殿下達とリッド
「アディ、その辺にしておきなさい。リッドが困っているだろう」
「そうだよ、アディ。それに事情もちゃんと説明しておかないと」
「うん。でも、言質は取ったからもうお兄ちゃんは断れない」
デイビッドとキールの指摘を受けても、ご満悦に口元を緩めるアディ。
でも、僕は意図がわからず呆気に取られていた。
「えっと、どういうこと」
「……そんなに大した事じゃない。私、第三皇女が嫁ぐ先は、おそらく海を越えた先にある別大陸の大国になる。万が一に備え、『型破りな風雲児』から援軍の言質を取っただけ」
「ど、どういうこと」
アディはドヤ顔を浮かべている。
いや、それは説明になっていないと思うんだけどなぁ。
急に別大陸に嫁ぐとか援軍の言質と言われても良くわからず、助け船を求めるようにデイビッドとキールに目を向けた。
「聞いた言葉通りの意味さ」
「決定ではありませんし、今後における国内外の情勢もあるでしょう。ですが、それでもアディは海を越えた先にある別大陸の三カ国のどこかに嫁ぐ可能性が高いのです」
デイビッドとキールは揃って肩を竦めると、海を隔てた先にある別大陸と帝国の関係を教えてくれた。
マグノリア帝国から見て北東方向の海を越えた先にある別大陸にはイントリア帝国、ヴォルグ王国、ルヴァニア連合王国という三つの国が存在している。
また、別大陸には『魔の山』と呼ばれる未開の地があるらしく、その山から発せられる高濃度の魔力に長い年月晒された人族は独特の見た目をしているそうだ。
話を聞く限り、高濃度の魔力というものに堪えられるように『独自の進化』を果たしたということだろう。
ちなみに、ここまでのことは僕も後継者教育で一通りのことは一応学んでいる。
何でも三国は常に互いを牽制している状態であり、小競り合いが絶えない三つ巴の状況になっているそうだ。
二人の話を聞く限り、帝国は三国のいずれかと将来的には同盟関係を結んで貿易をしたいという考えがあるらしい。
「……というわけさ」
「私とメルディの婚約が決定的になったからね。三国のどこかと同盟を結ぶとなれば、アディが政略結婚に出向くことになる可能性が高い。というわけさ」
「なるほどね。だから、『援軍の言質』というわけか」
デイビッドとキールの説明を聞いて相槌を打つと、アディがにこりと微笑んだ。
「うん。その時はよろしくね、お兄ちゃん」
「わかった。でも、そんなことにならないことを祈っているよ」
正直、別大陸は僕も少し気になっている。
理由は、記憶にある『ときレラ』の世界では別大陸なんて存在していなかったからだ。
だけど、種族が『魔族』と分類された強キャラは居たから、知らない世界設定とかもあったのかもしれない。
僕が前世で亡くなった後、『続編』が出ている可能性もゼロではないからなぁ。
脳裏に様々な考えが過っていく中、アディが「ありがとう」と会釈した。
「貴方は最悪の場合を考えての保険。私は将来何処の国に行こうが子供を沢山産んで、血筋を帝国に染めてみせる」
顔を上げた彼女は口元を緩めて不敵に笑った。
「あはは、逞しいね」
「そう? これぐらいじゃないと皇族は務まらないって、母上はいつも言ってる」
「そ、そうなんだ」
僕の答えに彼女はきょとんとした。
流石は皇族、幼くても考え方がしっかりしている……のかな。
まぁ、何にしても別大陸のことは考えてもしょうがない。
まずは現状と将来における断罪回避が最優先事項だ。
僕は咳払いをすると、キールに視線を向けた。
「ところで、キール。話を少し戻すけど、君は本当に良いのかい」
話題が変わって彼は一瞬だけ首を傾げるが、すぐに微笑んだ。
「あぁ、婚約の件かい。勿論、父と母の考えと決定に異論はないよ。実際、どんなに皇帝に興味がないと言っても、持ち上げようとする貴族も多いからね。むしろ、バルディアの魔法や発展について興味が尽きないよ。帝都にあるどんな本にも載っていない最先端の技術や知識に触れられて知識欲が満たされる。これ程、私にとって嬉しいことはないよ」
キールは期待に満ちた眼差しを浮かべて身を乗り出し、少し興奮した様子で饒舌に語っている。
