ベルガモット・ジャンポールとの舌戦
「発言を許可していただきありがとうございます。それではまず最初に、我が父であるベルルッティが体調不良のためこの場に参列できなかったことをお詫び申し上げます」
ベルガモットが演技掛かった仕草で一礼する。
ベルルッティ侯爵がこの場に居なかったのはそういうことか。
合点はいったけど、あることが気になって僕は小声を発した。
「父上、ベルルッティ侯爵はお幾つになるのでしょうか」
「確か、五〇代半ばぐらいだったはずだ。それがどうかしたのか」
「いえ、体調が優れないということでしたから意外とご高齢なのかと思いまして」
ベルルッティ侯爵と以前会った時の見た目は四十代後半から五〇代前半の印象を受けたけど、間違っていなかったみたいだ。
医療が発展途上のこの世界において、ベルルッティ侯爵は高齢の部類に入るのかもしれない。
「さて、早速本題をお伺いさせていただきますが、ライナー殿に一つ確認させていただきたい」
ベルガモット卿は顔を上げると、目を細めて笑った。
「……なんでしょう」
父上は訝しんで鋭い視線を向けるが、彼は動じない。
「失礼ながらライナー殿は、今後において『側室』を検討しておりますかな」
「側室だと、馬鹿な。私は、妻のナナリーさえいれば十分だ。ベルガモット卿、発言の意図次第では、私と妻に対する侮辱と受け取るぞ」
「いやはや、これは失敬。気分を害したのであればお詫びしましょう。しかし、そうなるとマチルダ陛下の仰った『帝国の発展と安寧の未来のため』、キール殿下とメルディ殿を婚約させるというのは実に合点がいくお話ではありませんか」
謁見の間の注目を浴びるも意に介さず、ベルガモット卿は肩を竦めておどけるとわざとらしく両腕を広げた。
「私の発言について、何の『合点』がいったのでしょうか。ベルガモット」
マチルダ陛下が扇子で口元を隠しながら訝しむと、彼は不敵に口元を緩めた。
「いえいえ、私なりにマチルダ陛下の言葉の裏を考えてみたのです。陛下の仰った通り、バルディア領の発展は著しく、新たな技術を次々と生み出している。今後、帝国が更なる発展をしていくための重要な領地となることは間違いないでしょう。しかしそれ故に、今後において一つの懸念材料があることに気付いたのでございます」
「……今後、我が領地にどのような懸念材料があるとお考えなのでしょう」
僕が聞き返すと、ベルガモット卿は少しの間を置いてこちらを意味深に見つめた。
「お答えする前に、リッド殿に伺いたい。貴殿は、いまお幾つかな」
「八歳ですが、来月には九歳になります。しかし、それが懸念材料と何の関係があるのですか」
何が言いたいのかわからない。
さすがの僕も不快感で眉間に力が入った。
「ベルガモット卿、もっと簡潔に言ってくれ。貴殿は何が言いたいのだ」
アーウィン陛下が首を捻ると、彼は畏まった。
「前置きが長くなり申し訳ありません。私がお伝えしたかったことは、バルディア領の後継者問題でございます」
ベルガモット卿の発言に貴族達からどよめきが起きる。
「何を馬鹿な。バルディアの後継者は、ここにいるリッド・バルディアに他ならない。正気を失ったか、ベルガモット卿」
父上は声を荒らげて鬼の形相を浮かべた。
さすがの彼の少し怯む様子を見せるが、戦慄を楽しむように口元を緩める。
「私は至極真っ当のことを言っているつもりですよ。まず、後継者と言ってもリッド殿はまだ八歳。今後、五体満足に成人してバルディアの後を継げるかどうかなど誰にもわからぬことです。未来は誰にも予測できませんからなぁ」
ベルガモット卿はそう言うと、視線の矛先を父上から変えた。
「サンドラ準伯爵に伺いたい」
「……なんでしょうか」
唐突に振られ、サンドラは困惑しながら訝しむ。
「魔力枯渇症を発症してかつ完治した者の後遺症について、何か分かっていることはあるのかな」
「後遺症……ですか。いえ、まだその辺りは調査中ですので今後明らかになっていくかと存じます」
サンドラが首を捻ると、ベルガモット卿はしたり顔で「なるほど」と大きく頷いた。
「やはりそうでしたか。ということは、子を産めぬ体になっている可能性も十分に考えられるということですな」
「な……」
あまりに突拍子もない発言に僕達が呆気に取られるなか、彼は両陛下と貴族達に語りかけるように言葉を続けていった。
「先程、ライナー殿は『側室』を取るつもりないと言われました。失礼ながら、もしも『魔力枯渇症』の後遺症によって子を授かれない、となればです。後継者はリッド・バルディア殿、ただお一人。そして、万が一にでもリッド殿に何かあれば、メルディ・バルディアの夫となる者が後継者になるということ。これは先送りして良い問題ではありません」
「お、お待ちください」
サンドラが声を上げた。
「魔力枯渇症の後遺症は、申し上げた通り調査中の段階です。それに、薬を服用した者の体調は日に日に良くなっております故、子供を授かれないという判断は早計過ぎると存じます」
「ほう。ならば、その『根拠』は示せますかな」
ベルガモット卿は不敵に笑いながら、サンドラに詰め寄っていく。
「魔力は生命力を源にしたものであり、誰でも保持しているものです。魔力枯渇症は、その魔力が患者の中から消えていき、やがて死に至る病。そして、女性が子を授かり、育み、産むということ。これもまた、必要なのは生命力に他なりません。従いまして、私は客観的に後遺症をもたらす可能性があるのでは、と申しているのです。違うというのならば、事実に基づいた『根拠』をお示しください」
「ぐ……」
サンドラは一瞬だけかみつぶしたような表情を浮かべるが、即座にベルガモット卿を睨み返した。
「現時点で否定できる根拠はありません。しかし、魔力枯渇症にどのような後遺症があるかは調査中なのです。憶測や推測で判断して良いことではありません」
「なるほど、なるほど。サンドラ準伯爵の仰ることもわかります。ですが、否定できる根拠が示せない以上、大丈夫だろうという思い込みは危険ですな。希望的観測で判断して良いこともありません」
「ベルガモット卿、黙って聞いていれば好き放題言ってくれる。我が妻をどこまで愚弄するか」
父上が鬼の形相でベルガモット卿に詰め寄った。
でも、彼は肩を竦めておどけると、真っ向から凄む。
「気分を害したなら、いくらでもお詫びしましょう。しかし、これは愚弄ではありません。客観的事実から最悪の可能性を考え、国のため未来のため、あえて申し上げているのです。ライナー殿、バルディア領は両陛下とここにいる貴族の皆様、誰もが注目する領地となっているのですぞ。リッド殿が五体満足に成長し、貴殿の後を継げれば問題ないでしょう。ですが、それまであと十数年かかるのです。その間、バルディア領は更なる発展をしていくでしょう。そして、リッド殿に万が一のことがあった際、バルディア領の後継者問題が起きれば、帝国を二部するような大問題に発展することは想像に難くありません。故に、現時点でキール殿下とメルディ殿の婚約させておくべきだと……マチルダ陛下はそうした意図で仰った。違いますかな」
捲し立てたベルガモット卿は不敵に目を細め、視線の矛先を変えた。




