会議前の一波乱?
「嘘だぁああああああ⁉」
続けて聞こえてきた叫びに何事かと、ラファの胸から必死に顔を出した。
見やれば、扉が開いたままの玄関に狐人族の大柄な男が両手で頭を抱えているではないか。
「だ、誰、あの人」
「ほら、恋文の男よ」
ラファが僕の耳元でそっと囁いた。
あぁ、なるほど。彼が、ガリエル・サンタスか。
彼は少し浅黒い肌に黄色い短髪ともみ上げに、太く濃ゆい眉毛と鋭く大きな目で青い瞳をしていた。
目鼻くっきり、アクの強い個性的な顔立ちなのが少し遠目のここからでもはっきりわかる。
一度会ったら忘れない感じの人だ。
「ラファ殿。本当に、本当に彼がそうだと仰るのか」
ガリエルは大声を発し、大股で大きな足音を立ててこちらにやってきた。
騒がしい人だなぁ。
「えぇ。勿論よ」
「な、なんですと⁉」
ラファが頷くと、彼はこちらに敵意丸出しの視線を向けてくる。
いや、せめて敵意ぐらいは隠そうよ。
呆気に取られつつ、僕は首を傾げた。
「あの、話が見えないんだけど……」
「ごめんなさいねぇ。彼、ガリエル・サンタスっていう方なんだけど、以前からずっと結婚を迫られていたのよ」
彼女は極自然と素知らぬふりをしてみせ、ため息を吐いてやれやれと首を横に振った。
「は、はぁ。それと、僕を抱きしめているこの状況と何の関係があるんだい」
「ずっと断っても迫ってくるから、私は止むなく心に決めた片思いの相手がいると伝えたの」
話の全容が見えてきたけど、とても嫌な予感がした。
「それで、君の片思いの相手って誰なんだい」
「勿論、リッドよ」
ラファは目を細めて微笑むと、わざとらしく僕をさらに力強く胸の中に抱きしめる。
彼女の言動に、辺りにいる狐人族がざわついた。
目前に立つガリエルに至っては、僕がラファの胸に埋まる様子に目を見開いてガン見し、鼻の下を伸ばしている。
「ぬぅ。な、なんとうらやま……。あ、いやいや、違う違う」
彼はハッとして頭を振ると、ラファを見据えた。
「恐れながら、ラファ殿ともあろうお方が何故、そのような小さき者に片思いされるのか。理解に苦しみますな」
「あら、リッドはただの小さき者ではないわよ。彼は私の兄であるエルバ・グランドークを倒した子なのよ。弱肉強食の世界で生きる獣人族の女として、強い子に惹かれるのは当然のことでしょう」
「む。そうか、貴殿がかの有名な『型破りな風雲児リッド・バルディア』殿でしたか。これは失礼した。ラファ殿の胸に埋まっていて気付きませんでしたな」
いや、絶対気付いていただろう。
僕は心の中で突っ込んでいると、彼はわざとらしく咳払いをして畏まった。
「ご挨拶が遅れて申し訳ない。私は狐人族の豪族サンタス家の嫡男ガリエル・サンタスと申します。以後、お見知りおきください」
「あ、はい。こちらこそ、よろしくお願いします」
ようやくラファから解放された僕は、その場で軽く威儀を正して彼が差し出した手を握って握手を交わす。
「しかし、何ですな。リッド殿は幼いながらに婚姻しているせいか、随分とませておられる。ラファ殿の魅力に目を奪われ、あまつさえ公衆の面前で鼻の下を伸ばすとは。いやはや、さぞ奥様は大変でしょうなぁ」
ガリエルはそう言うと、せせら笑うように口角を上げた
いやいや、いやいやいや。
ラファをガン見して鼻の下を伸ばしていたのはお前だろう。
頭の中では、何か綱がみしみしときしむような音が聞こえてくる。
でも、僕はあえて目を細めて微笑んだ。
「僕は妻一筋ですから、ラファ殿の気持ちは光栄に存じますが心配ご無用です。しかし、ガリエル殿は面の皮が実に厚いみたいですね。意中の相手がいると仰せのご令嬢に、公衆の面前で横恋慕の姿を惜しみなく披露されるとは」
そう言うと、僕はわざとらしく辺りを見渡した。
「な、何ですと……」
指摘にハッとした彼は、慌てて周りに目を向ける。
すると、この場にいる沢山の狐人族達から生暖かい眼差しを向けられていることに気付き、ガリエルは「な……⁉」と顔を赤くした。
彼が大声を発して僕達に駆け寄って来た時、会議の為にこの場に集まった豪族達や護衛の戦士達が何事かとこちらを注視していたのだ。
彼は頭に血が上り、僕とラファのやり取りに目を奪われていたから、そのことに気付いていなかった。
そして、この茶番劇に僕が付き合った理由もちゃんとある。
ガリエルが目立ってはいるけど、狐人族の実権を握るためラファと結婚もしくは近づこうとする者は他にも沢山いるはずだ。
今回の出来事は、そうした輩を牽制することにも繋がるだろう。
とはいえ、バルディアにいるファラの笑顔が脳裏に浮かんで、とても心苦しい。
ごめんね、と心の中で呟くと僕は咳払いをした。
「まぁ、昔から『人の恋路を邪魔する者は馬に蹴られる』と申します故、意中の相手がいるご令嬢への横恋慕は程ほどにするが賢明かと存じます」
「ぐ、ぬぅうう」
ガリエルが顔を赤くしたまま、体をわなわなと震わせる。
国が違うとはいえ、一応僕は彼より立場が上の存在だ。
彼も下手に声を荒らげる真似は流石にできないと考え、必死に怒りを堪えているらしい。
「ガリエル殿。今日は沢山の豪族が馬車で集まっております。どうか馬の近くに用事がある際は、くれぐれも気を付けてくださいね」
トドメと言わんばかりに笑顔で告げると、彼は「この……⁉」と呟き僕の目前に迫ってくる。
だけど、ディアナが僕の前にすっと入り込んで彼の行く手を阻む。
「ガリエル殿。大変恐れ入りますが、これ以上はお控えください」
「無礼な。そこをどけ、メ……イド」
あしらおうとしたガリエルだったが、ディアナの顔を見るなり動きが固まる。
彼は何を思ったのか、まじまじと彼女を見つめた。
「な、何でしょうか」
ディアナがたじろぐと、彼は突然に彼女の手を取った。
「美しい。貴方は帝国のバルディアからやってきた一輪の薔薇。どうでしょう、ラファ殿に続く私の二番目の妻になりませんか」
「はぁ⁉」
ガリエルの言動に僕達は騒然とする。ディアナに至っては彼女の理解を超えたらしく、
真っ白になって唖然としていた。
「ちょっと。私は貴方の妻になんかなっていないわ。勝手な事を言わないでくれる」
「はは。そう妬かないでください、ラファ殿」
白い歯を見せて笑うガリエルだが、ラファは心底面倒臭そうに首を横に振った。
「はぁ、話しても無駄ね。ともかく、私は兄上のエルバを倒したリッドを気に入っているの。どうしても私の気を引きたいなら、リッドを倒してからにしてちょうだい」
「なるほど。承知しました」
「え⁉ ちょ、ちょっと」
ラファは僕の呼びかけにも応じず、踵を返して屋敷に一人で足早に戻っていった。
絶対、面倒事を僕に押しつけたな。




