リッド、狐人族の会議に向けて
狐人族の領地、首都フォルネウに到着して数日が経過。
僕を含め、バルディアの一団は慌ただしい毎日を送っている。
ちなみに、到着の翌日に行われたことは駐屯地となった屋敷の警備態勢厳重化と見直しだった。
到着当日の夜、ラファが僕が過ごす部屋の露台に警備をくぐり抜けてやってきたことが問題視されたからだ。
特にラファの気配に感づいて僕の部屋にやって来たディアナは、深刻な表情を浮かべていた。
「リッド様は、帝国貴族でありバルディア家の嫡男でございます。どのような経緯にしろ、女性と夜遅くに二人きりで会うというのは外聞的に大変よろしくありません。その点を改めてご理解ください」
「ま、まぁ、少し迂闊だったかもしれないけど、僕はまだ九歳だよ。夜に女性と出会ったぐらいで外聞も何もないんじゃ……」
決まりが悪いので頬を掻きながら誤魔化そうとしたけど、彼女はやれやれと首を横に振って深いため息を吐いた。
「そのお考えが甘いと申し上げております。今でこそ、大陸の争いは表面上落ち着いておりますが、争いが絶えない時代はリッド様の年齢でも婚約、婚姻は当たり前でございました。当時は、まだ生まれてもいないにも拘わらず婚約が決まっていた記録もございます。国同士の命運を懸けた政に年齢など問題にはなりません。実際、リッド様とファラ様は既に婚姻されたではございませんか」
「う……」
自身のことを例にされた正論に、僕は返す言葉がなかった。
ファラと僕の婚姻は、国同士の複雑な事情から『特例』として認められたものだ。
でも、それはつまり、ディアナの言ったことがこの世界で現実に起こりえることを証明している。
この部分だけは、記憶にある前世の社会と感覚が違いすぎて戸惑うことが多い。
それが『甘い認識』と指摘されれば、その通りなんだけど。
「わかった。じゃあ、ファラ。もしくはバルディア家に仕えてくれる信用できる女性以外とは、出来る限り二人きりにならないよう改めて注意するよ」
ディアナは僕の答えを聞いて笑みを浮かべると、深く頭を下げた。
「差し出がましい事を申しましたこと。そして何より、護衛として警備が遅れたことを心からお詫びいたします」
「いやいや。僕の認識が甘かったのは事実だし、警備も慣れない場所での初日だからしょうがないよ。気にしないで」
「ありがとうございます。しかし、警備が遅れたことは『初日だったから』というのは言い訳できません。ダイナス様、カペラさん達と話して明日以降、警備を徹底的に強化いたします」
「え……?」
こうして、到着翌日から駐屯地となった屋敷の警備が見直されることになったわけだ。
とはいえ、バルディアから来た人員には限界があるから、あくまで僕の自室を重点的に強化するということになった。
警備強化で一番変わったことは、僕が就寝するまで第二騎士団の男の子の誰かが同室で一緒に過ごすことになったことだろう。
カルア、ゲディング、ラガード、ラムル、ダン達が当番制で毎日入れ替わって部屋にやってくる。
まぁ、話し相手にもなるし、今後の動きについての意見を聞いたりできるから不自由はしていない。
通信魔法とかで聞かせられない話をする時は、退室してもらう感じだ。
当初は少しやり過ぎな気もしたけど、ディアナの指摘は間違っていないし、ラファに対して僕の対応が甘かったことも事実だからしょうがない。
身から出た錆というやつかな。
そして、現在の僕はというと、今日は狐人族の豪族を全員集めた会議がアモンの屋敷で行われるから、それに使用する資料の最終確認を行っている。
駐屯所となった屋敷の警備態勢の見直しをダイナスやディアナ達に一任した僕は、アモンと一緒に狐人族の現状確認を優先して行った。
父上から大体の状況は聞いていたけど、ここ最近での出来事や豪族達の動きについての確認。
当然、僕達の前に立ちはだかった『金色の夜明け』という集団についてもアモン達と共有している。
アモンは目を丸くして驚いていたし、バルバロッサとカラバが『何という軽率な行いだ』と憤慨していたのが印象的だったなぁ。
狐人族の過去と現状、事前に得られた情報。様々な改善点をまとめたこの『計画書』を実行出来れば、バルディアと狐人族の未来は明るい方向に進めるはずだ。
逆に失敗すれば、とんでもない負債をバルディア家が負いかねない。
最悪、借金で首が回らなくなる可能性だってある。
そうなれば、バルディアの発展を妬む帝国貴族達が此処ぞとばかりに利権を奪おうとやってくるだろう。
想像するだけで、恐ろしい。
将来訪れるであろう断罪を防ぐための行動が、結果として領地運営の失敗による破産になったら本末転倒だ。
だからこそ、今回の会議は絶対に失敗は許されない。
それにしても、僕っていつも意図せず背水の陣を組んでいるというか。
「はぁ、人生綱渡りだなぁ」
「リッド様。そろそろ時間のようです」
護衛として部屋の壁際に控えていた狐人族のラガードが、畏まった声を出した。
「ん? あ、もうそんな時間か。わかった、じゃあ、行こうか」
僕は返事をしながら目を通していた書類を片付けると、その場に立ち上がった。
「一応確認だけど、今日の会議に使う資料の準備は問題ないかな」
「はい。資料は全てディアナ姐様とカペラ様が確認し、重要資料として手持ちの鞄に入れております」
重要資料、か。
物々しい言い方だけど、今回の会議に使う資料は絶対に外部に漏らすわけにはいかない。
その為、今回の会議資料の内容は僕とアモンしか全容を知らず、豪族達には内容は勿論のこと。
存在も伏せており、今日の会議で公開する予定になっている。
だから、まぁ、会議は確実にかなり荒れるだろう。
「じゃあ、問題ないね」
覚悟を決めて自室から玄関に足を進めるなか、ふとラガードのことが気に掛かった。
「そういえば、ラガードはグレアスに仕える豪族の子息だったんだよね」
「いえ、グレアス様を支持する豪族に仕えた戦士の息子です。ですから、俺……じゃなかった。私は豪族出身ではありません」
「あ、そっか。ごめんね」
「大丈夫です、お気になさらないでください。ですが、それがどうかされましたか」
「いや、グレアスっていう人がどんな人物だったとか、伝え聞いているかなと思ってさ」
「どんな人物だった、ですか」
ラガードは腕を組んで「うーん」と悩ましげに唸った。
ガレスの弟であったグレアス・グランドーク。
彼のことはアモンやラファから聞く限りだと、領民のことを第一に考える高潔で厳しくも優しい人物だったらしい。
でも、それはあくまでアモンやラファに見せる一面だ。
グレアスが部下や心を許せる相手に見せていた部分は、どうだったんだろうか。
「申し訳ありません。特にこれといって……」
そう言い掛けるとラガードは、「あ。そうです」とハッとした。




