駆け引き
「リッド様……リッド様‼」
「う……ん?」
僕はベッドで寝ていたらしい。
上半身をベッドから起こすとボーっとした目でディアナを見た。
メイド姿で腰に帯剣をしている。
中々にシュールな姿だ。
というか、迎賓館で帯剣していてよいのだろうか?
僕は寝ぼけた頭で思ったことをそのまま口にした。
「ディアナ、迎賓館の中で帯剣していいの?」
「はい。ライナー様と管理責任者のザック様に了承頂いております」
一礼をして答えるディアナの所作は様になっている。
元が綺麗だからなおさらだ。
だが、なんというか、騎士の剣気を纏っているかのように、少し気圧されるメイドになっていた。
将来、ルーベンスは尻に敷かれそうだ。
僕はボーっとしながらそんなことを考えていた。
すると、ディアナが僕の顔を見ながら少し強めの口調で言った。
「リッド様がこの迎賓館の温泉に入りたいから、少し時間が経過したら起こして欲しいと指示を頂いておりましたのでお声かけ致しました。では、私はザック様に温泉の準備をお願いして参ります」
ディアナは少し早口で言うと、一礼してこれまた足早に部屋を出ていった。
その姿に僕は寝ぼけた状態も重なって呆気に取られボーっと彼女が出て行ったドアを眺めていた。
すると、少しずつ頭が冴えてきた。
そしてふと疑問が浮かんだ。
「……ザックさんから温泉の話は聞いたけど、今日入りたいってディアナに言ったかな……?」
うーん。
馬車の酔いもあって少し寝たいと言ったのは覚えているけど、浴場に入りたいと言った記憶はあいまいだ。
だけど、ディアナが言ったというならそうなのだろう。
それに、僕自身、温泉に入りたい気持ちが強い。
ベッドから起き上がり周りを見渡すと、マグノリアとほぼ変わらない室内だが、ところどころに和が見られる。
例えば、僕が寝ていた布団のシーツのデザインなどが明るめの市松模様だ。
壁には絵が飾られているが浮世絵だ。
でもよく知っている浮世絵とは少し違う。
浮世絵をより僕が知っている現代的な感じに近づけたという絵だ。
ダークエルフの浮世絵は前世でも見たことがない。
絵は薄紫色の着物を少し着崩しつつも、気品漂う感じのダークエルフの女性が長い髪を顔の前でとかしている。
その姿は女性の独特な色気を醸し出していた。
題名には「髪梳けるエルティア」とある。
「インパクトがすごいな……」
絵に見とれていると、ドアがノックされた。
すぐ返事をすると、ディアナとザックが部屋に入って来た。
二人は僕を見て一礼する。
ザックは顔を上げると、僕が近くで見ていた絵に気付き微笑みながら僕に声をかけた。
「その絵が気に入りましたか?」
「そうだね。とても綺麗な人の絵だからね」
僕の言った言葉にディアナが少し怪訝な顔をした。
「リッド様はまだ子供です。その絵に興味を持つのはまだ早いかと……」
ディアナの発言で僕は顔が赤くなるのを感じて、ディアナの言葉の意味を否定した。
「違う、違う‼ そんな気持ちで見てないよ‼ とても綺麗な絵だから、見惚れていただけだよ」
「……フフ、わかっております」
ディアナは口元に手を当てて「クスクス」と笑っていた。
やられた。
からかわれた。
僕は頬を少し膨らませて、ディアナを睨んだ。
そのやりとりを見ていたザックは何故か笑顔になりながら絵の説明をしてくれた。
「この絵はエリアス陛下の側室、エルティア様をモデルにしたものでございます」
「へー……」
僕は感嘆しながら絵をまた眺めた。
絵の技術もあるけど、やっぱりモデルになった人がとても綺麗なのだろう。
そんなことを考えながら絵を見ていると、ザックの顔がにやけてきていることに気付いた。
ディアナはため息をついて首を横に振っている。
どうしたのだろう?
