求める人物
「ティス。貴女、自分が何を言っているのか理解しているの」
ティンクが目を丸くして声を荒らげると、ティスは小さく頷いた。
「正直、よくわからないことも多いよ。だけど、パパの意志を継げるというのはわかったの」
「で、でも、クロスはバルディア騎士団の副団長の役目を果たして責務を全うしただけなの。パパは、貴女にこんな重荷を背負わすために戦ったわけじゃないのよ」
「うん、わかってる。でも、私だってもう『騎士の候補生』だもん。パパが命を賭けて守ったバルディアだから、私も命を賭けて守りたいの。それに……」
ティスはティンクに向かって冷静に答えると、こちらに振り向いた。
「私がバルディア家の養女となった際には、ママは勿論。クロードのことも大事にしてくれますよね」
「うん、勿論だよ。ティンクとクロードがティスの実の家族であることには変わりはないからね。当然、それ相応の支援をさせてもらうつもりだよ」
「リッドの言うとおりだ。その点は私も保証しよう」
父上は僕の言葉に頷き、「加えて言うなら……」と続けた。
「クロードが大きくなった時、学業に掛かるであろう学資も当家でみるつもりだ。本人の資質次第になるだろうが騎士、学者、研究者。余程のことがない限り、彼がどのような道に進もうとも手厚い支援を約束しよう」
なお、クロスの遺族であるティンクとティスには、バルディア家から戦没騎士恩給は既に支給されている。
父上や僕の言う支援とは、また別途にというものだ。
「ママ、私はパパの意志を継ぎたいの。駄目、かな」
ティスの問い掛けに、ティンクは寂しそうな表情を浮かべた。
「貴女はまだ小さいから、バルディア家の養女になるということがどういうことか分かってないのよ。ティス、貴女はいま自ら七難八苦な茨の道へ進もうとしているの。それも、一度入り込んだら二度と戻ることのできない道よ。お二人が仰ったように、この場の勢いや生半可な気持ちでは駄目なの」
彼女は諭すように優しく告げると、こちらに視線を変えた。
「娘が理解できるよう、あえてお尋ねいたします。支援と言えば聞こえは良いですが、私とクロードは『人質』でもある、ということでよろしいでしょうか」
「え……」
ティンクが目を光らせて発した言葉に、ティスが呆気に取られて目を丸くした。
鋭い指摘だけど、僕はあえて微笑んだ。
「うん。確かに、そうした見方もできるね」
「……誤魔化さず、お認めになるのですか」
「僕達にはティンクやクロードを人質とする考えはないよ。だけど、何をどう言い繕うとも、そうした面があるのは事実だからね」
僕はそう言うと、改めてティンクの目を見据えた。
「でも、君達を守る意味合いの方が強い」
「私達を守る、ですか」
ティンクは眉間に皺を寄せて首を捻った。
「仮にティスがアモンの正妻となった際、敵対する者達は必ず弱点を探すはずだよ。その時、実の家族であった君達はティスの弱点となり得る。だからこそ、バルディアが君達を責任持って守るために必要な支援、そう考えてもらった方が建設的じゃないかな」
「そ、それは……」
言わんとすることを理解してくれたらしく、ティンクは決まりが悪そうにたじろいだ。
「ティスが僕の義妹になれば、狐人族だけじゃない。様々な帝国貴族達からも狙われる可能性もある。だからこそ、バルディア家が支援することでティンクとクロードを守ることに繋がる、ということさ」
僕は目を細めて笑いかけると、視線をティスに向けた。
「バルディア家の養女になるということは、貴族令嬢になることでもあるからね。本当に沢山のことを学んでもらう必要があるし、本当に断ってくれて構わないよ」
僕がふるいに掛けるように問い掛けるが、彼女は怯まずに強い眼差しを向けてきた。
「いえ、養女になります。どんな大変な困難があろうとも、必ずパパみたいに成し遂げてみせます」
うん、これだけの強い決意がある彼女なら、きっと大丈夫だろう。
僕は父上と目を合わせると、ティンクに視線を向ける。
「ティスはこう言っているけど、どうだろう」
彼女は思案顔を浮かべるが、やがて首を横に振った。
「ライナー様、リッド様。申し訳ありませんが、少し考える時間をいただくことは可能でしょうか」
「あぁ、構わない。しかし、あまり時間もなくてな。すまないが、明後日までには返答を聞かせてほしい」
父上の返事を聞くと、ティンクは険しい表情のまま一礼した。
