交差する思惑
「……魔力枯渇症の後遺症を考えての発言ではありません」
「なるほど。しかし、『後継者問題』を否定はされないのですな。もし、キール殿下とメルディ殿が婚姻した場合、リッド殿に万が一のことがあれば……現状の帝国法に則るとバルディア家の後継者はキール殿下となるはずです。この点もお間違いありませんかな」
マチルダ陛下は口元を扇子で隠したまま眉間に皺を寄せているが、返事をしない。
僕に万が一のことがあった場合……か。
ベルガモット卿は、たらればの話をしてどういうつもりだろう。
首を捻ってそれとなく周りを見渡せば、貴族達の目の色が変わっていた。
主に『革新派』と呼ばれる人達みたいだけど、保守派のグレーズ公爵も興味深そうに成り行きを見守っているみたいだ。
バルディアの利権を奪うため、僕の命でも狙おうっていう輩でもいるのかもしれないなぁ。
帝都に来る途中で父上と行ったやり取りが脳裏に蘇るなか、ベルガモット卿が咳払いをして耳目を集めた。
「沈黙は肯定と受け取らせていただきましょう。皆様、マチルダ陛下の仰った帝国の未来と安寧を願い、キール殿下とメルディ殿の婚約に同意する皆様からは大きな拍手をいただきたい」
演技掛かった仕草でベルガモット卿が一礼すると、あちこちの貴族達から拍手がちらほら鳴り始め、あっという間に拍手喝采となった。
「ふむ。この場に居るほぼ大多数の皆様は、お二人の婚約。マチルダ陛下の意見に賛成のようですな」
「お待ちください」
僕が流れを遮るように声を上げると、ベルガモット卿が眉間に皺を寄せてこちらを睨んできた。
このまま、お前の好きなようにさせてたまるものか。
「なんでしょうか、リッド」
マチルダ陛下が扇子で口元を隠したまま、視線をこちらに向けた。
「恐れながら申し上げます。様々な意見が出ております件、第二皇子であらせられるキール殿下はどうお考えなのでしょうか」
僕は両陛下の傍に控えるキールを見つめると、今度は横目でベルガモット卿を一瞥する。
「先程からベルガモット卿の仰ったことをまとめれば、皇位継承権を持っておられるキール殿下を万が一に備え、バルディア領の後継者にすべきと仰せのようです。しかし、両陛下ならいざ知らず、ベルガモット卿がこの場で先陣切ってお話になるのは少々不敬ではないでしょうか」
そう告げるとベルガモット卿が一瞬だけ決まりの悪い顔になるが、すぐに笑みを浮かべて首を横に振った。
「……これは、とんだ言い掛かりですな。私は『マチルダ陛下』の仰った言葉の真意を確認するため、発言したまでのこと。決して、両陛下や殿下への敬意は欠いておりませんぞ」
「ベルガモット卿。失礼ながら、それを決めるのは貴殿ではありません。両陛下と名前を出されたキール殿下でありましょう」
あえて目を細めて微笑み返すと、ベルガモット卿が唖然として目を瞬いた。
その時、謁見の間に皇帝陛下の豪快な笑い声が轟く。
「いやはや、ベルガモット。これはリッドに一本取られたな。貴殿がどう言おうが、不敬とするかどうかは、確かに我等が判断することだ。今回は、少々口が過ぎたな」
「……確かに、出過ぎた真似だったようです。申し訳ありません」
ベルガモット卿が悔しげに深く頭を下げると、皇帝陛下は視線を変えた。
「キール、お前は今の話をどう感じた。素直に申してみよ」
「……そうですね」
彼は相槌を打ちながら僕と父上、ベルガモット卿と貴族達を見回した。
「あくまで議論に過ぎません故、ベルガモット卿に非はないでしょう。それに、今のやり取りを『不敬』とすれば、今後の会議で皆が意見を出すことを躊躇してしまいます」
キールはそう言うと、意味深な視線を一瞬だけこちらに向けてから微笑んだ。
「ちなみに、私は皇位に興味はありません。従いまして、帝国の未来と安寧のために必要なら、バルディア家のご令嬢こと『メルディ・バルディア』殿との婚約は喜んで引き受けます。彼女の姿も母上から渡された肖像画で何度か拝見していますからね」
「え……」
メルの……肖像画だって。
そんなのもの、いつの間に手に入れたんだ。
そもそも、キールとは何度か手紙のやり取りをしている。
でも、そんな話は彼から一度も聞いたことがないし、今回の両陛下との事前の打ち合わせでもなかった。
呆気に取られてマチルダ陛下を見やれば、彼女は扇子で口元を隠したまま視線を泳がせる。
『マチルダ陛下はやばいです。危険です』
ふいにクリスが初めて帝都に出向いて、僕宛の手紙に書いていた言葉が思い起こされた。
そうか、彼女が言っていたのはこういうことだったのか。
明確な意図はまだわからないけど、マチルダ陛下は最初から今回の会議でキールとメルディを婚約させる流れを作るつもりだったのだろう。
もしかすると、ベルガモット卿の発言も折り込み済みだったのかもしれない。
「ほう、そうであったか。ならば、ライナー。急な話で悪いが、キールとメルディは婚約させたいと思うが問題ないかな」
全て承知の上だろうに皇帝陛下は顎をさすり、素知らぬ顔をしている。
「……狸と女狐め」
隣にいる僕でも微かにしか聞き取れない小声で父上は吐き捨てると、畏まって頭を下げた。
「キール殿下と我が娘がご縁を頂けるとのこと。身に余る光栄なお話であります」
「うむ、決まりだな」
「陛下、少しよろしいでしょうか」
「む、どうしたのだ」
皇帝陛下が聞き返すと、マチルダ陛下は目を細めて笑った。
「いえ、折角婚約したのです。ライナー達がバルディア領に戻る際、顔合わせを兼ねてキールを同行させては如何でしょう」
「なるほど。それは良い考えだな」
「……少々お待ちください。現在、バルディアでは戦の事後処理にようやく一段落ついたばかり。今後のことを考えれば、私自ら狐人族の領地に出向く必要もございます。従いまして、キール殿下の来訪は大変光栄ですが、時期を改めて頂きたく存じます」
二人のやり取りも、父上が咄嗟に声を上げた。
しかし、すぐに「良いではありませんか」とグレーズ公爵の声が轟く。
「バルディア領には『型破りな風雲児』こと、リッド・バルディア殿がいらっしゃいます。彼に、狐人族の領地に出向いてもらえば良いではありませんか」
「馬鹿なことを申すな。狐人族の領地はまだ混乱の最中にあるのだぞ」
父上が凄むが、グレーズ公爵は不敵に笑った。
「だからこそですよ。『帝国の剣』と讃えられるライナー辺境伯が直接出向けば狐人族……いえ、ズベーラ国自体が構えましょう。ならば、今回の戦で『型破りな風雲児』と名を馳せたリッド殿が出向いたほうがよろしいでしょう」
「確かに、グレーズ公爵の仰るとおりですな」
わざとらしく相槌を打ったベルガモット卿は、嫌な笑みを浮かべて躍り出た。




