リッド、狐人族の会議に向けて2
「確か、マリチェル様がグレアス様は様々な国の情勢や運営方法を学ぶのが好きで、書物の収集癖があったと聞きました。良い本が手に入ると、いつもマリチェル様に内容の素晴らしさを語っていたそうですよ」
「マリチェルって、ノアールのお母さんだった人だよね」
「はい、仰る通りです。とはいえ、当時の状況からマリチェル様のことはグレアス様が公にしておりません。今では私とノアールを含め、事実を知る者はごく僅かでしょう」
ラガードは少し寂しそうな顔を浮かべた。
ノアールは、第二騎士団で分隊長のラガードを支える副隊長の女の子だ。
なお、彼女はラガードに好意を寄せている。
また、彼も彼女に好意を寄せているみたいだから、幼いながらに両思いを達成。
第二騎士団の隊長、副隊長達の間では二人の仲は周知の事実で冷やかされているみたい。
そんな二人から生い立ちを説明されたのは、狭間砦の戦いの時だ。
僕、父上、アモンに明かされたけど、狐人族の現状を鑑みて公表は見送られている。
でも、ラファは何か感づいている気がするんだよね。
「そっか。でも、良い本が手に入ると素晴らしさを語るって、意外と子供っぽい感じもするね」
「えぇ。マリチェル様も生前、『グレアス様は周りからは厳格で恐れられていたけれど、私にとっては大きな子供が一生懸命頑張っているように見えていた』と仰っておりました」
「『大きな子供が一生懸命頑張っている』、か。はは、面白い見方だね」
やっぱり、グレアスにも人らしい一面があったらしい。
「そうですね。でも、そういえば……」
「ん? どうしたの」
ラガードが何かを思い出したらしく、口元に手を当てた。
「いえ、本の事で思い出しました。このお屋敷には書斎があるんですが、パッと見ただけでも相当な数の本があったんです。おそらく、当時のままに置いてあるんだと思います。もしかしたら、リッド様のお役に立つ何かがあるかもしれません」
言われてみれば、僕の自室となった部屋の本棚にも古びた本が沢山並んでいた。
どれも見るからに傷みが凄かったし、今日の会議に向けた資料作りで目を通せていない。
もしかしたら、今後の領地再建に活かせる資料が眠っているかもしれないな。
まぁ、重要資料はガレスやエルバ達の指示で当時のうちに抜き出されている可能性が高いだろうけど。
「そうだね。じゃあ、今回の会議が終わって色々と落ち着いたら目を通してみるよ」
「是非、そうしてみてください。私もお手伝いしたいのですが、そうした部分は苦手な部類なので申し訳ありません」
ラガードは決まりが悪そうに頬を掻いた。
第二騎士団では武術だけではなく、座学も色々している。
でも、ラガードの成績はあまり良くなかったはずだ。
「ふふ、わかった」
苦笑しながらを頷くと、僕は「でも……」と意味深に続けた。
「将来的なことを考えれば、座学もしっかりやらないと駄目だよ。何せ、騎士団は総合的な実力社会だからね。気をつけないと、ケスラに分隊長の座を譲らないといけなくなるかもよ。そうなったら、ノアールは悲しむだろうねぇ」
ケスラとは、ラガードが率いる第六分隊に所属する狐人族の少女だ。
彼女はラガードとノアールに次ぐ実力を持っているし、座学の成績も良い。
個人的な戦闘力と経験による判断力を磨いていけば、いずれ隊長を任せられる子であることは間違いないだろう。
「げ、ケスラにですか。リッド様、それは勘弁してくださいよ」
「じゃあ、座学もしっかり頑張らないとね」
「はぁ、頑張ります……」
ラガードはため息を吐くと、耳をしゅんとして項垂れてしまう。
少し言い過ぎたかな、とも考えたけど彼には頑張ってほしい。
そんな想い込めて励ましつつ、僕は彼と一緒に足を進めていった。
◇
会議の会場となる屋敷に到着すると、中庭は既に何台もの馬車が並んでいた。
今回は僕達も通常の馬車で訪れている。
理由は過ごしている屋敷が近いことに加え、木炭車はちょっと目立ち過ぎると考えたからだ。
実際、金色の夜明けなる集団から足止めを受けた事実はある。
用心するに越したことはないという判断だ。
敷地内に入り屋敷の玄関前に馬車が停まると、アモンを始めバルバロッサとカラバ達が出迎えてくれた。
馬車を降りると、アモンが僕の前にやってきて微笑んだ。
「やぁ、リッド。今日は色々と大変だろうけど、よろしくね」
「こちらこそ」
握手をしながら、周りに聞こえないよう彼の耳元に顔を寄せた。
「色々と荒れるだろうけど、覚悟は良いかい」
「今更だね。勿論さ」
彼は不敵に笑うと、わざとらしく咳払いをした。
「じゃあ、会議室に案内するよ」
「うん、お願いね」
頷くと、アモンは僕の背後を一瞥する。
「少し人数が多いみたいだけど、リッドの護衛は後ろの全員で良いのかな」
「そうだね。バルディアが獣人族を騎士団員として重用していることを、見てもらう良い機会だと思ってね」
護衛はダイナス、ディアナ、カペラに加えて第二騎士団の隊長格の子達を全員連れてきている。
どんなにバルディアが獣人族を重用していると口で言っても、中々信じてもらえないのが現実だ。
狐人族の中には、狭間砦の戦いで彼等の活躍を目の当たりにした人達もいるだろう。
だけど、伝え聞いた人は半信半疑のはず。
こうした場に皆を連れてくれば事実であることを周知できると考えたわけだ。
「なるほど、それは良い考えだね。豪族達も、彼等の姿を見たらきっと驚くよ」
アモンはそう言うと、屋敷に向かって歩き始める。
彼の後を追うように続いて行ったその時、玄関の扉が激しい音を立てて突然開く。
何事かと構えれば、ラファが目を細めて微笑んでいた。
「リッド、待ちかねたわよ」
「あ、姉上⁉」
アモンが目を瞬く間に、彼女は素早くこちらに駆けてくる。
直ぐにカペラとディアナが止めるべく僕の前に出るが、ラファは二人をすり抜けるよう通り抜けた。
「な……⁉」
「く……⁉」
カペラとディアナが悔しげな声を漏らしたその時、ラファは僕の目前に迫っていた。
でも、彼女からは敵意を感じない。
どうやら、何か考えがあるようだ。
ダイナスもそれを察してか、彼女を凄むだけに留めている。
「えっと、何のようかな」
僕が尋ねると、ラファは妖しく笑った。
「ふふ、この間した話の続きなの。ちょっと付き合ってほしいのよ。ごめんなさいねぇ」
そう言うと、彼女は僕を思いっきり自身の胸の中に抱きしめる。
「え、えぇ⁉」
訳が分からず困惑していると、悲痛な叫び声が屋敷から轟いてきた。




