戦局を左右した薬
関係が最悪となったバルディア家とグランドーク家。
両者の関係改善を願い、当家にやってきたアモン・グランドークとシトリー・グランドーク。
彼等の言葉に嘘はなく、わずかながら平和的解決の糸口が見えた。
当初はそう思えた会談だったが、部族長でもあるアモンの父ガレス。
彼からの親書を父上が確認してから事態は急変する。
親書の内容は、『宣戦布告』だったからだ。
ガレスは平和的な解決など最初から臨んでおらず、全てはバルディアに侵攻するため口実。
アモンとシトリーは、父上と僕を足止めするための捨て駒にされたのだ。
同時期、バルディア家が管理するズベーラとの国境地点にある『狭間砦』にガレス・グランドークが狐人族の軍を率いて侵攻を開始していた。
事の次第を把握したアモンは、自身の置かれた状況と狐人族の未来を憂い、絶望し激高する。
彼は現状のグランドーク家に見切りを付け、決起することを決意し、父上と僕に助力を願い出た。
バルディア家としても、グランドーク家を根本から変えるしか問題解決にならないと判断。
ガレス・グランドークによる侵攻を返り討ちにした上、アモンを部族長とするべく戦略を練ってこれを実行。
マルバス・グランドークが率いる前線の敵軍勢を魔法が得意な第二騎士団によって狭間砦に引き付け、父上とアモンが敵本陣のガレス・グランドークに奇襲を掛けた。
僕は、敵軍勢で一番厄介な存在のエルバ・グランドークの足止めを行う。
ガレス、エルバに続いて強力な存在の『ラファ・グランドーク』には前日の夜にアモンが調略を掛けていた。
この際、彼女からは形勢が決まるまでは軍勢を動かさないという密約を結んだ。
正直、この調略が無ければ狭間砦の戦いは負けていた可能性が高い。
様々な戦略と騎士や傭兵達の尊い犠牲によって、バルディア家はアモンと共にガレス・グランドークの討伐を成功させた。
「……以上が、狭間砦の戦い至るまでと勝利までの全容でございます」
父上が頭を下げると、謁見の間にいる貴族達から感嘆して唸るような声が聞こえてくる。
今の説明には、表向きには伏せたところや誇張した部分がある。
特に、アモンと結んだ密約を伝えるのは皇帝皇后陛下だけで問題ない。
知られると、やっかみで面倒臭いことになりそうだからね。
でも、今回の説明はこれだけに止まらない。
「なるほど。伝え聞く情報と噂に違わぬ、素晴らしい働きであったな。しかし、ガレスが率いた狐人族の軍は六万を超えていたと聞く。対して、ライナー。お前達が率いた騎士団は、傭兵や民兵を合わせても九千弱だったそうだな。戦略や奇襲以外に、何か特別なことを用いたのではないか?」
アーウィン陛下が素知らぬ顔で尋ねると、父上は「仰る通りです」と切り出した。
「実は、今回の勝利は私の妻であるナナリーが煩っている病。魔力枯渇症を治療するため、バルディア領で独自に研究と開発をしていた薬の副次的な効果が大いに貢献しております」
「魔力枯渇症は、まだ治療法が見つかっていない死に至る病だったはず。ナナリーがその病に冒されていたとは初耳だな」
「申し訳ありません。妻、ナナリーの希望もあって床に伏せていることや病名は公にはしておりませんでした。今は、開発に成功した二つの薬の効果によって体調が徐々に回復しているところでございます」
貴族達から驚きの声が漏れ聞こえてきた。
不治の病とされた病気の一つが治療できる可能性が出てきたんだ。
当然の反応だろう。
なお、母上が魔力枯渇症であることは、バルディア家の関係者でも知る人はかなり限られている。
父上が情報を漏らさないよう徹底していたみたいだし、外部となれば知る人は皆無だろう。
「なるほど、それは素晴らしい知らせだな。して、ライナー。魔力枯渇症の薬に、どのような副次的な効果があったのだ」
「最初に開発した薬なのですが、これは病を完治させる力はありませんでした。しかし、魔力枯渇症の症状を軽減には成功しております。つまり、魔力を回復させるという効果が確認できたのです」
謁見の間にいる貴族達からどよめきが起き、興奮した様子で一人の女性が躍り出た。
彼女の肩までかかる髪は七割程度が煌びやかな金髪で、残りの三割は光沢のある黒髪だ。
鋭い目の奥には薄い水色の瞳が輝き、マチルダ陛下に引けを取らない豪華絢爛で個性際立つドレスを着こなしている。
「魔力を回復させる効果ですって。そんなことあり得ませんわ。魔力回復薬は今も各国が作りだそうとしている薬ですよ。魔法、魔力、薬学の知識に浅い者。ましてや国でもない、たかが一貴族の研究で作れるようなものではありません」
「そうです。グレーズ公爵の仰る通りですぞ」
合いの手を入れるようにローラン伯爵が声を上げるが、彼女は眉間に皺を寄せて凄んだ。
「誰が貴殿の発言を求めましたか。公爵である私の言葉を遮るなど無礼でしょう。伯爵如きは黙っていなさい」
強烈な一喝が謁見の間に響き渡って静寂が訪れる。
彼女は帝国の建国から存在するラザヴィル公爵家の現当主、グレーズ・ラザヴィル公爵だ。
ラザヴィル公爵家は数ある貴族の中でも、特に魔法の扱いと知識に優れているらしい。
なお、彼女のことは帝国貴族を学んだ時に要注意人物と習っている。
グレーズ公爵は帝国貴族の派閥における保守派に属しているそうだけど、帝国純血主義者の筆頭らしく、過激な言動が堪えないらしい。
「で、出過ぎた真似を致しました。申し訳ありません」
ローラン伯爵がバツの悪い顔を浮かべて彼女に向かって一礼する。
でも、彼女が先程した発言、僕は聞き捨てならなかった。
「グレーズ公爵、恐れながら申し上げたきことがございます」
畏まって尋ねると、彼女は嬉しそうに目を細めた。
「ほう、何処ぞの者と違ってしっかりと身分をわかっているようですね。何でしょう」
「僭越ながら申し上げます。父と私は、魔力枯渇症に苦しむ母を救うため必死に治療薬を開発するべく奮闘していました。それを『たかが』と称するのは、公爵とはいえ些か言い過ぎではありませんか」
「言い方はどうあれ、一貴族が作れるようなものではないことは事実ですわ。それを申し上げたまでのことですから、決して言い過ぎではありません」
感情を抑えて冷静に告げるが、彼女は呆れ顔で肩を竦めておどけてみせる。
「二人共そこまでだ」
アーウィン陛下はこの場の耳目を集めると、咳払いをした。
「ライナーやリッドの心境を考えれば、グレーズの言い方に少し配慮が足りていなかったことは否めん。しかし、各国が総力を挙げて作ろうしていた薬を一貴族の研究のみで開発に成功した。これが容易ではないことも、事実だ。ライナー、成功の裏には何か特別なことでもあったのか」
「はい。魔力回復薬の開発成功には、とある女性の力が大きく関わっております。その者を扉の外で待たせております故、陛下にご紹介させていただいてもよろしいでしょうか」
「それは面白い。是非とも会わせてもらおう」
陛下達が前のめりに頷くと、謁見の間の扉がゆっくりと開いていく。
そこには、僕もよく見知った人物が畏まっていた。
彼女は足を進めて父上の横に並ぶと、陛下を真っ直ぐに見つめてから一礼する。
「アーウィン陛下、大変ご無沙汰しております。サンドラ・アーネストでございます」




