皇族の意図3
「ライナー、良い考えとはどういうことだ」
アーウィン陛下が首を傾げるなか、父上は説明を続ける。
「ベルガモット卿とグレーズ公爵の後押しによって多くの貴族が賛同したとはいえ、唐突な今回の婚約に不満を持つ者はいるはずだ。表向きは仮決定としておけば、そうした者達の溜飲を下げ、無駄な敵を作らずに済む。その上、キール殿下がバルディアの力を得られると考えた革新派や保守派を牽制することもできるはずだ」
「ふむ。しかし、仮決定しても、いずれ判断を下す必要はある。その時期をいつにするつもりだ」
「『マグノリア帝国騎士学園』に入学する時期を目処に下せばよかろう。メルディとキール殿下は同い年だからな。学園入学と同時に婚約が本決定となれば、良からぬことを考える貴族達への牽制になるはずだ」
父上の言葉に、両陛下は思案顔を浮かべた。
帝国貴族は十六歳から二十歳までの間に『マグノリア帝国騎士学園』に入学して卒業しなければ、家の爵位を継げない。
つまり、後継者になれないということになるから、貴族に生まれた者は必ず入学することになる。
ちなみに学園は適齢の男女が大勢集まるので、結果的に将来を見越した伴侶捜しの場にもなっているそうだ。
『良からぬことを考える貴族達への牽制』というのは、殿下達を始めとする皇族や影響力を持つ高位貴族と子供を使って縁を結ぼうとする貴族達を指している。
メルとキール殿下が十六歳となった時、帝国がどんな状況になっているのかはわからない。
だけど、今のままバルディアが発展していけば、バルディア領の長女であるメルの存在と影響力はさらに大きなものになっているはずだ。
両陛下が心配する『帝国貴族の派閥の均衡を崩す』というのは、表現としてあながち間違っていないだろう。
『恋は盲目』というし、メルとキール殿下が変な輩に目を付けられないためには必要なことなのかもしれない。
加えて、マグノリア帝国騎士学園は『ときレラ』の舞台でもある。
『マローネ』も今より成長し、マチルダ陛下が懸念した器量と不可思議な魅力にさらに磨きが掛かっているはずだ。
キール殿下は『ときレラ』にも登場する『攻略対象』でもあるけど、前世の記憶を辿っても彼に婚約者がいた覚えはない。
メルとキール殿下の婚約が未来に起こりえる『断罪』にどんな影響が出てくるのか、という不安要素はある。
でも、彼を『鍛錬』できる言質を両陛下から得た以上、こちら側へ引き込める機会なのは確かだ。
まぁ、メルという婚約者をキール殿下は得るんだから、他の女性にうつつを抜かすようなことは僕が許さない。
というか、そんな考えをしないよう徹底的に根性と性根を鍛えるつもりだけど。
色々と踏まえると現状は父上の言葉通り、『仮婚約』としておき学園に入学する年齢で『婚約』とするのが一番良い気がするなぁ。
「私も父上の意見に賛成です。表向きは『不測の事態』に備えるということで仮決定としておけば、後になって言われても逃げ道ができますし、派閥で起きる波風は最小限で済むのではないでしょうか」
「思案のしどころだな……」
アーウィン陛下は口元を手で覆うと、腰掛けている椅子の背もたれに体を預けた。
部屋にしばしの沈黙の時が流れていく。
固唾を呑んで見つめていると、陛下がゆっくり口を開いた。
「よかろう。では、キールとメルディには仮決定の婚約と発表とし、二人が学園へ入学する際に本決定としよう。ただし、余程のことが無い限り、婚約に変更はなしとする。二人共、それでよいかな」
「わかった」
父上が首を縦に振ると、僕も合わせるように頷いた。
「はい、畏まりました。キール殿下の『教育』についてもお任せ下さい」
「よろしく頼むぞ。マチルダもそれで良いな」
「えぇ。私も構いません」
陛下の問い掛けにマチルダ陛下も頷いた。
本心で言えば、メルとキールの婚約には反対だ。
だけど、帝国に属する貴族である以上、陛下の意向に背くことは難しい。
それに、マローネとキールが結ばれる未来がもし訪れた場合、バルディア家が断罪に進んでいく可能性もある。
釈然とはしないけど、この辺りが落とし所だろう。
提案に両陛下が納得した様子を見せると、父上は咳払いをした。
「アーウィン。次は、私から狐人族との件で話したいことがある」
「『密約』の件だな。秘密裏に報告を受けてはいるが、確認の意味を込めて説明してもらえるか」
両陛下の表情がより真剣なものに変わり、部屋の空気が張り詰めた。
父上は頷くと、バルディア家とグランドーク家の新たな当主となった『アモン・グランドーク』と結ばれた密約と現状における狐人族の状況を語り始める。
現狐人族の部族長となったアモン。
彼は僕達との会談の場において、旧グランドーク家の当主である『ガレス・グランドーク』から捨て駒扱いされ孤立無援となってしまった。
僕はこれ幸いと旧グランドーク家との決別を促し、アモンは決起を決意。
結果、彼は僕達が狐人族との関係性と領地運営を根本から変えるための神輿となった。
そして、バルディア家がアモンの後ろ盾となる条件として父上が提示したのが『密約による従属』だ。
従属と言えば悪い想像しがちだけど、狐人族の領地は急な部族長の交代で混乱の最中にある。
そうした状況下でバルディア家が『アモン』の後ろ盾を辞めてしまえば、彼は早々に暗殺され、再びバルディア家とグランドーク家の間で争いが起きかねない。
だからこそ、父上は狭間砦の戦いの後に狐人族の領地に出向き、アモンの地位を確立しつつ、彼の後ろ盾としてバルディア家が存在することを見せつけていたのだ。
アモンと父上が前部族長である『ガレス・グランドーク』の葬儀を大々的に行い取り仕切ったのも、両家の関係性をズベーラ国内へ暗に伝える目的もあった。
その葬儀に各部族長達が参列を果たした事実はアモンが新たな部族長として認められたことを意味し、バルディア家とグランドーク家の関係性も暗黙の了解を得たという認識で問題ないだろう。
「だが、まだまだ問題は山積みだ」
父上は現状までの流れを語り終えると、苦々しい表情で首を横に振った。
「ガレス達は軍拡を推し進めるため民達に重税を課す一方、自身達の政策に賛同する豪族達を優遇し、私腹を肥やすことをある程度黙認していたのだ。結果、役人の汚職が蔓延し、民は生かさず殺さずという酷い有様だった」
「なるほど。大改革と大掃除が必要ということだな」
「あぁ、その通りだ」
陛下の問い掛けに頷くと、父上は凄んだ。
「それから今後の事を考え、バルディア家で養女を取ってアモンと婚約させるつもりだ。その許可をもらいたい」
「……詳しく聞かせてもらおう」
陛下の眉がピクリと動き、声が低くなる。




