荒れる会議の閉幕
「えぇ、私はアモンを部族長として認めているもの。それに、バルディアの食べ物とお酒は美味しいのよ。アモンとリッドに任せれば近い将来、此処でも食べられるようになるんでしょう」
「はい、勿論。私、いえバルディアとアモンが協力すれば、いずれバルディアに次ぐ発展を狐人族は遂げることになるでしょうね」
ラファの問い掛けに答えると、豪族達から「おぉ」という驚嘆の声が漏れ聞こえる。
そして、僕はすかさず続けた。
「今回の税制改革によって短期的に見れば、この場にいる皆様の税収は減ります。しかし、長期的な視点で見れば税収は確実に今以上となる上、領民達の生活も相当に向上するはず。ここは一つ、未来への『投資』と考えてみてください」
部屋の中がざわめくなか、アモンがその場で勢いよく立ち上がった。
「民なくして、長は務まらない。リッドの言う通り、この計画は狐人族を発展させるために必要な未来への投資だ。従って、僕はこの計画を必ず実行する。どうか、皆の力も貸してほしい」
アモンが深く頭を下げるなか、「私はアモン様に賛同いたします」とバルバロッサが声を張った。
「狭間砦の戦いで、我々は狐人族の新しい未来を描くアモン様に付き従うと決めたのだ。ならば、どのような計画であれ実行すべきであろう」
彼がそう答えると、アモンの支持する豪族達が次々と立ち上がっていく。
「私も賛同します」
「私も」
次いで中立的な立場を取っていた豪族達も「わかりました。我等も賛同します」と立ち上がる。
部屋にいる豪族の半数以上はアモンに賛同する立場を示すが、反対を貫く豪族はレモスを始めとして顔を顰めていた。
「少しお待ちください。民からの税を取らないとした場合、狐人族が発展するまで我等の収入は無くなるということになります。その点はどうするおつもりか。まさか、我等に霞を喰えと申すおつもりか」
「いえいえ。その点も計画書に記載していましたよ」
「なんですと……⁉」
僕は計画書最後の頁を開き、内容を読み上げた。
「なお、狐人族発展までの部族長及び豪族維持の資金確保のため、部族長と各豪族の資金を全て徴収。その後、運営する領地の状況に応じて公平に再分配する、とね」
「ふ、ふざけるな。我等の資金を徴収するだと。そんな馬鹿な話があるか」
反対派の豪族達はレモスのあげた怒号に続き、次々と声を荒らげる。
でも、僕は表情を変えず、愚かだなぁと心の中でほくそ笑んでいた。
部屋の中を見渡せば、アモン派と中立派の豪族は冷ややかな視線を反対派に向けている。
何故このような状況になっているかというと、レモス達反対派の豪族は旧政権時に様々な甘い蜜を吸っていた輩なのだ。
そもそも、アモン派と中立派の豪族達は資産なんてほとんど持っていないから、徴収されたところで特に何もかわらない。
だけど、レモス達は違う。
反対派の彼等がここまで強気でいられる理由は、民から貪り取った税による蓄えがあること。
そして、もう一つが『これ』によって得た莫大な裏金だ。
僕は咳払いをすると、とある書類をディアナから受け取って高く掲げた。
「皆様、こちらの書類をご注目ください。これは私がとある筋から入手したバルストとの裏取引の記録です。残念ですが人身売買に始まり、部族長に納める物資の横流しなど様々なことをされた方々がいらっしゃるようですね」
「な、なにを急に……」
レモス達が途端に狼狽えて怯んでいる。
なお、僕が掲げた書類はバルストからやってきたクラレンスから貰ったものだ。
「この場で名前を公にする真似はいたしません。ですが、この記録が概ね正しいことは、ラファが保管していたグランドーク家の帳簿の写しによって裏が取れております」
「帳簿の写し、ですと⁉ ラファ殿、リッド殿の仰ったことは本当ですか」
「えぇ、本当よ。私は、兄上達から国内外の情報管理を任されていた立場ですもの。当然、部族長屋敷にあった取引情報の写しはほぼ全て取ってたわ。まぁ、流石に紙で残していない分まで控えていなかったけどねぇ」
ラファは楽しそうに口元を緩めるが、レモス達は愕然としている。
旧政権時、反対派の彼等は随分とあくどいことをして儲けていたのだ。
部族長屋敷が焼け落ちたことで、豪族達の納税や取引記録関係は表向き全て焼失したと発表されている。
故に彼等は自分達の悪行がばれることもなければ、追求されることもないと高をくくっていたのだろう。
「私とアモンは、彼女が残してくれていた帳簿の写しとこの取引記録を照らし合わせました。すると、どうでしょう。相当な違法資金が一部の方々の懐に眠っているようです。その資金で、人身売買をされた狐人族の回収予算を確保。そして、残った分を再分配の資金とします。どうです、良い案でしょう」
微笑み掛けると、反対派の豪族達は真っ青になって力無く椅子に次々に腰を落としていった。
狐人族領地でアモンと合流した僕は、早々にこの書類のことを説明。
次いで、ラファに豪族との取引記録の写しがないかを尋ねた。
案の定、彼女は写しを持っていたから、計算の強いカペラと騎士団の人員と一緒にひたすら調べ上げたのだ。
その時大活躍したのは、レナルーテで広く普及していた現状でも使える計算機こと『そろばん』である。
レナルーテに初めて出向いた時、そろばんが売っているのを見つけて即購入。
エレンやアレックスに現物を元に大量生産してもらった。
利用方法もバルディア家とクリスティ商会に共有し、クリス達からも大好評だ。
第二騎士団は訓練だけでなく、現地で様々な計算が必要になることが想定されることから分隊長、副隊長の子達には『そろばん』の所持を義務付けていた。
そのおかげもあって、帳簿の確認がこれだけ早く終わったというわけだ。
今回、違法資金を回収して再分配をできれば豪族達の経済力を均一化させることができる。
そうすれば、旧政権下で資金力と影響力を得た豪族達の力を削ぎつつ、アモン派や中立派の力を強められるというわけだ。
ふとレモスに目を向ければ、こちらの意図を察したらしい。
彼はわなわなと怒りに震え、顔を赤くしていた。
「得た資料は僕も目を通している。だが、皆の中には旧政権時において、自らの領地を守るために止むなく行った者もいるだろう。故に、今回の資金回収と再分配に素直に応じれば今回のみ特別に『罪』は問わないつもりだ」
アモンがそう告げると、意気消沈していた豪族達の目に微かな光が宿る。
レモスは相変わらず顔を顰めていたけど、ガリエルが何か耳打ちして彼は何やらハッとした。
「畏まりました、アモン様の寛大な処置に感謝いたします。正直に申しますと、我がガリエル家も旧政権の軍拡時にやむなくバルストと取引したことがございます故、出来る限り協力させていただきましょう」
レモスがこちらに体を向けて頭を下げると、他の反対派に属する豪族達も次々とこちらに協力を申し出てきた。
流れとしては良いけど、レモス達は一体何を考えているのやら。
その後、『狐人族再建五カ年計画』の実行が正式に決定し、意外にも会議は無事に終わる。
でも、僕はレモス達が何か良からぬことを起こすだろうと、警戒を解くことはなかった。




