皇族の意図
兵士に案内され、以前に来たことのある豪華な応接室に入ると、両陛下と皇子達が勢揃いしていた。
「ライナー、リッド。よく来てくれた。まぁ、座ってくれ」
アーウィン陛下に促されるまま机を挟んだ正面の椅子に腰掛けると、父上が皇子達を一瞥した。
「恐れながら、我等だけで少し確認したいことがあります」
「わかった。お前達は別室で待っていてくれ」
「畏まりました」
第一皇子のデイビッドが頷くと、皇女のアディールことアディと第二皇子のキールも会釈して退室する。
去り際、三人は僕に向かって目を細めて微笑んだ。
扉の閉まる音が聞こえ、室内に居るのは両陛下と僕達だけとなる。
静寂に包まれるなか、父上の眉間に皺が寄っていく。
「さぁ、アーウィン、マチルダ。謁見の間での件、意図を教えてもらおうか」
「そう怖い顔をするな。やはり、怒ったか」
アーウィン陛下が苦笑して肩を竦めると、父上が身を乗り出した凄んだ。
「当たり前だ。リッドの婚姻の時に苦言を呈したはずなのに、我が娘のメルディにもこの仕打ち。子の親としてだけではない。帝国に仕える臣下としても怒って当然であろう」
父上の感情に呼応するように、室内の雰囲気が一瞬で張り詰めた。
思わず息を飲むが、両陛下は流石と言うべきか、表情に変化は見られない。
「お前の指摘も尤もだな。まずは先程の件を詫びよう。すまなかった」
「私からもお詫びするわ。ごめんなさいね」
両陛下はそう答えると、二人揃って頭を下げる。
帝国の頂点に立つ人達の思いがけない姿を目の当たりにし、「え……」と僕は呆気に取られてしまう。
父上は半ば諦めた様子で深いため息を吐いた。
「……二人とも、頭を上げてくれ。謝罪は受け入れる。それより『意図』を教えてくれ。何故、わざわざあの場で『婚約』の話をしたのだ」
「うむ。実はな……」
アーウィン陛下とマチルダ陛下は顔を上げると、ゆっくりと事情を語り始めた。
事の発端は、帝国貴族の派閥である保守派と革新派の対立が水面下で激化しつつある状況があったらしい。
帝国の皇帝は世襲制で、特に問題がなければ次期皇帝は第一皇子のデイビッドだ。
でも、革新派が第二皇子であるキールを持ち上げようとする動きがあるらしい。
当然、第一皇子であるデイビッドが次期皇帝という認識を持つ保守派は、革新派の動きを良く思っておらず、舌戦による小競り合いが少しずつ起きているそうだ。
尤も第二皇子のキールは皇帝に興味が無いと公言しているので、表立っての衝突はまだ見られない。
しかし、現状を放置すれば、帝国貴族が第一皇子を掲げる保守派と第二皇子を掲げる革新派に割れてしまう可能性は捨てきれない。
保守派の主張が中心の政権運営を良く思っていない革新派は、むしろ派閥の衝突を煽ろうとする雰囲気すらあるという。
「キールが皇帝に興味が無いといくら言ったところで、革新派の連中は第二皇子が皇帝となるべきと言い続けるだろう。そうなれば、保守派の過激な連中が何かしらの動きを見せる可能性が高い」
「陛下の仰る通りです。それ故、キールには少し帝都から離れてもらうことにしたのです。勿論、本人も了承済みです」
両陛下は真剣な表情を浮かべており、言葉に嘘はなさそうだ。
それにしても、僕達が狐人族と対峙している間に帝都も色々な思惑が錯綜していたらしい。
マローネとベルゼリア、ヴァレリ達との手紙のやり取りではそうした情報は得られていなかった。
やっぱり、立場的に得られる情報は限られるか。
皇族であるデイビッド、キール、アディとも手紙のやり取りはしているけど、彼等は口が堅いから、この辺の情報はあまり出てこない。
バルディアという辺境にいるからこそ色々な動きができる反面、帝都の状況や貴族達の動向はどうしても一歩遅れている感じがするなぁ。
今後、第二騎士団特務機関所属の子達を数名は帝都に駐在させておくべきかもしれない。
「大まかな話は理解した。だが、それなら当家ではなく、グレイド辺境伯のケルヴィン家でも良かったのではないか」
父上が訝しむと、アーウィン陛下が首を横に振った。
「残念だが、ケルヴィン家は中立と言っても考え方は『革新派』に近い。それに、適齢の令嬢もおらんからな」
「どうしてそこまでキール殿下の婚約を急ぐのでしょうか。恐れながら、もう少し年齢を重ねてからでも遅くはないかと存じますが」
僕が首を捻って尋ねると、マチルダ陛下が眉間に皺を寄せた。
「……少し厄介な動きがあるのです」
「厄介な動き……ですか」
聞き返すと、マチルダ陛下が「えぇ」と頷いた。
「ベルルッティ侯爵が養女として迎えたマローネという少女です。侯爵があちこちの有力貴族達との会食に同行させ、将来を見据えた根回しをしているのですよ。幼いながら、その器量と不可思議な魅力で有力貴族達の評判も良いようです。今のまま年齢を重ねれば、キールの婚約者候補として台頭してくるでしょう」
マローネという名前を耳にして、背筋に悪寒が走った。
彼女とは僕も何度か話したことがある。
察しも良くて、マチルダ陛下の言うとおり不可思議な魅力を持つ少女だ。
何より彼女は、『ときレラ』に出てくるメインヒロインの可能性が高い要注意人物でもある。
間接的とはいえ、まさかこんなに早い形で僕の周りに影響を与えてくるとは想像もしていなかった。
予想通りというべきか、彼女はやっぱり只者ではないようだ。
「でも、彼女は孤児院出身で身分は元平民だったはずです。婚約者候補として、その点は問題ないのでしょうか」
前世の世界では、身分差によって結婚ができないということはほとんど無かったけど、今僕が生きている世界は貴族と平民という明確な身分がある。
帝国の皇族ともなれば、身分差は厳格ではないだろうか。
「さすがに直接の平民と皇族ともなれば、難しいだろう」
アーウィン陛下は肩を竦めると、真剣な表情を浮かべて身を乗り出した。
「だが、マローネは幼くして侯爵家の養女となっている。このまま器量と才覚さえ認められれば、皇族との婚姻は将来的に認められる可能性は高い。過去には、同じような例で元平民が皇族の妻になったことも少なからずあるのだよ」
「陛下の仰る通りです」
マチルダ陛下は相槌を打ち、「加えて……」と切り出した。




