荒れ始める会議
「皆、待たせたね」
会議室に入室したアモンが声を掛けると、室内の席に腰掛けていた狐人族の豪族達が立ち上がって会釈した。
その中で僕、ディアナ、カペラ、ダイナス、第二騎士団の分隊長の子達が続いて入室する。
アモンが手で合図すると、豪族達は再び席に腰を下ろした。
部屋には会議用の長机が置かれ、豪族達が取り囲むように席に着いている。
ぱっと見る限りだと、豪族達は年齢が上の人が多いみたい。
そうした面々の中には、屋敷の外でやり取りしたガリエルの姿もある。
アモンは会議室の中に空席を見つけ、首を捻った。
「ガリエル殿。貴殿の父、レモス殿の姿が見えないようだけど」
「申し訳ありません。父は私とは別の馬車で来ておりまして、おそらく間もなく到着するかと存じます」
「そうか。わかった」
アモンは頷くと、部族長の席である一番奥の上座に腰掛けた。
彼が座った隣の席にはラファが腰掛けて手招きしている。
彼女の隣の席は空いていたけど、僕は席を払って近くにあるもう一つの空席に目をやった。
「アモン。ここ、良いかな」
「あぁ、僕は構わないよ。リッドには僕か姉上の隣に座ってもらうつもりだったからね」
僕が彼の隣の席に座ると、ラファはわざとらしく肩を竦めた。
「あら、そっちに座るの。残念ねぇ」
「会議ではアモンと確認することが多いのですから」
僕がそう言って微笑み返すと、アモンが息を大きく吸い込んでこの場を見回した。
「では、この場にまだ居ない方もいますが……」
「いやぁ。遅れて申し訳ない」
彼が会議を始めようとしたその時、部屋の扉が開かれた。
そして、黄色い髪と細く鋭い目つきをした青い瞳とくっきりした目鼻をしたアクの強い狐人族の男性が入室する。
「……レモス殿。本日の会議には遅れることがないよう時間厳守。そう、お伝えしていたはずですが」
僕とアモンの近くに座るバルバロッサが睨みを利かせるが、レモスは動じずガリエルの隣に腰を下ろした。
「はは、申し訳ありません。道中、馬車が故障したのです。アモン殿、どうかご容赦ください」
「え、えぇ。それはしょうがありませんね」
レモスに話を振られてアモンは頷くけど、この状況はあまり好ましくない。
まるで、この場の主導権がレモスにあるような印象を豪族達に与えてしまっている。
多分、狙ってのことだろう。
ラファを見れば、我関せずと椅子の背もたれに背中を深く預けたままだ。
僕は椅子の肘掛けを使って頬杖を突くと、さて、どうしたものかと考えを巡らせる。
ここで前に出ても良いけど、アモンの立場を考えればもう少し様子見をするべきか。
横目でちらりとカペラとダイナスを見れば、小さく頷いた。
ここはまだでない方が良いということだろう。
ディアナはにこにこ笑顔だけど、あれは怒っているとみて間違いない。
まぁ、会議は始まったばかりだし、この後のことを考えれば、否応無しにぶつかることになる。
まだ、しばらくは様子見でいいか。
そう思っていた時、ふいにレモスと目があった。
彼は顎をさすりながら意味深に「ふむ」と相槌を打つ。
「では、アモン様。恐れながら、そちらの御仁について我等にご紹介いただけますかな」
「そうですね。リッド、良いかな」
「勿論だよ」
僕は返事をしてその場に立ち上がると、狐人族の豪族達を見回した。
「すでに私の事をご存じである方もおられると存じますが、改めて自己紹介をさせていただきます。マグノリア帝国属するバルディア領を任せられている辺境伯ライナー・バルディアの息子、リッド・バルディアです。急遽、この場に来られなくなった父の代理としてやって参りました。どうぞ、よろしくお願いします」
口上を述べると豪族達から「おぉ」という声が漏れ聞こえ、小さな拍手が鳴り始める。
そうした中、「ほほう」とレモスはわざとらしく頷いた。
