リッドの新魔法
「相変わらず、素晴らしい変身ですね」
髪が長くなり、大人になった僕の姿を目の当たりにしたダンが、感嘆するように唸った。
「そうかな。でも、基本は『化け術』の応用だからね。ダン達が色々教えてくれたおかげさ」
「そ、それほどのことでもないですよ」
僕が微笑み掛けると、ダンが照れくさそうに頬を掻いた。
その姿を見てこの場にいたラムルとアリスが笑みを溢す。
エルバとの戦いの後、僕の中にある魔力量は爆発的に増えている。
あの戦いで相当な負荷を体に掛けた結果だと思うけど、メモリー曰く「過度な負担を掛けて復活した分、爆発的に増えたのさ。その分、寿命も縮んでいるからね』ということらしく、二度とあんな無茶をしては駄目と釘を刺されている。
じゃあ、この姿は何なのかというと、エルバとの戦いで発動した魔法を分析し、ダン達から教わった化け術と組み合わせ魔法。
月並みだけど、『変身魔法』と呼んでいるものだ。
『化け術』と違うところは魔力消費量が激しくて、非常に燃費が悪い。
それ故、術者の負担がかなり大きい。
これは僕とダンが同じ姿に変身してみた際、明らかにこちらが疲れていたことから不思議に思って魔力測定を行い判明したことだ。
サンドラに原因を相談したところ、とても興味深そうに考察してくれた。
『化け術は狸人族と狐人族が長年掛けて習得し、代々受け継いできた種族魔法です。つまり、彼等の体に合った魔法なのでしょう。リッド様の変身魔法の場合、化け術を応用している、いわば下位互換。そもそも人族の体に合っておらず魔力量消費が激しいかと思われます。しかし、それでもこんな魔法を生み出すあたりは『型破り』の名に恥じませんね』
そう語ってくれた時、彼女の瞳がとても爛爛に輝いていたことをよく覚えている。
変身魔法の仕組みは、術者が魔力で生み出した『着ぐるみ』の中に僕自身が入り込む感じに近い。
着ぐるみを丸々魔力で作り上げるのだから、魔力消費量は当然大きくなるというわけだ。
エルバとの戦いで発揮したような特別な力は出ないけど、大人姿となることで手足が長くなるから体格的な強化は一応ある。
「それにしても、そのお姿ならリッド様とばれることはなさそうです」
ラムルの言葉にアリスが「えぇ」と頷いた。
「私達のことも彼等は知らないでしょうから、我々の仕業というのは気付かれないかと」
「まぁね。それが目的で変身に加えて念のために『変装』もしているからね」
この場にいる僕と彼等は、丸縁が広い黒帽子と仮面で目元を隠し、服装は燕尾服に外套という格好で腰にはレイピアを帯剣している。
「それにしても、リッド様」
ラムルが首を傾げた。
「ん、どうしたの」
「変装するにしても、もう少し違う格好でも良かったのではありませんか。この格好は些か目立ち過ぎなような気もします」
「ま、まぁね。でもさ、悪事を『快傑』するならやっぱりこの格好かなと思ったんだよ」
前世の記憶から引っ張り出したこの世界でも簡単にできる変装、とは流石に言えない。
「は、はぁ。解決ですか」
笑って誤魔化すと、ラムルとアリスが顔を見合わせて首を捻った。
すると、ダンが「そんなことより」と切り出した。
「リッド様。身バレを恐れるならもっと良い方法があります」
「え、どんな方法かな」
ダンはにやりと笑い、僕の胸を指差した。
「ラファ様やダナエさんのように服の上からでもわかるほど胸を大きくすればいいのです。そうすれば、相手は可愛い顔をしているリッド様のことを女性と思うこと間違いなし。変身魔法の存在が知られていない以上、絶対に身バレすることはありません」
断言したダンはドヤ顔をしているけど、僕はサーッと顔から血の気が引いていくのを自覚する。
「……いや、それは止めとこう」
「えぇ⁉ 我ながら名案だと思います、是非、そうしてください」
「提案してくれる気持ちは嬉しいけど、それは本当に止む得ない時にしておくよ」
「いやいや、リッド様。今が止む得な……いて⁉」
食い下がるダンだけど、アリスが拳骨で物理的に止めた。
「いい加減にしなさい。リッド様は『止めておこう』と仰ったのです。これ以上の発言は無礼になりますよ、ダン」
「ちぇ、いったいなぁ」
ダンは頬を膨らませると、彼女を怨めしそうに睨んだ。
「アリスって、あれだよね。融通が利きづらいところがさ、ディアナ姐さんと性格が似てるよね」
「はぁ⁉ なんですって」
青筋を走らせて怒るアリス。
でも、それはそれでディアナに失礼じゃないだろうか。
それと、融通が利かないというのは言い過ぎだろう。
注意しようとするが、その前にダンが肩を竦めておどけた。
「おお、怖い。ね、ラムルもそう思うでしょ」
「え、そうかな。ディアナ姐さんもそうだけど、僕はアリスが真面目で一生懸命なだけだと思うよ。とっても素敵なことじゃないか」
ラムルが微笑むと、アリスは毒が抜かれたようにきょとんとするが、すぐにハッとして「な、ななな……⁉」とたじろいだ。
アリスの顔はどんどん赤くなっていき、やがて彼女は俯いてしまった。
「どうしたの、アリス。大丈夫?」
心配そうにラムルが声を掛けると、アリスは俯いたまま首を横に振った。
「い、今はそっとしておいてほしいです。い、いや。うん、大丈夫。大丈夫です」
「……?」
ラムルは首を傾げるが、ダンは「うわぁ。リッド様と同じ無自覚系だ」と呆れ顔を浮かべる。
「誰が無自覚系だ」
「いったぁあああ⁉」
僕はダンの額に強めのでこぴんをお見舞いした。
やれやれ、ディアナやカペラが彼等に振り回されて大変な気持ちが少しわかった気がする。
「リッド様、こちら、アリア。応答願います」
通信機から音声が発せられ、僕はすかさず通信魔法を発動する。
「こちら、リッドです。アリア、どうしたの」
「もう間もなく、サンタス家の馬車一団が作戦位置まで到着。空中からの援護射撃、いつでもいけます」
「わかった。でも、アリアの射撃はこちらの素性がばれちゃうから、指示があるまで空からの監視任務で待機しておいて」
「えぇ⁉ むぅ、畏まりました。通信、以上で終わります」
通信は終わったけど、アリアが頬を膨らませた顔が目に浮かんできた。
空中から魔槍弓センチネルによる狙撃攻撃の恐ろしさは、狭間砦の戦いで狐人族内に知れ渡っている。
その上、センチネルで攻撃を行えるのはバルディアだけだから、どうしても素性が割れてしまう。
ダンが涙目で額を摩る中、僕は咳払いをした。
「作戦は事前の打ち合わせ通りで変更は今のところない。いいね」
「畏まりました」
そう言って頷く三人の表情は、つい先程までのやり取りが嘘のように真剣なものに変わっている。
この切り替えの速さは、カペラのによる教育のおかげだろう。
こうして彼等と空で監視するアリア、僕を含めた五人で作戦を実行に移すのであった。




