リッドの暗躍
狐人族の豪族で旧政権派の筆頭ことサンタス家。
そして、当主レモスと彼の嫡男が任されている領地は馬人族と近い北側に位置している。
また、彼等の住む豪族屋敷は首都フォルネウでアモンが過ごしている屋敷よりも規模として大きいかもしれない。
僕とカペラが双眼鏡でサンタス家の屋敷の動きを窺っていると、「リッド様、カペラ様。失礼します」と声を掛けられた。
僕達が振り向くと、茶色で短い髪と黒い瞳をした鼠人族の女の子が畏まって敬礼する。
「今し方、アモン様が率いる監査団が予定通りに出発したとサルビア隊長から連絡が入りました」
「わかった、報告ありがとう。アリーナ」
「はい。では、持ち場に戻ります」
彼女はそう言って会釈すると、野営地に設置した天幕の中に入っていった。
鼠人族のアリーナは、第二騎士団辺境特務機関情報局に所属。
サルビア、シルビア、セルビアの三姉妹に次ぐ通信魔法技術が高い子で今回の派遣団員に抜擢されている。
サルビア達を連れて来られなかった理由は、彼女達が現在責任ある立場で多忙を極めているからだ。
情報局の隊長を任されているサルビアは、日々バルディア領内全域から集まってくる情報の精査と整理で情報局から動かせない。
副隊長のシルビアも帝都にあるバルディア家の屋敷に連絡要員として派遣されているし、セルビアも連絡要員として父上の近くに控えている。
通信魔法は『雷の属性素質』がなければ扱えないし、習得が難しい上に術者の技量がないと距離があるほど通信品質が悪くなってしまう。
従って、技術の高いサルビア達三姉妹は動かせず、僕と行動が共にできる新たな通信魔法要員が必要となったわけだ。
「リッド様。レモス達は我等の思惑には気付いてないようです。そろそろ、動き出すかもしれません」
作戦行動中のせいか、カペラの声はいつもより冷淡だった。
ちなみに僕達が天幕を張って野営しているこの場所は、サンタス家の屋敷から少し離れた深い木々に覆われた小高い丘だ。
「うん、そうだね」
僕は相槌を打つと、双眼鏡を目に当てた。
ここから見える屋敷の中庭では、使用人と冒険者くずれの傭兵達が屋敷から書物を次々と運び出して火にくべており、煙がもうもうと立ち上がっている。
今更、もう遅いのに。
心の中で呟き、僕は呆れていた。
金色の夜明けに資金を強奪されたから『資金提供』はできない。
そう主張した旧政権派の豪族達。
彼等は最初こそ『僕とアモンを上手く出し抜いた』とほくそ笑んでいたのだろうが、今は自ら墓穴を掘ったと後悔し、笑えなくなった者しかいないのではないだろうか。
最近の流れを思い返すと、僕達はとても忙しかった。
一つ目、金色の夜明けなる族の討伐を目的とした検地を僕とアモンが行い、瞬く間に不正が発覚。
二つ目、アモンが不正発覚に伴い部族長権限で豪族屋敷の強制捜査を即実施。
三つ目、強制捜査の結果、違法かつ悪質な領地運営の実態を確認。
四つ目、部族長から任された領地運営の責任を果たさず、私腹を肥やした罪に加えて悪質性が極めて高いとしてアモンが対象の豪族に『改易処分』を下す。
一つ目から四つ目までがお約束となって、旧政権派の豪族達は急速に求心力と影響力を失っていったのだ。
当然、僕達が来ることが分かっているから証拠隠滅を図る者も多かった。
だけど、私利私欲を尽くしていた豪族を恨む領民は多く、証人となってくれる人が大勢いたので大きな問題とはなっていない。
それに証拠隠滅されたところで『長年に亘る悪質かつ巨額の脱税』は、検地を実施すれば否応なく白日の下に晒される。
ただ、そうした状況で豪族屋敷の強制捜査を実施しても帳簿は当然見当たらない。
問い詰めると、豪族達は誰も彼もが見苦しい言い訳を並べた。
『帳簿は使用人が捨てていました』……そんなわけあるか。
『帳簿の記憶が定かではございません』……じゃあ、どんな記憶なら定かなんだよ。
