新制グランドーク家の問題
バルディア家の後ろ盾を得て、ガレスとエルバ達を僕達と共に打ち破って狐人族の新たな部族長となったアモン。
彼を支持する者は多く居るけど、影響力はまだまだ弱い。
父上曰く、ガレスやエルバを支持していた豪族達は虎視眈々と政権奪還を狙っているそうだ。
様々な思惑が渦巻くなか、顕著なのが『アモンの正妻』を誰にするかということらしい。
豪族達はこぞって年頃の娘をアモンに会わせている。
現状を放置すれば近い内に無駄な争いが起きる可能性が高いそうだ。
将来を見据えれば、アモンの正妻が過激な思想を持つ豪族の縁者になれば、新たなガレスやエルバのような人物が生まれかねない。
「……当家に従属するということは事実上、狐人族は帝国に従属するということになる。帝国に属するバルディア家からアモンの正妻を出すのが筋であり、国の利益にも繋がるはずだ。故に当家で『養女』を取りたいと考えている」
帝国で貴族が養女や養子を取る条件は厳しく、皇帝の許可が必要だ。
そうでないと貴族同士が勝手に婚姻で関係強化を図り、収拾が付かなくなってしまう。
最悪の場合、内戦まで発展する可能性を危惧してのことらしい。
父上が説明を終えると、アーウィン陛下は難しい顔を浮かべた。
「詳細はわかった。しかし、他国の部族長の正妻となれば、相当な器量と素養。何より、帝国とバルディア家への忠義に厚い者でなければ務まらんぞ。候補者の目処は立っているのか」
「安心しろ、候補者はすでに数名考えている。それに、今直ぐ狐人族の領地に嫁入りさせるわけではない。アモンの婚約と名前は早々に発表するつもりだが、彼の妻となる当人は花嫁修業中ということにして当分は教育する予定だ」
「ズベーラの獣王や各部族長の反応はどうでしょう。帝国が正妻を選出することで無駄な争いは起きませんか」
問い掛けたマチルダ陛下の眼差しは、普段のおどけたものと違った真剣なものだ。
「獣王セクメトスを始めとする各部族長達はガレスの葬儀に参列し、私と顔も合わせている。グランドーク家とバルディア家の関係を認めたということだろう。付け加えるなら、獣人国ズベーラは『弱肉強食』の思想が強いからな。戦に勝利した当家に狐人族が従うのは当然、という風潮がズベーラ国内には少なからずある故、その点も問題ない」
父上が毅然と答えると、「よかろう」とアーウィン陛下が頷いた。
「そこまで考えているなら、後は任せる。『密約』である以上、国庫から表立っての支援は難しいが、バルディア家への『復興支援金』という名目を使用してできる限りの支援は約束しよう」
「あぁ、よろしく頼む」
父上と握手を交わした陛下は、不敵に笑って意味深な眼差しをこちらに向けた。
「さて、型破りな風雲児。君には大変な役目を与えることになって申し訳なく思っているが、ズベーラでの活躍も期待しているぞ」
「は、はい。期待にお応えできるよう最善を尽くします。ですが、『型破りな風雲児』と呼ぶのはやめてください。流石に恥ずかしいです」
話の流れから察するに、僕がズベーラに行くことは最初から決まっていたんだろうなぁ。
頬を掻きながら苦笑していると、父上が眉間に皺を寄せて身を乗り出した。
「待て、アーウィン。キール殿下がバルディア領訪問の時期は本当にずらせないのか」
「悪いが無理だ。謁見の間で公表した経緯もあるが、最初に伝えた通り革新派の動きもある。特に狐人族の侵攻以降、革新派が勢い付いて保守派との対立が激しくてな。それ故、革新派が御旗にしようとしたキールを早急に帝都から遠ざける必要があったのだ」
「ライナー、ごめんなさいね。アーウィンは貴方に最初から伝えようとしたのですが、私が内密に事を進めるべきと進言したのです。事の次第を知れば、貴方は反対するでしょうから。何より、混乱の最中にあるバルディアとナナリーに心労や負担を掛けたくなかったのです」
マチルダ陛下が申し訳なさそうに告げると、父上は深いため息を吐きながら首を横に振った。
「その言葉、全て『本当』なら良いのだがな」
「何を言う、ライナー。私達の言葉に嘘偽りなどないぞ」
「えぇ。特に、若い頃から親しくしてくれている貴方にはいつも本心かつ素で接していますよ」
揃って満面の笑みを浮かべる陛下達の姿に、父上は再び深いため息を吐いていた。
◇
「……という感じかな」
「なるほど。それは大変だったな」
狭間砦の戦いと今に至るまでの経緯を語り終えると、デイビッドが相槌を打った。
僕はいま、別室で待機していたデイビッド、キール、アディ達と一緒のソファーに腰掛けて談笑を楽しんでいる。
この場に居ない父上と陛下達は、先程まで僕も居た部屋で今後についての打ち合わせを続けているはずだ。
僕は父上達の配慮で一足早く退室したので、彼等と合流して現在に至っている。
部屋に到着した当初、デイビッド達は身を乗り出して『狭間砦の戦い』に至った経緯と実際の戦いの様子を教えてほしいと尋ねてきた。
帝国の歴史上、ここ数年は帝国全土に轟くような大きな戦は起きていない。
国境地点での小競り合いこそあれど、『狭間砦の戦い』のような明らかな侵攻による武力衝突。
それも、号外が出るような戦ともなれば気になるのは当然だろう。
彼等の問いかけには、「言えないこともあるけど」と前置きをした上で可能な限り答えて上げたわけだ。
デイビッド達は時に驚き、怒り、感嘆して興味深そうに話を聞いていた。
その様子は戦に興味を持った子供というより、『為政者』という目線で捉え、耳を傾けていた印象を受ける。
流石は、皇族というべきかもしれない。
「それにしてもです」
キールが話頭を転じるように切り出した。
「まさか、私がリッドの妹と婚約することになるなんて思ってもみませんでした」
「それは僕もだよ」
キールと一緒に苦笑していると、アディがこちらをじっと見つめてきた。
「……ふむ。キール兄上とメルちゃんが婚約するわけだから、リッちゃんはいずれ私の『兄』になる。よろしく、『お兄ちゃん』」
「う、うん。こちらこそ改めてよろしくね」
『お兄ちゃん』と呼ばれてこそばゆさを感じながら目を細めて微笑むと、彼女は虚ろな瞳のまま顔を僕の目と鼻の先まで寄せてきた。
「ねぇ、お兄ちゃん。私もいずれは、他国に嫁ぐことになると思うの」
「え、う、うん」
マチルダ陛下に似たような異様な雰囲気にたじろぐが、彼女は表情を変えずに続けた。
「もしかしたら、嫁いだ先の他国で戦が起きて困ったことになるかもしれない。その時、お兄ちゃんは私を助けてくれるよね」
「も、勿論。そうなったら全力を尽くすよ。でも、急にどうしたんだい」
困惑しながら目を泳がしていると、デイビッドとキールが噴き出して笑い始めた。




