リッドとアモン、再び
「マーベラスという輩、自分の力でリッド様の魔法を打ち破ったと勘違いしておりますな」
「うん。そうみたいだね。まぁ、勘違いさせてて良いんじゃない。勝手に墓穴を掘りそうだし」
ああいった人物は、幸いなことにバルディア第一と第二騎士団にはいない。
過去に居たとしても、解雇されるか性格を軌道修正されたことだろう。
騎士団は規律が厳しい上、昇格するためには人徳、判断力、経験など様々な様相を考慮した上での実力主義。
何より、組織力と団結力が重要とされているからだ。
「そうですな」
ダイナスは相槌を打ちながら肩を竦めた。
「ああいう輩は捕まえて尋問するより、敵の中に居てくれた方が結果的にこちらの利に繋がるやもしれませぬ」
「えぇ、ダイナス様の仰る通りです。あの手の男は内部工作をする際、甘言に惑わされる人物です。いずれ、何かの役に立つでしょう」
カペラが補足すると、ディアナがやれやれと首を横に振った。
「はぁ、やる気のある無能ほど質が悪いと申しますが、目の当たりにすると恐ろしいものですね」
皆、辛辣だ。
僕はため息を吐くと、この場にいる皆を見渡した。
「バルディアとグランドークの状況を鑑みて、今の騒ぎは公にしないことにする。アモン達には僕から説明するから、口外しないように。いいね」
「畏まりました」
ダイナス、カペラ、ディアナを始め、騎士達が会釈する。
「よし。じゃあ、予定より少し遅くなったから、アモン達のところに急ごう」
バルディアの一団は、狐人族の首都フォルネウに向けて再び出発するのであった。
◇
「連絡は受けていたけど、こうして君と会うまで半信半疑だったよ」
「僕もだよ、アモン。いずれ訪問すると思っていたけど、まさかこんなに早く実現するとはね」
そう答えると、僕達は再会の握手を交わした。
なお、僕の傍にはダイナス、ディアナ、カペラと騎士数名が護衛として控えている。
狐人族の首都フォルネウに到着した僕達は、その足ですぐに部族長となったアモンが過ごしているという屋敷を訪ねた。
そして、この来賓室へ案内されて現在に至っている。
「バルディアの屋敷と比べればかなり手狭に感じるだろう。申し訳ない」
「いやいや。そんなことないよ」
久しぶりに会うアモンは、かなり表情が大人びた感じがする。
『地位が人を作り、環境が人を育てる』という言葉があるけど、彼の場合は元から意志や責任感が強かったら尚更に短期間で成長したのかもしれない。
「以前過ごしていた屋敷は焼け落ちたと聞いたけど、再建の目処は立ったのかい」
「いや、それは当分先送りにすることにしたんだ。部族長の仕事は此処で問題なく行えるからね。狐人族全体の再建に目処が立ち、余裕ができればその時にと考えているよ」
彼は目を細めて微笑むと、「ちなみに……」と呟いた。
「シトリーはバルディアで元気にしているだろうか」
「うん。メルやファラとも仲良くしているし、僕の母上のことをとても慕ってくれているよ」
「そうか、なら良かった。シトリーは父……いや、前政権時に辛い目にあっていたから心配していたんだ。でも、妹にとって外の世界を知る良い機会になるかもしれないな」
アモンは胸を撫で下ろし、安堵の表情を浮かべたその時、彼の背後に立っていた貫禄のある狐人族の男性が咳払いをした。
「アモン様。恐れながら、我等に自己紹介をさせていただいてもよろしいでしょうか」
「あ、そうだったね」
彼がハッとすると、貫禄のある男性が一歩前に出て礼儀正しく頭を下げた。
「リッド様。私はアモン様にお仕えする豪族、ジン族の長。バルバロッサ・ジンと申します。以後、お見知りおきをお願いします」
「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」
