会議前の一波乱? 2
「いやはや。ラファ殿は本当に猫のように気まぐれなお方だ。しかし、貴女はどちらかと言えば孤高。そう狼のような雰囲気を感じます」
真っ白に固まっていたディアナは我に返ると同時に悪寒が走ったらしく、身震いしながらガリエルの手を振り払った。
「ふざけないでください。誰が貴殿の妻になるものですか。そもそも、私は既婚者です」
彼女はそう言って右手の薬指に付けた指輪を見せつける。ルーベンスがエレンとアレックスにお願いして作った逸品だ。
でも、それを見ても彼は笑顔のままだ。
「そうでしたか。では、その夫に別れてもらうよう私から説明しましょう」
「は……?」
思考が追いつかず呆気に取られていると、ガリエルはディアナが薬指に付けている指輪に手を伸ばす。
ディアナはその手に怖気を感じたらしい、戦いた表情を浮かべて咄嗟に後ずさった。
「な、何をなさるおつもりですか」
「いや、何って。はは。私の二番目の妻になるのだから、その指輪はもう不要でしょう」
彼は悪びれる様子もなく肩を竦め、さも当然のように言ってのけた。
ここまで話が通じない相手は初めてだ。
恐怖すら感じるけど、流石にこれ以上が相手にしていられない。
僕が切り出そうとしたその時、アモンが前に出た。
「ガリエル殿。ディアナ殿はバルディア家に仕え、リッドの護衛かつ側近です。そのような方への無礼な発言。これ以上は見逃せませんよ」
「アモン様。これは異な事を仰る。私の言動のどこに無礼があったのかな。私はただ、愛を語っていただけです。ですが、まぁ、他の方の時間を取りかねない。ディアナ殿、残念ですがまた会いましょう」
「……いえ、二度と会いたくはありません」
「はは、良いですな。嫌い嫌いも好きなうちと申します。つまり、貴女はすでに私の魅力に知らず知らず内に惹かれているということでしょう」
ディアナはきっぱり拒絶したはずだが、ガリエルは白い歯を見せて爽やかに笑ってみせる。
変わらないというか、ぶれない彼の言動を目の当たりにし、彼女は悪寒を感じたらしく身震いした。
前向き思考というか、彼は全ての物事を都合の良く解釈するある種の天才なのかもしれない。
いや、この場合は馬鹿というべきだろうか。
「さて、リッド殿」
ガリエルは話頭を転じ、ディアナから僕に視線を変える。
彼の表情はどこか挑発的だ。
「一つ、貴殿に失礼を承知うかがいたいことがあります」
「はい、なんでしょうか」
「貴殿がエルバ・グランドークを倒したという噂は有名ですが、私はこの目で見ておりません。噂は真実なのでしょうか」
「ガリエル、これ以上の無礼は許さないと言ったはずだぞ」
アモンが声を低くして凄むが、彼は肩を竦めた。
「ですから、最初にお伝えしたはずです。失礼を承知でうかがいたい、と。そして、リッド殿はそれを了承したのです。この場合、無礼にはあたらないでしょう」
「それはただの屁理屈だろう」
「いいえ。普通の理屈です」
二人が睨み合う中、僕は咳払いをしてこの場の耳目を集めた。
「アモン、僕は気にしてないから大丈夫だよ。それと、ガリエル殿。貴方の質問にも答えようじゃないか。僕がエルバを倒したというのは事実だけど、真実じゃない」
「ほう。それはどういうことですかな」
ガリエルがしたり顔で聞き返してきたので、僕は目を細めて微笑んだ。
「エルバを僕が倒したというのは最終的な結果であって、そこに至るまでにはバルディアに所属する皆の協力があった。当然、奴を倒すまでの過程で犠牲となった騎士達もいる。だから、僕がエルバを倒したのは事実だけど、真実は僕一人だけの力じゃない。バルディアに仕えてくれた皆の力さ」
僕は周りにいる皆を見渡した。
世間的に狭間砦の戦いは、父上と僕の活躍が大袈裟に語られている。
でも、実際はバルディアに仕え、信じ、守ろうと奮起してくれた沢山の人達の力が集まった結果だ。
それを全て自分の力だったと驕り、過信すればいずれ道を踏み間違えるだろうと、少なからず僕はそう考えている。
「なるほど、なるほど。良くわかりました」
ガリエルは合点がいったのか、満足顔で何度も頷いた。
「リッド殿、ご教授いただきありがとうございました。では、私はこれで失礼いたします故、また会議の時に会いましょう」
「はい。また後で」
僕の返事を聞くと、彼は踵を返して屋敷に向かって歩き始める。
ようやく終わったかと思ったその時、ガリエルがふいに足を止めてこちらに振り返った。
「あぁ、言い忘れておりました。私は、いずれエルバを超える戦士になれると自負しております故、いつかリッド殿ともお手合わせ願いたいものですな」
彼はそう言うと、再び歩き始めた。
いずれって、いつだよ。
心の中で突っ込みつつも、はてなと首を傾げた。
『エルバを超える戦士になれる』
これと似た言葉を最近、どこかで聞いたな。
どこだっけと、考えを巡らせてハッとする。
「あ、『金色の夜明け』を率いるマーベラスと名乗った奴が、ガリエルと似たこと言ってたっけ」
「おそらく、非常に高い可能性で彼かと思われます」
カペラが僕の小声に反応すると、ディアナがげんなりした顔を浮かべた。
「リッド様、馬鹿というのは死なねば直りません。やはり、あの時の魔法で飲み込んでおくべきだったかと存じます」
「はは……。でも、仮にそうだとしたら、やっぱりあの時に生かしておいて良かったよ。色々と問題になっただろうし、彼みたいな人がいれば相手側も大変だろうからね」
ガリエルみたいな性格の人と、もし一緒に重要な仕事をしなければならない状況になったらさすがの僕も絶望するかもしれない。
でも、相手側にいるなら、何かしら利用できる可能性は高いといえる。
「リッド様は、あの男に間近に迫られていないからそう言えるのです。手を握られた時の事を思い出すだけで、私は鳥肌が立ちま……うぇ」
ディアナは相当に気分が悪くなったらしく、その場で嘔吐いた。
「だ、大丈夫」
「は、はい。あの殿方は、生理的に駄目なようです。思い出すだけで、吐き気がします」
「そ、そっか。無理させてごめんね。じゃあ、彼とディアナは出来る限り顔を合わせないように配慮するよ」
人には絶対合う合わないがある。
極限まで相手のことが嫌になると、会うことを想像するだけで気分は本当に悪くなるものだ。
彼女のように、吐き気に襲われることもそこまで珍しいことじゃない。
思い悩みすぎた結果、心を病んでしまった人が沢山いたことを僕は前世の記憶で知っている。
バルディア家に仕えてくれている皆には、絶対そんなことになってほしくない。
加えて言うなら領地に住む人々が心身共に健康でいられるよう考え、工夫していくことも領地運営にとってはとても重要なことだと、父上からも教わっている。
「申し訳ありません。お気遣いいただきありがとうございます」
珍しく弱気なディアナを励ましつつ、僕達はアモンの案内で屋敷内にある会議室に移動するのであった。




