報が頭の中を駆け巡り、ゲームの3D酔いを何百倍も強めたような気持ち悪さに襲われ、その場で吐いてしまったのだ。
僕は前を見ているはずなのに、メモリー視点が共有されることで自分の顔と背景が見える。
彼が体を動かすとその感覚が伝わり、自身の体が誤認してその場で転げる。
自分を含め、聞こえる声や音は全て木霊し、何やら音ずれして聞こえる。
などなど散々だった
今は不要な情報を遮断するなどの工夫を含め、大分慣れたから問題ない。
魔法も彼自身が魔力だから単体発動可能だし、一定距離内に居れば魔力供給することもできる。
僕が意識を失うか、魔力切れを起こさない限り、魔力支援体のメモリーは動き続けることが可能というわけだ。
「……⁉ 来るよ、ゼロ」
メモリーが前方を睨んだ次の瞬間、土煙が吹き飛び、巨大化した蛇頭達を引き連れたガリエルが姿を現した。
さっきよりも、禍々しさが増している。
「ミニレッド。これ以上、蛇頭は潰さない方がよさそうだ」
「甘いね。まるで、たっぷりの砂糖と牛乳を浸したフレンチトーストの上に置かれたソフトクリームにチョコ、あんみつ、はちみつ、練乳、あんこを掛けたみたい甘いよ」
メモリーは肩を竦め、頭を振っておどけた。
想像するだけで、胸焼けする甘さだ。