『私は一切関与しておりません』……職務怠慢だし、領地運営の責任放棄は大問題だろう。
『担当者が不在ですのでお答えできません』……担当者不在だからなんだ、責任者はお前だろう。
こんな弁解を僕達が許すわけもない。
むしろ、火に油を注ぐ行為である。
何度、額に僕とアモンが青筋を走らせたことか。
そうして改易処分を下された豪族の中には、武力による抵抗を試みた者もいたが当然失敗。
捕らえられて、牢獄送りになった者も多数いる。
逃げられないと観念して自ら不正を告白してきた者もいたけど、僕とアモンは「立場が悪くなったからと、不正を今になって告白すれば許されると思っているのか。判断が遅すぎる」と一蹴して厳罰を緩めることはしなかった。
次々と豪族を捕らえたけど、意外とサンタス家と金色の夜明けに繋がる情報は誰も彼もが口を噤んだ。
なおその際、カペラとダイナスが拷問役を申し出たことがある。
「罪人でしたら容赦する必要もありません。何なら、私が情報を引き出しましょうか」
「いえいえ、カペラ殿。ここは私がやりましょう」
「ほう、ダイナス殿の手腕が見れるのですね。ならば、一緒に行うというのはどうでしょう」
「おぉ。それは面白い。リッド様、如何でしょうか」
「いやいや。他の狙いもあるから拷問はしないよ」
二人はやる気満々だったけど、僕は申し出を断った。
まぁ、豪族達からすれば自作自演がばれれば罪がさらに重くなる上、レモスを裏切れば『改易処分』から復活できる見込みが完全になくなると考えたから、口を閉ざしているのだろう。
でも、実はそれも僕達の狙いの一つだ。
僕とアモンは外堀を埋めるように旧政権派の豪族達を厳しく取り締まり、あえてレモスとガリエルだけは監視をしながら泳がせていた。
その理由は、旧政権派に賊する豪族達の裏資金を全てレモスに集めるためだ。
豪族屋敷に訪れる際、僕達は訪問することを事前に伝えている。
当然、豪族側からすれば証拠隠滅の時間を確保できると考えていたはずだ。
そして、金色の夜明けに強奪されたという裏資金が手元にあれば、『主君の名に背き、私利私欲のために嘘を吐いた逆賊』となってしまう。
そうなることを防ぐため、彼等は僕達訪れるまでの猶予期間に自分達が『信用できる者』へ裏資金を預けたのだ。
しかし、豪族達にとって予想外だったのはアモンと僕が『改易処分』という厳罰を次々と下していったことだろう。
玉突きのように次から次に処分が成された結果、裏資金は豪族の間を渡り歩くことになり、雪だるま式に大きくなっていったのだ。
つい先日も豪族が処分されたことで、金色の夜明けに裏資金を強奪されたのは残すところ、サンタス家だけとなっていた。
事前の諜報活動と監視活動によって、豪族達が隠そうとした莫大な裏資金がサンタス家の『あの屋敷』に流れ着いたことは既に調べもついている。
でも、さすがにこの状況になればレモスも僕達の意図に気付いているはずだから、裏資金は何としても隠し通そうとするはずだ。
豪族達を改易して接収したことで得た資金はあるけど、『狐人族再建五カ年計画』の予算にはほど遠い。
そうした状況を知るレモスは、おそらくこう考えているはずだ。
『たとえ、捕まったとしても裏資金を隠し、所在を知る者が私だけであれば交渉の余地はまだあるはずだ』……とね。
だけど残念ながら、今回のアモン率いる監査団は陽動。
本命はこっちなんだよねぇ。
「リッド様。少しよろしいでしょうか」
「うん、どうしたの」
返事をして振り返ると、そこには特務機関に属する兎人族のラムルが立っていた。
彼の背後には馬人族のアリス、狸人族のダンも畏まっている。
「例の者達から得た情報の裏取りを進めましたが、どうやら間違いありません。明朝、裏資金を運び出すようです」
「そっか。じゃあ、次の動きで王手だね」
ラムルの報告に笑顔で答えると、僕は心の中でほくそ笑んだ。




