リッド対ガリエル
「因果応報、だと。獣人の豪族であれば狐人族に限らずに誰でもやっておるわ」
「なら、僕達がその仕組みを変えてみせる」
僕がレイピアによる刺突と斬撃で攻め、ガリエルがバスターソードの広い剣身幅を上手に扱い防御に徹している。
互いの剣技が衝突すると僕と彼の間には火花が散って、強く甲高い金属音が辺りに鳴り続ける。
「ゼロとやら。貴様の実力はこの程度か」
剣技の激しい応酬の中でガリエルが不敵に口元を緩める。
彼はまだ獣化をしていないから、余裕の笑みと言ったところか。
「それはこちらの台詞さ。攻めが甘いけど君の大剣は、実は盾なのかな」
「ぬかせ。戦いとは、探り合いだ。俺は最初から己の手を晒すほど愚かではない」
「なら、受けてあげようじゃないか。獣化して一撃出してみな」
僕はバク宙でガリエルとの距離を取ると、レイピアを持っていない左手を彼に向けて差し出した。
「さぁ、こいよ。それとも、そんな度胸もないのかな」
挑発に彼は額に青筋を走らせ、今までと段違いの魔力を放出した。
「言わせておけば調子に乗りおって。その思い上がり、身をもって後悔するがいい」
ガリエルは吐き捨てると一気に獣化し、尻尾が四本で黒い毛並みの黒狐の姿となった。
そして、大剣を肩に背負うと、彼はありったけの魔力を注ぎはじめる。
「魔力、武力、獣化を掛け合わせた力に壊せぬものなど、何もない」
何処かで聞いたような台詞に、『奴』の顔と笑い声が僕の脳裏に蘇った。
眉間に力が入って皺ができ、レイピアを持つ手に力と魔力が籠もる。
「この一撃で塵も残さず消え失せろ」
ガリエルは魔力の込めた大剣を力に任せて振り下ろす。
相当な魔力を込めているだろうから、直撃すると斬撃と共に爆発が起きる可能性が高い。
しかし、僕はあえてレイピアで刺突を繰り出した。
次の瞬間、辺りに耳をつんざくような甲高い金属音が鳴り響く。
ガリエルは目の前で起きた現象が信じられない様子で目を見開いた。
「ば、馬鹿な。俺の渾身の一撃を刺突で止めた、だと」
振り下ろされた大剣を、僕はレイピアの切先だけで受け止めている。
強力な魔力付与をレイピアに施し、身体強化・弐式を組み合わせればこんなことも可能だ。
ガリエルの一撃も確かな威力があったから、僕の足周辺の地面はひび割れ、えぐれるようにへこんでいる。
しかし、そんなことより僕は苛立ちを隠せず、彼を見上げるように凄んだ。
「不愉快だ。さっきの台詞、猛烈に不愉快だ」
僕はその場で踏み込むと、レイピアの切先で大剣を押し返した。
ガリエルは「な、なに⁉」と目を丸くする。
僕はレイピアを手から離し、がら空きとなった懐に入り込み、彼の腹に左手でアッパーカットをめり込ませる。
うめき声を上げて前に倒れるように姿勢を崩すガリエルだが、簡単には寝かせない。
彼の顎目掛けて右膝蹴りをお見舞いして無理矢理起こすと、僕は彼の腹めがけて両手拳による乱打で追撃する。
「ぐぉおおおおおお⁉」
ガリエルは苦悶の表情を浮かべ、持っていた大剣を地面に落とす。
彼の足が乱打の衝撃で地面から浮いたその時、僕は右手の拳を手刀に変えた。
「これで終わりだ。断罪の一撃」
魔力を纏わせた右手の手刀をガリエルの鳩尾にめり込ませる。
すぐに手刀を抜くが、纏っていた魔力は彼の鳩尾に留めたままだ。
「成敗」
そう叫んだ次の瞬間、ガリエルの鳩尾の残っていた魔力が急激に膨れ上がって爆発。
彼を思いっきり吹き飛ばした。
「がぁあああああ⁉」
彼は黒煙を纏いながら宙を舞い、やがて地面に落ちると激しく転がって街道横にある岩にぶつかって土煙が舞い上がる。
間もなく土煙が晴れると、獣化の解けたガリエルが岩を背に、ぐったり項垂れた姿が見えてきた。
あの様子ではもう戦えないだろう。
「やったぁ。さすが、お兄ちゃん。あ、違った、ゼロレッドだね」
「えぇ。頼もしいかぎりです」
ゼロピンクことアリア、ゼロブルーことラムルの二人はそう言うと、傭兵達を見回して凄んだ。