雰囲気から察するに、どうやら彼は本当に皇帝に興味がないみたい。
「それにね。母からメルディ殿の肖像画を見せてもらってからというもの、いずれ本人に会ってみたいとずっと思っていたんだ」
彼は少し俯くと、照れくさそうに頬を掻いた。
メルに会ってみたい。
そう言われて嬉しい気持ちはあるけど、複雑な感情が僕の頭の中を駆け巡っていく。
でも、その時、僕はキールの発言に違和感を覚えた。
「あれ、というかちょっと待って。『いずれ』ってどういうこと。まるで、ずっと前から肖像画を見ていたような言い方だけど……」
「あ、そうか。その点は説明してなかったね。実は、母がメルディ殿の肖像画を私に初めて見せてくれたのは二年ぐらい前が最初なんだよ。確か、クリスティ商会と化粧水の取引が始まって間もない頃だったかな」
「え……」
彼の答えに呆気に取られるなか、脳裏にとある記憶が蘇る。
クリスが帝都との商談を終えてバルディアへ帰って来てから程なくしての頃、彼女から『バルディア家の皆を描いた肖像画を描いてみてはどうか』という提案を受けた。
この話をメルにしたところ「やりたい!」と即答。
母上も「服装をドレスにさえしてもらえれば良いですよ」と満更ではなく、父上は母上の負担をあまり掛けないようにという条件を出したのだ。
家族の皆が反対しなければ、僕も断る理由がないからクリスの提案に乗ったんだけど、その時の彼女は何やら胸を撫で下ろしていた様子もあった。
僕達家族の肖像画を描くためにやってきた画家は、帝国でも有名人だったらしい。
だけど、制作費はクリスティ商会が経費で出すと言って聞かなかったし、当時を振り返ればクリスの言動は挙動不審だったように思う。
加えて言うなら、メルだけの肖像画を描いてもらったという話を僕は聞いていない。
多分、肖像画の件はマチルダ陛下が言い出したことで、クリスは断りきれなかったんだろう。
ふと、不敵に笑って無茶ぶりするマチルダ陛下の姿が目に浮かんできた。
「マチルダ陛下は、そんな前から今回の事を考えていたのか」
僕が苦々し気に呟くとデイビッド、キール、アディが揃って頷いた。
「まぁ、母上らしいな」
「えぇ、母上らしいです」
「うん。母上だね」
三人の反応を見る限り、大方の予想に間違いはないだろう。
つまり、化粧水の開発と販売の時からバルディアの発展を予期したマチルダ陛下は、早々にキールの婚約者候補としてメルディに目を付けていた可能性が高い。
最終的な決定を下したのは最近かもしれないけど。
僕はやれやれと深いため息を吐いた。
「わかった。じゃあ、キール。バルディアに来るなら、これから改めてよろしく」
「こちらこそ。それと、今後は『リッド兄さん』と呼べばいいのかな」
「いやいや、今まで通りの『リッド』でいいよ。だけど、僕の義弟となる以上、色々と覚悟してもらうことになる。泣き言も聞かないからね」
「勿論。覚悟しているよ」
キールと互いに笑みを浮かべて握手を交わすが、僕は内心でほくそ笑んでいた。
僕の義弟ということが何を意味するのか、彼はまだ本当意味で理解はしていないのだろう。
だけど、彼本人と両陛下から『覚悟している』という言質が取れた。
バルディア家の……いや、メルの婚約者になるということが何を意味するのか。
彼はバルディアに来た時、初めて理解することになるだろう。
それから暫く談笑していると、打ち合わせが終わった両陛下と父上が部屋にやってきた。
「皆、楽しく話せましたか」
「はい。リッドから『狭間砦』の詳細を聞かせてもらいました」
マチルダ陛下の問い掛けに、デイビッドが代表するように答えた。
「そうでしたか。それと、キール。リッドから聞いたかもしれませんが、貴方は近い内にバルディア領に行くことが決まりました。先方に失礼のないよう、準備をしておきなさい」
「畏まりました」
キールが会釈すると、マチルダ陛下は視線をこちらに向けた。
「では、リッド。貴方の義弟となるキールのことを頼みますね」
「うむ。キールは少々引き籠りがちだからな。この機に、鍛えてやってくれ」
「承知しました。お任せください」
両陛下に向かって僕が頭を下げると、父上はやれやれと深いため息を吐いていた。