バルバロッサは白い髪を短髪で綺麗にまとめ、黒い瞳に細めの鋭い目をしている。
彼に顔を上げてもらい、握手を交わす。
でも、彼の名乗ったジン族という名前に脳裏に『彼等』のことが蘇った。
「あの、失礼ながらジン族ということは……」
思いがけず聞き返すと、彼は一瞬だけ寂しそうな表情を浮かべるが、すぐに厳格な顔に戻って頷いた。
「はい。アモン様の護衛として御家に出向き、乱暴狼藉を働いた者達の中には我が一族の者も多数おりました。もし、その件が気になるようでしたら、どうぞ私の首をお切りください。どのような理由があれ、御家に多大なる迷惑をかけたことは事実ゆえ」
バルバロッサはそう言うと、僕の前で片膝を突いて頭を垂れた。
「いえいえ、そんな畏まらないでください。リック、カーツ、ユタ、ケイ。彼等を始めとする戦士達は、非道なエルバの犠牲者です。こちらこそ、彼等を救えず、本当に申し訳ありませんでした」
彼に顔を上げてもらうと、僕は深く頭を下げる。
あの時、エルバが彼等に施した魔法のことにもっと早く気付ければ、何か出来たかもしれない。
彼等にだって、帰りを待つ家族や友人が居たはずだ。
アモンを護衛する戦士という役職上、彼等は死と常に隣り合わせかもしれないし、周りも覚悟はしていたかもしれない。
それでも救える命であれば、彼等のことは助けたかった。
「リッド様はお優しい方ですな。ですが、私に頭を下げる必要はございません。どうか顔を上げてください」
顔を上げると、バルバロッサは嬉しそうに破顔した。
「アモン様がリッド様と出会えた運命、とても嬉しく存じます。亡くなった戦士達もきっと喜んでいることでしょう」
「そう言っていただけると、僕も嬉しいです」
僕の答えを聞くと、バルバロッサは立ち上がって姿勢を正した。
すると、バルバロッサの後ろ。
部屋の壁際に見覚えのある顔の狐人族が控えていた。
「あれ、確か君は……」
「リッド様、覚えていてくださり光栄です。狭間砦で会いました、カラバです。今は、アモン様の護衛をしております」
彼はそう言って一礼する。
カラバは狭間砦に攻め入ってきた後、こちらの捕虜となった狐人族の戦士だ。
当初はアモンと友人達がバルディア家のだまし討ちに遭い殺されたと、彼は怒り狂っていた。
でも、生きていたアモンからエルバによる非道の真実を知らされ、旧グランドーク家討伐に尽力してくれたのだ。
狭間砦の戦いでカラバが行ったのは、アモン支持者の豪族達にアモンの生存とエルバ達の非道に加え、アモンが部族長となることを少しでも望む者は、『戦に消極的であってほしい。そして、ガレスもしくはエルバ討伐の知らせが戦場に轟いたとき決起してほしい』という旨を伝え広めることだった。
この計略によって、『狭間砦の戦い』で砦を積極的に攻める狐人族は激減。
砦防衛戦で激戦を繰り広げたのは、マルバスが率いる直属部隊との衝突がほとんどだったと、後日の報告書に記載されていた。
狭間砦でアモンとカラバの出会いがなければ、僕や父上がエルバとガレスを倒すまで砦が持たなかった可能性も高い。
考えれば考えるほど、あの戦いは本当に様々な要因が重なって得た『薄氷の勝利』だと実感する。
「そっか。じゃあ、これから良く顔を合わせることになるね。改めて、よろしくね、カラバ」
「はい、よろしくお願いします」
彼との挨拶を終えると、僕達は皆で室内にあるソファーに腰掛けて机を囲んだ。
そして、アモンとバルバロッサから狐人族領内の現状、領民達の生活苦、一部の豪族による重税と違反行為などなど、山積みになっている問題を聞かされた。
父上から事前に少し聞かされていたけど、かなり酷いな。
そう思いつつも、僕は不敵に口元を緩めた。
「わかった。じゃあ、僕が『悪役』になろう」
そう告げると、この場にいる皆はきょとんとするのであった。