「さぁ、どうするの。貴方達の親玉は寝ちゃったよ」
「大人しく投降するなら、手荒な真似はしません」
傭兵達は顔を引きつらせて戦き、及び腰となって後ずさった。
「そ、そんな、旦那がやられちまったぞ」
「どうする」
「ど、どうするたって、おめぇ……」
彼等は顔を見合わせ、再びこちらを見て息を呑む。
じわじろと後ずさった傭兵達は武器を捨て、「逃げるしかねぇ」と叫んで僕達に背中を向けて一目散で走り出す。
一瞬、呆気に取られるが、僕はやれやれと被りを振った。
「お前達を逃がすわけないだろう」
親指を鳴らし、魔法の『蔓操縄縛【ばんそうじょうばく】』を発動。
地面から次々と樹の蔓が生え伸び、逃げ出した傭兵達を一人残らず拘束していく。
「な、なんだこりゃ⁉ 魔物か」
「ち、ちげぇ。これは樹の属性魔法だ」
「そんな馬鹿な⁉ こんな高等な樹の属性魔法なんぞ見たことねぇぞ」
傭兵達はぎょっとして目を丸くしている。
この世界では魔法自体がまだ一般的ではない上、サンドラ曰く、樹の属性魔法を扱える術者は尚更珍しいそうだ。
それを考えれば、彼等が驚くの無理はないのかもしれない。
何にしても、武器を捨てて逃げたのは彼等の明らかな失敗だ。
樹の属性魔法で生やしたばかりの蔓は、耐久度がそこまで高くないから斬撃で簡単に切られてしまう。
だけど、相手が素手であれば十分に拘束可能だ。
既に気絶していた傭兵と項垂れているガリエルを含め、この場にいた彼等の拘束がほとんど終わったその時、馬車一団の方角から「り、じゃなかった。ゼロレッド様、ご無事ですか」と女の子の声が聞こえた。
振り向くと、そこには僕と同じ格好だけど、目元を隠すマスクの色が違う二人の姿が目に入る。
ゼログリーンことダン、ゼロイエローことアリスだ。
声からして、僕を呼んだのはアリスだろう。
二人がこちらに駆け寄ってくると、僕は目を細めて微笑んだ。
「ありがとう、僕達は大丈夫だよ。イエロー、グリーンも怪我はしてないかな」
「はい。傭兵達の中に手練れはいませんでしたから余裕でした」
アリスは毅然と答えるが、彼女が引きずってきた縄で拘束された傭兵達の姿に僕は目を瞬いた。
「まさか、倒した傭兵を全員連れてきたの」
「はい、勿論です」
彼女はさも当然のように満面の笑みで答えるが、人数にして二十人以上。
これを一人で引っ張ってきたのか。
僕の考えていることを察したらしく、ダンがため息を吐いた。
「僕は拘束だけで、その場に捨て置こうって言ったんですけどね。『万が一、拘束を解かれて逃げられたらどうする。そうなれば、私はゼロレッド様に顔向けできない。大丈夫、私の力ならこれぐらい余裕だ』って聞かなかったんです」
「そ、そうなんだね」
さすが馬人族、女の子であっても秘める馬力は相当なものらしい。
「あれ、ひょっとしてこいつらお邪魔でしたか」
アリスは僕とダンのやり取りに、しゅんとしてしまった。
「いやいや、そんなことはないよ。ありがとう、イエロー」
僕はそう伝えると、アリスの頭を優しく撫でた。
今の僕は大人姿だから、身長差的に頭が撫でやすい。
「あ。ありがとうございます」
彼女が何やらはにかむと、「あ、ずっるーい」とアリアがやってきた。
「お兄ちゃん、私も頑張ったから撫でて、撫でて」
「う、うん。ピンクもとても頑張ってくれたね。ありがとう」
「でしょでしょ。私、頑張ったもん」
アリアが嬉しそうに「えへへ」と笑みを溢したその時、背後からとても嫌な気配を感じて咄嗟に振り向いた。
「……許さん。許さんぞ」
ガリエルが瞳に凄まじい憎悪の色を宿らせ、こちらを凄んでいる。
まだ、やるつもりなのか。
でも、彼は背後にある岩に蔓で拘束している。
簡単には身動きがとれないはずだ。
それに、この嫌な気配はガリエルから感じるものとは少し違う。
訝しむように彼を見据えたその時、彼の懐から翡翠色の小さい丸玉がこぼれ落ちる。
その瞬間、背筋に寒気が走った。




