荒れる会議、リッドの答え
僕は机の上に置かれていたメモ紙を一枚手に取ると、火の魔法を発動して燃やした。
何事かと、豪族達がこちらを注視する。
「一つ目の答えは見ての通り『灯り』です。そして……」
そう言って間もなく、紙が燃え尽きて白い煙が立った。
「二つ目の答えは、この『煙』です」
僕の告げた答えに、この場にいる豪族達は目を点にする。
「ふ、ふざけたことを申すな。それの何処が客観的な情報だというんだ」
「父上の言うとおりだ。リッド殿、答えなき問いかけでけむに巻くおつもりか。そのような真似、我等に怒りの火を灯すだけですぞ」
レモスが鬼の形相で机を激しく叩くと、ガリエルがその場に立って怒号を上げる。
「おぉ。私の答えを使って言い返すなんて、上手いこと言いますね」
咄嗟にあんな返し言葉を思いつくなんて、ガリエルは意外と頭の回転が速いのかもしれない。
素直に感嘆したんだけど、レモスは顔を真っ赤にして額に青筋が走らせる。
「馬鹿にするのもいい加減にしろ。アモン様、我等はこのような答えに到底納得はできません。よって、この計画は……」
「まだ、私の説明は終わっていませんよ」
遮るように微笑むと、レモスを始めとした反対する豪族達全員から凄まれる。
僕は意に介さず、咳払いをした。
「まず灯りについてですが、皆様は夜に山などの高い場所。もしくは住んでいるお屋敷の高い位置から領内の街や村がある方向を眺めたことはありますか」
「そんなこと何度もあるわ。しかし、夜故に村や町など見ることなどできん。皆、そうであろう」
「そうだ、レモス殿の言うとおりだ」
「夜に。それも遠くの村や町が見えるわけなかろう」
レモスが賛同を求めると、反対派の豪族達は頷きながらこぞって声を上げた。
レモスは場の空気を掴んだと考えたらしく、アモンの横に座る豪族にも視線を向ける。
「バルバロッサ殿。貴殿もこれについて同様であり、擁護はできないでしょうな」
「ふむ。確かに屋敷から外を見ても、村や町を見ることはできません。見渡す限り、夜の闇だけです」
彼の答えにレモスが勝ち誇ったように口元を緩める。
でも、バルバロッサは「しかし……」と続けた。
「軍拡前には村や町が夜まで賑やかだった故、その灯りは遠くからもある程度見えましたがな」
「な……⁉」
「そう、バルバロッサ殿がいま仰ったことが答えです」
レモスが目を丸くするなか、僕は身を乗り出してバルディアの現状や帝都の夜についてを語った。
バルディアに点在する村と町では、夜通し火を焚いている。
その灯りは、新屋敷や旧屋敷の高い位置にある部屋の窓から確認できるほどだ。
これには、バルディア家が製炭技術の確立と樹属性魔法による原料確保の仕組みができたことも大きい。
犯罪を未然に防ぐ目的で騎士団が夜通し焚くための木炭を管理し、村と街の規模に応じて照明専用に定期配布している。
なお、専用の木炭は通常と違い、大きい木炭で燃焼時間を延ばす工夫もされているものだ。
バルディア産の木炭は帝都でも販売中で、特に照明用の木炭は帝城御用達。
城下町でも大人気商品となっている。
帝都での評判を聞きつけ、帝国内にバルディア産木炭は引く手数多。
特に照明専用の大きい木炭を持続的に販売できるのはバルディアぐらいだから、木炭市場における『照明用』という部分の市場はほぼ独占していると言っても過言ではない。
当然、それだけ照明用の木炭が人気ということは、帝国内の夜は『火灯り』で明るくなっているというわけだ。
ちなみに、火の明かりがなければ、夜は月明かりのみとなるからかなり薄暗くなる。
雨の日や夜空に雲がある夜は、本当に真っ暗になって視界はほとんど得られない。
前世で近い雰囲気を上げるなら、夜の海上が一番近いだろう。
「……以上の理由から、発展による経済活動が活発になればなるほど夜の明かり強くなります。そして、その明かりを調べれば、自ずと発展の度合いを客観的に知れるということです。仮に、国が対外的に発信する情報を誤魔化したとしても、領内の経済活動までは誤魔化しようがありませんからね」
僕はそう告げると、反対の声を荒らげていた豪族達を凄んだ。
「当然、私は既に各地にある村や街の明かりの度合いを調べております。その結果、実に興味深いことがわかりましたよ」
「な、何がわかったというでしょう」
ようやく話の意図が理解出来たらしく、レモスと豪族達は決まりの悪い顔を浮かべている。
でも、僕はあえて破顔した
「こちらの領内にある全ての街や村に明かりはなく、ほぼ真っ暗でした。しかし、ここ首都フォルネウ。そして、各地を収めるあなた方豪族が住むお屋敷。そうした所だけは、一部を除いて夜から朝まで爛々と明かりが灯っておりました」
「待たれよ、リッド殿。恐れながら腑に落ちぬ点がございます」
慌てたように声を上げたのはガリエルだ。
「はい、なんでしょう」
「貴殿は高い位置から見た仰せになったが、狐人族領内にある見晴らしの良い高台や山のある場所は限られるはず。首都フォルネウは滞在していたという点から理解できますが、領内全てというのは言い過ぎでしょう」
「いいえ。言い過ぎではありません。加えて言うなら、アモンと一緒に回っていますよ」
「な、なんですと⁉ アモン様、今の話は本当でしょうか」
「あぁ、本当だ」
アモンが頷くと豪族達からどよめきが起きた。
まぁ、自分達の懐事情を部族長に知られたと言っても良い状況だから当然の反応かもしれない。
やましいことがあったり、こちらに提出する帳簿を誤魔化している豪族達の内心は戦々恐々だろう。
しかし、ガリエルは訝しむようにこちらを見つめてきた。
「ならば、その手段をご教授願いたい」
「良いですよ」
即答して背後に控えていた第二騎士団に視線を向けると、一人の女の子がドヤ顔で僕の横にやってきた。
「第二騎士団航空隊第一飛行小隊所属、小隊長のアリアです」
彼女はそう言うと、ビシッと姿勢を正して敬礼した。
でも、ガリエルは意図がわからなかったらしく眉間に皺を寄せる。
「リッド殿。その鳥人族がどうしたというのです」
「簡単な話ですよ。アリアを含めた飛行小隊の子達にお願いして、私とアモンは領内を空から見て回ったんです」
「嘘を申しますな。大人の鳥人族ならいざ知らず。そのような子供が人を抱えて飛べる力などありますまい」
ガリエルが声を荒らげて机を叩くと、アリアは頬を膨らませてむっとした。
「私を含めて飛行小隊の隊員は確かに子供だけど、もう獣化は使いこなせるもん。二人一組になれば、お兄……じゃなかった。リッド様とアモン様ぐらいは運べますよ~だ」
小馬鹿にするように答えると、彼女はプイッとそっぽを向いた。




