豪族達の抵抗策
狐人族の豪族達と行った会議から数日後。
僕は首都フォルネウでバルディア家の駐屯地となった屋敷の自室でとある報告書に目を通し終えると、「やっぱり、か」と深いため息を吐いた。
レモス達、旧政権時に私腹を肥やした豪族達から徴収予定だった違法資金。
その資金を『金色の夜明け』を名乗る輩達に強奪されるという事態が各地で発生。
レモスを始めとした豪族達から「以上の理由から資金を差し出せなくなった。誠に残念である」という内容の書類が次々に届いたのだ。
金色の夜明けとは僕も此処に来る前に出会っていて、首領はマーベラスと名乗る狐人族の男だった。
まぁ、彼は十中八九、レモスの息子であるガリエルだろう。
そして、彼が従えていたのは狐人族と人族が混じった集団であり、何やら見覚えのある顔もあった
首領のマーベラスは『狐人族の未来を憂う金色の夜明け』と言っていたが、私腹を肥やした豪族達の自作自演に協力するというのは、やっていることが真逆である。
いっそ、日暮れの闇夜というように団体名を変更したほうが良いのではないだろうか。
それにしても、まさか違法資金をこんな方法を使って隠されるとは思わなかった。
前政権で私腹を肥やしていたとはいえ、狐人族の領地を一部任されていた豪族。
飢えと貧困に苦しむ民を救い狐人族全体の未来を考えれば、渋々ながらも違法資金を提供するはず。
少なからず僕はそう考えていた。
「金額を少し誤魔化すぐらいなら、多少は大目に見てもいいかなと考えていたんだけどねぇ」
自己保身で利己的な豪族達には、どこまでも呆れるばかりだ。
これが彼等の答えなら、こちらも容赦する必要は無い。
少なからず、こちらは変わる機会を一度は与えたのだ。
報告書を机の上に投げ置いたその時、扉が丁寧に叩かれ「リッド様、アモン様が来賓室にお見えです」とディアナの声が聞こえた。
「わかった。直ぐ行くよ」
僕は机の上に置いた書類を片付けると、来賓室に急いだ。
◇
「リッド。申し訳ない」
僕が来賓室に入ると、席に着いていたアモンが立ち上がって護衛のカラバと一緒に深く頭を下げた。
「いやいや。アモンとカラバが謝ることじゃないよ」
「しかし、彼等が従わなかったのは僕の力不足に他ならない」
「私もお詫び致します。彼等の行動は同じ狐人族として恥ずかしいばかりでございます」
金色の夜明けと僕達が遭遇したことに加え、首領のマーベラスがガリエルである可能性が高いことはアモンにも伝えている。
それ故、彼等もすぐに豪族達の自作自演に気付いたのだろう。
僕は二人に顔を上げて貰うと、目を細めて微笑んだ。
「でも、まぁ、良い大義名分が手に入ったと考えたら良いんじゃないかな」
「た、大義名分……?」
アモンとカラバが顔を合わせて首を捻ると、僕は今後の方針を伝えていく。
反対派の豪族達が僕達の資金徴収に応じない可能性を考えていなかったわけじゃない。
とはいえ、自作自演までして資金を全て隠したというのはちょっと予想外だった。
資金徴収ができなければ、『狐人族再建五カ年計画』にも支障が生じてしまうだろう。
レモス達もそれを理解しているからこそ、資金を全て隠した。
つまり、完全な故意犯だ。
僕達が提示した計画を表向きは賛同し、裏で資金を隠すことで計画を頓挫させ、アモンを部族長から失脚。
もしくは立場を失墜させる腹づもりなのだろう。
しかし、天網恢々疎にしてもらさず。
こちらが仕掛けた網を掻い潜ったつもりだろうけど、一時的に逃げられたとしても必ず最後は捕まって裁きを受けるということを彼等に教えてあげよう。
「……ということで、狐人族の領地を全てしらみつぶしに検地をしよう。アリア達とバルディア騎士団の力さえあれば短期間で可能なはずだよ。勿論、最優先は襲われた豪族達の領地だけどね」
「なるほど。賊をあぶり出すためなら、レモス達も断ることはできない。情報が曖昧になっていた領地運営の状況も把握できる、ということか」
「うん。その通り」
僕はアモンの返事に頷いた。
部族長屋敷が焼け落ちて焼失した情報は、取引記録だけではない。
狐人族領内における様々な情報が焼けてしまったのだ。
ラファが複写して保管していた情報にも抜け落ちている点は多く、いずれ狐人族領内の検地は行う必要があった。
それを先延ばしにするべく、のらりくらりしていたのがレモス達だ。
でも、狐人族再建のために徴収する予定だった資金をかすめ取った賊の討伐となれば、彼等も断ることはできないはず。
「策士策に溺れるとはこういうことだね。彼等は裏資金を守ったつもりだろうけど、結果全てを失うことになるはずさ」
差し出した手を蹴るというのであれば、こちらも容赦する必要も無い。
むしろ、どこぞの侯爵や貴族達のように腹芸巧みに協力されたほうが厄介だ。
大義名分を得られた以上、徹底的に叩き潰せる。
私利私欲に走った結果、全てを失った時。
彼等は一体どんな表情を浮かべるのだろうか。
想像すると滑稽で実に面白い。
笑いが吹き出そうになるのを必死に堪えて喉を鳴らしていると、アモンとカラバが顔を引きつらせていることに気付いた。
「あれ。二人ともどうしたの」
「い、いや。随分と楽しそうだなと思ってね」
「まさか、リッド様がそのように笑うと存じ上げませんでした」
「え?」
首を傾げてディアナに視線を向けると、彼女は咳払いをした。
「傍目には中々の悪人顔でございました」
「あら。また、そんな顔になってた?」
最近、考え事をしていることが多いけど、自分でも気付かないうちに悪人顔になっているらしい。
これも将来の断罪に関係しているんじゃないかと、実は戦々恐々としているんだよなぁ。
慌てて頬に手を当てて解していると、ディアナが「ですが……」と切り出した。
「侮られるよりは恐れられた方が良いと申します。加えて申し上げますと、リッド様のお顔はとても可愛らしく整っております故、問題はないかと」
「それって、褒めてるの」
「はい、勿論でございます」
呆れ顔で聞き返すと、ディアナは満面の笑みで頷いた。
「あ、でも、それはわかる気がします」
アモンがそう言って破顔する。
「確かに、リッドは少し怖い顔をしているぐらいが丁度いいかもしれませんね」
「いやいや。いくら何でも、普段の顔より悪人顔が良いってことはないでしょ」
口を尖らせると、ディアナとアモンは吹きだして肩を震わせ始める。
二人の様子に深いため息を吐くと、僕は気を取り直してレモス達に対する動きについての打ち合わせを続けた。