「貴殿があのエルバを倒した『型破りな風雲児』と名高いリッド・バルディア殿でしたか。噂には聞いておりましたが、まさか、本当にアモン様と変わらない年齢とは驚きですな。是非、エルバを倒したというそのお力。いずれ披露してもらいたいものです」
「そうですね。万が一のことがあれば否応無しにお見せすることになるでしょう。まぁ、そうした機会が無いことに越したことはありませんけどね」
僕は目を細めて微笑むと、魔力を少し解放した。
部屋の壁という壁がきしみ、机は小さく震え、目前にいる豪族達には『魔圧』と形容するような魔力が体を締め付けるようにのしかかっていく。
「ぬ、ぬぅ」
「こ、これは……」
レモスやガリエルを始め、豪族達が眉間に皺を寄せると僕は魔力の解放を止めた。
「口だけではわかりずらいと思いましたので、一応少しだけ披露させていただきました。どうか、ご容赦ください」
レモス主導の雰囲気が、これで少しは和らいだかな。
わざとらしく畏まって会釈すると、ざわめく豪族達の耳目を集めるべくアモンが咳払いをした。
「じゃあ、そろそろ会議を始めよう」
「うん。じゃあ、まず僕達が考えた『狐人族再建五カ年計画』をこの場にいる皆さんに発表させてもらいます」
目配せすると、ディアナとカペラが頷いてこの場に豪族達に資料を配っていく。
「狐人族再建五カ年計画、ですか。アモン様、そのような話は今までに聞いておりませんが」
「申し訳ない、レモス殿。今回の再建計画は今までの狐人族と決別するものになる。従って、僕が以前から考えていた内容をバルディアに相談して形にしたものだ」
レモスが不満げに尋ねると、アモンは譲らない姿勢を伝えるべく毅然と答えた。
「しかし……」
「そう目くじらを立てずとも良いではありませんか、レモス殿。帝国で『発展著しいバルディアの知恵を借り』、アモン様とリッド殿が作りあげたという計画書です。どのような内容にしろ、頭ごなしに否定はせず。我等は耳目を傾けるべきでしょう」
バルバロッサが宥めるように言った言葉に、豪族達は「そうだな」と頷いている。
レモスは鼻を鳴らし「まぁ、良いでしょう」と口を尖らせ、カペラから資料を面倒臭そうに受け取った。
見る限り、大体の豪族はレモス同様、首を傾げながら訝しむように書類を受け取っている。
アモンやバルバロッサの話を聞く限り、こうした資料を用いた会議を行うのは初めてらしい。
やがて、カペラとディアナが配り終えたことを頭を下げて教えてくれた。
「うん。全員、行き届いたみたいだね。じゃあ、質問は後で受け付けるから、まずは大まかな概要から説明します。アモン、僕の口から伝えて問題ないかな」
「あぁ、お願いするよ」
実はこれ、最初から打ち合わせ通りの流れなんだよね。
僕は了承を得ると、資料に沿って説明を始めた。
◇
「さて、何か不明点はありますか」
資料に沿って『狐人族再建五カ年計画』の説明を終えると、僕は豪族達に微笑み掛けた。
「こんな計画は絶対に認めん。認めてなるものか」
レモスは怒号を室内に轟かせ、机の上に置かれていた資料を拳で叩きつける。
でも、僕は平然と尋ねた。
「レモス殿。どうして認められないのですか」
「ふざけるな。民から徴収する税を『五年間全額免除』など、どのような理由があろうと認められるわけないだろうが」
うん、予想通りの反応だ。
声を荒らげたのはレモスだけど、彼に同意する豪族達もこちらを凄んでいる。
僕は少しの間を置き、ゆっくりと深呼吸をして彼等を凄み返した。
「ふざけるな、だと。それはこっちの言葉だ。逆に尋ねよう。こちらが資料まで使い丁寧に説明したというのに、現状を何も理解できていないのか。だとしたら、随分と無能だ」
「な、なんだと……⁉」
今までとがらりと変わった僕の印象に、豪族達は目を丸くする。
でも、ラファだけは楽しげだった。




