リッドとアモン、再び2
アモン達との打ち合わせが終わると、僕達バルディアの一団は駐在所となる屋敷に移動した。
「ここは、グランドーク家が管理していた屋敷の一つで、僕の叔父が生前に使っていた屋敷なんだ。叔父上が亡くなった後は誰も使っていなくてね」
アモンの叔父とは、グレアス・グランドークのことを指している。
グレアスは前部族長ガレスの弟であり、狐人族の未来を憂いて決起を起こすが、エルバに断罪されてしまった人物だ。
「僕のいる屋敷も近いし、規模も大きい。加えて防犯設備もしっかりしているから、ここを用意したんだ。事前に屋敷内外の手入れはしているけど、どうかな」
防犯設備とは、屋敷を囲むように造られた塀と柵と正面にある大きな門を指している。
「ありがとう、アモン。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかな」
屋敷の造りは見渡す限り、とてもしっかりしている。
規模は先程までアモンと打ち合わせをしていた屋敷と同程度の大きさで三階建てだ。
これなら、バルディアから一緒にやってきた皆もゆっくり休めるだろう。
ちなみに、アモンが部族長として過ごしながら業務を行っている屋敷は、バルバロッサが管理していたそうだ。
「良かった。じゃあ、次は中を案内するよ」
アモンが玄関の扉を開けて中に入ると、僕達も続く。
やがて、屋敷内の案内と説明が終わって僕達は再び玄関に戻ってきた。
「リッド。明日から色々と忙しくなるだろうけど、改めてよろしくね」
「うん、こちらこそ」
握手を交わすと、アモンは護衛のカラバや豪族のバルバロッサ達と一緒にこの場を後にした。
残った僕達、バルディアの一団は運んできた荷物の荷卸しを行い、これからの動きに向けた準備。
騎士団員達の簡易宿舎の設営など、日が暮れるまで動き続けるのであった。
◇
「では、リッド様。何かありましたらすぐにお呼びください」
「うん、わかった」
そう言って頷くと、ディアナは静かに部屋の扉を閉めた。
僕は「ふぅ……」と一息つくと、自室となった部屋に備え付けられたベッドにうつ伏せで倒れ込んだ。
バルディアからずっと移動を続け、金色の夜明けという怪しげな集団との出会い。
首都フォルネウに到着してからはアモン達との打ち合わせ。
流石に、ちょっと疲れたかな。
仰向けになって部屋の中を見渡すと、壁の模様や家具が目に入った。
全て質素ながらに気品がある造りとなっている。
僕の自室となったこの部屋は、元々はグレアス・グランドークが使っていたらしい。
「……幽霊とかいたりして」
何気なく呟くと、電界で辺りの気配を探ってみる。
でも、特に違和感を覚えることはない。
周辺には、見知った皆しかいないということだ。
それが分かると、急に眠くなってきた僕はそのままゆっくり目を瞑った。
◇
「うん……」
どれぐらい眠っていたのだろうか。
ふと目が覚めて目を擦りながら体を起こすと室内は薄暗く、月明かりだけで照らされていた。
あれ、と見慣れない部屋の雰囲気に一瞬戸惑うが、すぐに思い出す。
あ、そうか。
ここはバルディア家の新屋敷じゃなくて、首都フォルネウの屋敷だったっけ。
誰かに見られているわけじゃないけど気恥ずかしくて頬を掻いたその時、室内に露台へ続く扉があることに気付いた。
気になって扉を開けてみると露台は月明かりに照らされ、幻想的な雰囲気を醸し出している。
そのまま露台に出て見ると、屋敷の正面が広く見渡る造りになっていた。
「街の様子も見えるし、月明かりと星が綺麗だなぁ」
前世の記憶にある電気の明かりはないけど、バルディアでは製炭作業をしているから木炭が安価で手に入る。
そのおかげで、屋敷周辺では警備強化のために夜通し木炭の火明かりが灯っている状態だ。
バルディア領内の街でも、木炭の火明かりを夜通し灯している場所が結構あるから、意外と明るい。
だから、ここまで月や星が綺麗に見えなくなり始めているんだよね。
エレンやアレックスに『蓄電魔石』の用途について色々と指示を出しているから、近い将来に『電球』。
もしくはこの世界独自の代替え品が開発されるはずだ。
そうなれば、こうした自然の明かりに感動する機会も減ってしまうのかもしれない。
前世の記憶がある分、色々と考えさせられるし感慨深い部分があるなぁ。
「……でも、とりあえずこの光景をファラにも見せてあげたいな」
メルや母上にも見せてあげたいけど、その役目は僕ではなくて父上だろう。
もし、母上とメルが此処を訪れることがあれば、父上も必ず居るはずだからね。
「リッド様」
名前を呼ばれてハッとすると、身構えて振り返った。
そこに立っていた人物が月明かりに照らされると、僕は目を丸くして唖然とする。
「ファラ⁉ どうして君がここに居るの」
「ふふ、リッド様にどうしても会いたくて。メルディちゃんを真似して荷台に隠れていたんです」
彼女は笑ってそう言うと、僕の胸に勢いよく飛び込んでくる。
思いがけず抱きしめるけど、僕は我に返って彼女の両肩に手を置いて引き剥がした。
「メルの真似をした⁉ なんて危険なことをするんだ。それでどんな大変なことが起きたのか。知らない君じゃないだろう」
ファラらしくない、そう思いながら声を荒らげた。
でも、彼女は目を細めて笑みを浮かべつつ、僕の手を優しく除けながら首に両手を回していく。
月明かりが照らされたファラの笑みは、とても妖艶で胸がどきりと高まった。
「お慕いしております、リッド様……」
「え、えぇ⁉」
彼女は目を瞑り、ゆっくりと迫ってくる。
気付けば文字通り、僕の目と鼻の先にファラの可憐な顔が近づいていた。
ど、どうしたんだ、ファラ⁉
顔が真っ赤に火照っていくのを感じつつも、僕はハッとする。
さっき、彼女はメルのことを『メルディちゃん』と言った。
その呼び方をするのは、僕が知る限り二人だけだ。
瞬時に電界を発動して確信すると、僕は彼女の口を手で塞ぎながら大きなため息を吐いた。
「……揶揄うのは止めてほしいな」
「あら、もう気付いちゃったの」
彼女は目を細めて微笑み、僕から少し下がって魔法を解き始めた。
軽い魔波が吹き荒れ、彼女の体がみるみる大きくなっていく。
白く長い髪を夜風に靡かせ、頭に生えた二つの狐耳を動かし、月明かりに照らされながら正体を現した彼女は神秘的かつ幻想的。
そして、とても蠱惑的だった。
「ふふ、もう少しだったのに。残念ねぇ」
そう言って妖艶な眼差しと笑みを浮かべたのは、グランドーク家の長女にしてアモンの姉であるラファ・グランドークだった。