その時、エルティアという名前に聞き覚えがあることを思い出してハッとする。
そして、ザックの顔を恐る恐るみると彼はにこりと笑った。
「こちらはリッド様が婚姻候補者となっております、ファラ様の母上エルティア様の絵になります。いやはや、ファラ様はエルティア様とよく似ておりますからな。この絵に見惚れたリッド様なら、ファラ様は必ずやお眼鏡にかないましょう」
僕は自分の顔が真っ赤になるのを感じた。
まさか、婚姻相手の母親の絵に見惚れていたとは、気恥ずかしさで一杯になってしまった。
ニヤニヤしているザックに何か言わないといけない。
そんな気持ちになり、焦って言葉を紡いだ。
「いや、見惚れていたのは嘘じゃないけど…… その、絵が良いからモデルの人も綺麗だろうなとか思うよね? ほら、とても綺麗で魅力的な絵だし、誰だって僕みたいに見惚れて見ちゃうと思うし、ね? ね?」
言うだけ言った後に僕は何を口走ったのだろうか?
さらに顔が赤くなるのを感じた。
ザックはそんな僕を見ながら笑顔でホクホクしながら言った。
「はい。モデルとなったエルティア様はとてもお綺麗ですからね。ファラ様はそのエルティア様の血を受け継いでおりますから、きっとファラ様もリッド様の心に響くお姿だと思いますよ」
「うぅ……」
ザックは言質を取ったとでも言わんばかり様子に、僕は思わずたじろいだ。
その様子を見ていたディアナは再度ため息を吐いてから僕に言った。
「はぁ……リッド様、この件はこれ以上はやめましょう。恐らくボロが出るだけでございます」
「ディアナまで……」
ボロって言い方はどうなの?
と、思ったがザックもこれ以上は言ってこない様子だ。
だが、一つ気になった。
「ザックさんは、僕がファラ王女と婚姻するのは反対じゃないの?」
僕の言葉は予想外だったのか、ザックは少し考えてからおもむろに言葉を選んで言った。
「私はそのことについて、何かを言える立場ではございません。ですが、ファラ王女には幸せになって欲しいと思っております。先程のやりとりで、少しだけリッド様のお人なりをより深く知ることができました。そして、リッド様であればファラ王女が幸せになれると思った次第です」
なるほど。
父上もレナルーテは一枚岩ではない。
エリアス陛下は婚姻に友好的とも言っていた。
つまり、レナルーテはバルディア家に対して敵対、中立、味方と三つ巴なのだろう。
そして、ザックは中立だったが、味方になってくれたという感じだろうか。
僕は思慮深い顔をしてからザックに返事をした。
「言いにくいことを聞いてごめんね。でも、絵のような人がファラ王女なら僕、一目惚れしちゃうかもね。その時はザックさんも応援してね?」
僕は子供っぽく言いながらも、目には力を入れてザックを見た。
ザックはその言葉と様子に驚きを見せたがすぐに返事をしてくれた。
「その時は私も是非、応援させて頂きます」
「うん、よろしく」
よし、ザックから言質を取った。
これで、絶対ではないがザックはこちら側ということで良いだろう。
僕はザックに笑顔で微笑んだ。
すると、今度はザックが思慮深い顔になり言葉を紡いだ。
「ちなみに、いまの会話を私の友人達と飲む、お茶と酒の肴にしてもよろしいでしょうか?」
おお‼ いい流れだ。
ザックは自分同様の中立と味方。それと信用できる敵対に声をかけてくれるということだろう。
彼らからすれば僕がどんな人物かわからない。
もし、王女をないがしろにする、もしくはレナルーテとの関係を大切にしない輩であれば、どうにかして候補者から降ろしたいとして画策するだろう。
国としての目で見ればレナルーテは今回、王女という切り札を使うことになる。
ドライな言い方だが国同士とはそういうものだ。
それであれば、僕に出来ることは僕自身が皇族よりも「メリットのある婚姻候補者である」と解らせれば良い。
もちろん、そんなことしなくても国同士で決めたことだから婚姻はすることになる。
でも、バルディア家としてレナルーテを味方にして婚姻するのか。
レナルーテと敵対もしくは中立のまま婚姻するのかという違いは出てくる。
将来を考えれば絶対にレナルーテを味方にして婚姻するべきだ。
それに、僕はファラ王女を大切に愛すると決めている。
母上と父上のように。
だから僕は笑顔でザックに返事をした。
「いいよ。ただし、僕がファラ王女に一目ぼれした時、応援してくれる人だけにしてね」
「もちろんでございます。承知致しました」
ザックはニコニコ笑顔で僕とのやりとりを楽しんでいた。
ちなみにその場にいたディアナは二人のやりとりを、目を丸くして見ていた。
そして、リッドとザックのやり取りを見届けると一人こっそり呟いた。
「……その年で腹芸は規格外過ぎます」
ディアナは一人呟くと大きなため息を吐いていた。
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