荒れる会議、リッドの答え2
「ぶ、無礼な。そこまで言うのであれば、獣化が扱えることを証明してもらおうではありませんか」
僕はガリエルの指摘に「ふむ……」と口元に手を当てた。
もともと第二騎士団の皆をこの場に連れてきたのは、僕が彼等を重用していることを伝えるためだ。
加えて、彼等の力を知ってもらう良い機会になるかもしれないな。
「うん、わかりました。折角ですから、此処に居る第二騎士団の皆に獣化を披露してもらいましょう」
「な……⁉」
この場にいる豪族達が揃って唖然とするなか、第二騎士団の子達が一歩前に出た。
最近知った話だけど、獣人族で僕ぐらいの子供が獣化を扱えるのはズベーラ国内では結構珍しいそうだ。
獣化を教える人が身近にいないことに加え、生活環境の悪さと栄養のある食事が取れないことが主な原因だろう。
「皆、獣化は披露するけど魔力は極力抑えてね。部屋を吹き飛ばすわけにはいかないからさ」
「畏まりました」
第二騎士団の子達から返事が聞こえて間もなく、部屋に軽い魔波が吹き荒れて第二騎士団の面々が獣化姿を披露した。
同時に豪族達から「おぉ⁉」と感嘆の声が漏れ聞こえてくる。
獣人族全部族の獣化姿が出揃うというのは、ズベーラでもあまり見ることはなさそうだ。
皆が揃って獣化した姿はいつみても迫力がある。
少しの間を置いて僕が手で合図をすると皆は静かに獣化を解いた。
「さて、ガリエル殿。それに、豪族の皆様。これで、『灯り』はご理解いただけたでしょうか」
「ぬぅ……⁉」
ガリエルは悔しそうに顔を顰め、声を荒らげていた豪族達も意気消沈してしまった。
「リッド殿、火の灯りは概ね理解できました。ですが、煙からは何が分かると仰るおつもりか。夜に煙は見えませぬ故、まさかこちらも経済活動云々が関係しているわけではありますまい」
レモスは流れが悪いと考えたのか、場の雰囲気を変えようと慌てて話頭を転じてきた。
『夜の灯り』を空から調べるとどうなるのか。
知恵がある者なら、少し考えればわかることだ。
前世の社会では、宇宙にある人工衛星を使って様々な国の夜を実際に調べている研究機関もあったような気がする。
公表する数字をどんなに誤魔化そうと、人々の営みがある以上、夜に使う電気の明かりは消えることはない。
此程、客観的に他国を確認できる情報はないだろう。
それさえ調べれば、その国のどこがどれだけ発展しているかどうかはすぐにわかる。
今回の場合は、僕とアモンで数日掛けてあちこちを直接見て回った訳だ。
人工衛星なんて存在しないからね。
とはいえ、目印のない夜空の旅は地上の騎士団とも連携しないと位置確認が大変だった。
まぁ、それだけ狐人族領内が真っ暗で驚いたわけだ。
レモスが『煙』について尋ねてきたのは、『灯り』以外でこちらが他にどういった情報を知り得たのか探りたいという思惑からだろう。
「えぇ、そうですね。煙で得られる情報は灯りとは少し違います」
「でしょうな。して、どんな情報を得られたでしょう」
「前政権の政策による領民達の貧困と食糧難です」
僕はそう答えると、この場にいる豪族達を凄みながら説明していく。
アリア達の力を借りて、アモンと共に早朝の領内を空から回ってみたけど、どの村や町からも調理による煙がほとんどない。
場所によっては一切見当たらない。
当初は文化の違いもあるのかなと考えた。
でも、現地に降りたってみてその考えがすぐに間違いであったことを僕は知る。
訪れた全ての村や街には料理するための食材も無ければ、火を熾すための燃料も無かったのだ。
領民達が畑で作った農作物は税として豪族に全て取られ、代わりに渡されるのは日々を生きていくのに必要最低限の食料のみ。
村人に目を向ければ誰の目にも生気を感じられず、体格も小柄な者がほとんどだった。
村の子供達も痩せ細り、ほおはこけている。
挙げ句、お腹が減っても食べるものがないからと雑草、木の根、木の皮を必死にお菓子と称して噛んでいた。
あまりに陰惨な光景に絶句した僕は、早急に現状を改善すると決めたのだ。
そして、アモン達と行った事前の打ち合わせで、領民からの税を『五年間全額免除』にする案をまとめ、狐人族再建五カ年計画に組み込んだ。
「……以上の状況から各地の村と街には朝昼夕晩と煙が全く立っていない。しかし、首都フォルネウや豪族の皆さんが住むお屋敷では、申し上げた時間帯。いつも煙が立っています。先に申し上げた『灯り』と今し方説明した『煙』。この二つを見れば、狐人族における富の分配が明らかに偏っていることは、まさに『火を見るより明らか』でしょう」
レモスとガリエルは眉を顰め、豪族達は決まりの悪い顔を浮かべた。
僕は深呼吸をするとあえて目を細めた。
「それにしても、です。民があれだけ苦しんでいる上、現状における狐人族の財務状況を考えれば、豪族の皆さんの一体どこからお金が出ているのでしょうか。実に気になるところです」
「し、しかし、それでも全額免除というのは無茶です。せめて……」
「いい加減、理解しろよ」
レモスが食い下がろうとしたその時、僕は眉間に力を入れて魔力を解放しながら一瞥した。
「バルディアは、わざわざ相談しにきたわけじゃない。狐人族再建のため、必要な改革を行うためにやってきた。この計画は部族長であるアモンも承認している。つまり、貴方達はただ従ってくれればいい。それが嫌なら、バルディアと一戦交える覚悟を持つことだ」
「な……⁉」
アモン達と行った事前の打ち合わせで伝えた『僕が悪役になる』とは、まさに現状のことだ。
アモンと豪族達の関係性は、まだそこまで深くない。
そうした状況下でアモンが強い発言を行えば、どうしても角が立ってしまう。
外部からやってきたバルディア家の僕ならいくら嫌われようが構わないし、立場もあるから豪族達も下手な手出しはできない。
豪族達が唖然としているけど、僕は意に介さず続けた。
「そもそも、この場に集まって貰ったのは貴殿達に意見を求めるためじゃない。アモンとバルディアで決めた今後の方針を伝えるためだ。そうだろう、アモン」
「あぁ、その通りだ。旧政権の象徴であった部族長屋敷が焼け落ち、様々な資料が焼失したこともある。この機にグランドーク家は全てを根本的に見直す。それ以外、狐人族の再建はあり得ない」
「お、お待ちください。ラファ殿、ラファ殿も今回の計画に賛同しておられるのですか」
レモスが必死の形相を浮かべたことで、彼女はこの場の注目を浴びていく。