「畏まりました。では、今日はこれで失礼したく存じます」
「ママ……」
ティンクは席を立つと、不安げなティスを連れて退室する。
僕と父上は、用意していた送迎用の馬車まで彼女達を案内した。
「見送りだけでなく、帰りの馬車まで用意していただきありがとうございます」
「そんな、気にしないで。無理を言って来てもらったのはこっちだからさ」
二人が畏まって頭を下げたので、僕はすぐに顔を上げてもらった。
「こちらこそ、今日は時間を作ってくれてありがとう。どうか後悔のないように考えてほしい。僕達はどんな結論でも受け入れるつもりだから。ですよね、父上」
「うむ。二人とも驚かせて申し訳なかったな」
父上はそう言うと、ティスに優しい視線を向ける。
「君が養女になると言ってくれた時、とても嬉しかったぞ。だが、私の娘になるということは、一般市民の生き方を捨て、貴族の責務を背負うことを意味する。必ずしも、それが君の幸福になるとは言い難い。もう一度、母親であるティンクと良く話して結論を出してほしい。良いかな」
「はい。畏まりました」
彼女が笑みを浮かべて頷くと、父上はティンクを見やった。
「クロスが亡くなって間もないというのに、このような話を持ちかけたこと。大変に心苦しく思っている。しかし、リッドが言っていたように、並の者では務まらない大任であることを理解してほしい」
「……はい、それは理解しております。ですが、感情が追いつかないのです。これはもう、理屈ではありません」
彼女が険しい表情で首を横に振ると、父上はゆっくり頷いた。
「わかっている。故に、君がどのような決断を下しても構わない。後悔のないようにだけ、考えてくれ」
「お心遣い、ありがとうございます」
ティンクは会釈すると、ティスと一緒に馬車へ乗り込んで新屋敷を後にする。
やがて、彼女達を乗せた馬車が見えなくなると、僕は深呼吸をして父上を見やった。
「ティンクとティス。どのような結論を出すでしょうか」
「わからんな。ティスは乗り気のようだが、ティンクの心情を察すれば、複雑な想いで想像するにあまりあるだろう」
父上はそう言うと、ティスに見せた優しい顔とは正反対の冷徹で厳格な貴族の表情を浮かべた。
「甘く優しい言葉だけを囁き、ティスを養女とするのは簡単だ。しかし、それは本当の優しさではないし、我々がアモンの正妻に求める人物にはなり得んだろう。複雑な想いを強い決意に変える力が無ければ、今後訪れるであろう様々な困難に打ち勝つことはできんしな。断られればそれまでだったと諦めるしかあるまい」
冷たく厳しい言い方に聞こえるけど、父上の目をみれば奥に優しい光が灯っているように感じた。
厳しい言葉を投げかけられて、嬉しがる人なんてほとんどいないだろう。
でも、厳しい言葉の裏には、相手が本当に自分のことを考えてくれていることが意外と多い。
誰だって痛い所を突かれるのは嫌だから、そうした相手とは疎遠になりがちだけど。
逆に『甘く優しい言葉』を囁いてくる人は、自分に対して興味がない。
もしくは、何か下心を持っていることが多かったりする。
そんな人達の優しい言葉を安易に信じてしまい、厳しい指摘に目を逸らし続ければ、いずれは大きな付けを払うことになりかねない。
今回の一件もそうだ。
父上は辺境伯という立場だから、領民であるティスを強制的に養女にすることはできるはず。
というか、この世界では強制的にする貴族の方が普通だ。
だけど、父上はそうしなかった。
理由は貴族社会の厳しさと大変さを知る父上の優しさであり、入ったら二度と一般市民に戻れないことを暗示する厳しさなのだろう。
「……そうですね」
僕は相槌を打つと、目を細めて微笑んだ。
「でも、僕はティスが義妹になってくれると信じていますよ。あ、その時はメルが大喜びするでしょうね」
僕達が養女を探していることは機密事項だから、メルを含めてバルディア家の大多数がこのことを知らされていない。
流石に、母上は知っているけど。
「ふふ、そうだな。では、ティンク達を信じて待つとしよう」
父上は表情を崩して口元を緩めると、新屋敷の中へ踵を返した。
それから明後日、ティンクとティスが僕と父上を尋ねに新屋敷へ訪れる。
そして、ティスがバルディア家の養女となり、僕の義妹になること。
将来的に彼女がアモンの正妻となることが決定した。




