リッドの全力……?
「ダイナス様、決してそのようなことはございません。これはレナルーテで『海老責』と言われるものでして、この処置をしたものはものの三十分足らずで全身が真っ赤となります。その姿は海で取れる海老を茹でた姿そのもの。さらに一時間も経てば、紫か茶色っぽく変色。最後は蒼白となって、放置すれば死を迎えるのです。野盗の一人を見せしめに行えば、残ったものは恐怖に顔を引きつらせ、すぐに背後関係を白状することでしょう」
「それは興味深い手だ。だが、そのような方法は耳にしたことがない。もしや、カペラ殿もレナルーテでは尋問をやっていたのかな」
「いえ、私が直接行うことはございませんでした。直属の上司が尋問好きだったもので、よく立ち会っていただけでございます」
カペラの直属の上司となれば、レナルーテ暗部組織の頂点に立つ『ザック・リバートン』で間違いないだろう。
彼の笑顔の裏に何かそら恐ろしい気配を感じのたのは、尋問好きという部分もあったのかもしれない。
あれ、でも、ちょっと待って。
エルティア母様は、ザックの血を引いているリバートン家の直系。
ファラも当然その血を受け継いでいるから、彼女が時折見せる攻めっけの強い表情は……いや、それは考えすぎだよね、多分。
というか、尋問の拷問手段は幼い僕の前でする話じゃない。
「なるほど。機会があれば、その直属の上司に有効な方法を尋ねてみたいものだ」
「はい。その際は、喜んでご紹介いたします」
二人が意気投合して笑顔を浮かべる中、僕は「待った待った」と声を上げた。
「首刎ねも、鞭打ちも、海老責めもしないよ。そもそも、今のところ彼等からの実害は道を塞がれただけだし、狐人族領内でバルディアの印象はまだ定まっていないんだ。下手に騒ぎが大きくなれば、またややこしくなるからね。今回は、少し脅かすだけで後は泳がす。それで様子を見よう」
金色の夜明けがどういう集団なのか、まだよくわからない。
だけど、エルバを指導者と呼ぶ以上、アモンと敵対する豪族が関与していることは間違いないはず。
かといって、現状で彼等を捕まえても有力な情報を得られる可能性は低いだろうし、もし得られたとしても豪族は彼等を切り捨てるだけ。
なら、今回は彼等をあえて見逃して、相手の出方を窺うべきだ。
「畏まりました。では、リッド様にお任せいたします」
ダイナスがそう言って一歩下がると、僕は右手を高く掲げて溜めていた魔力を解放した。
次の瞬間、それなりに大きな火球が頭上に出来上がっていく。
「な、なんだと⁉」
「だから言ったじゃないですか。あいつらやばい奴等なんですって」
マーベラスが目を丸くし、モールスが慌てふためいている。
この程度で驚くなんて、自称エルバが聞いて呆れるな。
僕は彼等を睨み付け、大きく息を吸い込んだ。
「こちとら貴族の嫡子だ。敬称ぐらい……うぇ」
啖呵を切ろうとしたら、目の前がぐらりと歪む。
激しい吐き気に襲われ、えずいてしまった。
憎らしい乗り物酔いめ。
でも、すぐにハッとする。
「あ……」
えずいた拍子に魔力制御が乱れ、瞬時に火球が巨大化してマーベラス達に向かって放たれてしまった。
辺りには凄まじい轟音が鳴り響き、魔波が吹き荒れる。
「ぬぉおおおおお⁉ な、なんだあれはぁあああ⁉」
「来てます、来てますよ、マーベラスの旦那ぁあああああ⁉」
「おら、熱いのもうやだべぇ⁉」
「ファイアーボールだけに、可及的速やかに対処が必要……クックク」
金色の夜明けを名乗った集団は、迫る巨大火球に慌てて大混乱に陥っているようだ。
「……リッド様、見逃すのではなかったのですか?」
目の前に広がる光景にダイナスが呆れ顔を浮かべている。
「え、あはは。いや、そのつもりだったんだけどね。ま、まぁ、でも、自称エルバに並ぶとか言ってたから多分大丈夫でしょ。バルディアの力を見せつけることにも繋がるし、終わり良ければ全てよしってやつだね」
本当は、乗り物酔いのせいで魔力制御が乱れたせいなんだけど。
かっこ悪いから笑って誤魔化すと、金色の夜明けの一団に視線を逸らした。
「う、狼狽えるな。こんなもの俺の力で押し返してやる」
マーベラスはそう叫ぶと、黒い毛並みで尻尾が四本の黒狐に獣化。
巨大火球に対して魔障壁を展開しながら両腕で受け止めた。
「こ、こんなものぉおおおおお」
彼の怒号が辺りに響き渡る中、僕は首を傾げていた。
エルバに並ぶと豪語していたから、獣化時の尻尾は5本か6本ぐらいになると思ったんだけどな。
でも、エルバは本当の尻尾数を隠していたから、奴も同じことをしているのかもしれない。
念のため、ちょっと押し込んでみるか。
僕は右手を巨大火球に向け、魔力を少し送り込む。
「ぬぅおおおおおおおお⁉」
「あれ……?」
しかし、マーベラスから押し返されるような反発はない。
むしろ、彼は悲痛な声を上げ、少しずつ火球に押されて後退しているではないか。
「リッド様。恐れながら彼等の実力はエルバに遠く及ばず、隠している力もなさそうです。このままでは、金色の夜明け全員が火球に呑まれてしまうかと」
「まぁ、良いのではありませんか。あのような輩の目を覚ますには、丁度良い熱さでしょう」
カペラの発した言葉に、ディアナが冷淡に続けた。
「あ、あはは。どうやら、彼等の実力を見誤ったみたいだね」
苦笑しながら頬を掻くと、僕は巨大火球を制御する右手を空に掲げる。
その動きと連動して火球は空高く飛び上がり、やがて見えなくなった。
「ふぅ、これで大丈夫かな」
息を吐いたその時、マーベラスの勝ち誇った笑い声が轟いた。
「どうだ、お前達。これが俺様の実力だ」
「うぉおおおお」
金色の夜明けの面々が彼の言動に感動したらしく、猛々しい雄叫びを発する。
「うっははは。見たか、リッド・バルディア。今のが全力だろうが、俺様には通じなかった。つまり、貴様は俺様に勝てんというわけだ。恐れを成したなら、さっさとバルディアに帰るが良い。今日はこれで引き下がるが、警告はした。従って、次に会うときは覚悟するがいい。さらばだ」
マーベラスは言いたいことを好き勝手に豪語すると、金色の夜明けの一団を引き連れて颯爽とこの場を去って行った。
僕、全力の『ぜ』の字も出していなかったんだけどなぁ。
呆気に取られていると、ダイナスが咳払いをした。




