戦果報告
バルストで奴隷として売られた獣人族の子供達。
遡れば、彼等を保護したことが発端となった今回の騒動。
しかし、バルディア家は帝国はもとより、バルスト、ズベーラという各国の法に照らし合わせ、合法的に彼等を保護した経緯。
当家に落ち度がなかったことを、父上は順を追って改めて説明する。
グランドーク家との関係悪化は、バルディア家の工房が狐人族で構成された組織的な部隊の襲撃事件に始まった。
襲撃犯達が狐人族の領地に逃げ込んだことから、バルディア家は犯人達の身柄確保と事件解決に向けた協力を依頼。
だが、彼等はこれを拒み、むしろ原因は『獣人族の子供達を奴隷として扱うバルディア家にある』としたことから、急激に関係が冷え込んだ。
狐人族を治めるグランドーク家の揚げ足取りのような突拍子もない言い掛かりに、バルディア家は根気良く交渉による平和的解決を望むが、先方は耳を貸さない。
グランドーク家は一方的にこちらを悪と決めつけ、当初から武力衝突を辞さない構えを見せており交渉は難航。
そうした中、グランドーク家は国境付近に軍を展開し、悪戯に緊張を煽った。
そして、新たな事件が起きる。
狐人族の過激派なる者達が、バルディア家と繋がりの深いクリスティ商会の商団を襲撃。
代表のクリスティ・サフロンを始めとする関係者に加え、同乗していたメルディ・バルディアを拉致。
また、事件発生当時、バルディア家が商団に貸し出していた木炭車の所在は未だ不明となっている。
これにより、両家の関係悪化は決定的となってしまった。
さらに付け加えると、クリスティ商会は、アウグスト・ラヴレス公爵から親書をもらい、商談を行うために帝都に向かっていたのだが、この『親書』が巧妙な『偽物』であったことが判明。
ラヴレス公爵家は現皇后マチルダ陛下の実家であり、マグノリア帝国の建国から存在する名家だ。
つまり、『狭間砦の戦い』には由緒正しい帝国の上位貴族が巻き込まれていたことになる。
バルディア家がグランドーク家に敗退し、かつこの親書の件が公になれば、ラヴレス公爵家とマチルダ陛下の立場は相当に悪くなっていたかもしれない。
おそらく、両陛下とラヴレス公爵家には父上が事前に報告済みだろうけど、一般にはまだ公にされていない情報だ。
初めて聞かされたであろう貴族達は、事の重大さを知って表情がより厳しくなった。
アーウィン陛下も場に合わせるように難しい顔を浮かべている。
「それが本当であれば、由々しき事態だ。ライナー、裏は取れているのであろうな?」
「勿論です。リッド、例の物を、陛下へ」
「畏まりました」
僕は懐から『封筒』を取り出すと、両陛下の前に出て手渡した。
「……ラヴレス公爵家の紋章が入っているな」
「えぇ、本当ですね。私もよく見知ったものです。おそらく、本物でしょう」
まじまじと見つめると、アーウィン陛下は貴族達へ視線を変えた。
「アウグスト公爵。貴殿もこちらで確認してくれ」
「承知しました」
低い声が響くと、細いが目力のある青い瞳を持ち、少し色あせた金髪をオールバックにまとめた壮年の男性が前に出てくる。
あれが、『アウグスト・ラヴレス公爵』か。
彼をこうして間近に見るのは初めてだ。
アウグスト公爵は、アーウィン陛下から封筒を受け取り、丁寧に紋章と中身を確認する。
「間違いなく、ラヴレス公爵家のものです。加えて言うなら、筆跡も私とよく似せています。もし、これが届いたのであればまず偽物とは思いますまい」
アウグスト公爵が忌々し気に答え、陛下に手紙を返すと貴族達がざわめいた。
帝国貴族が陰謀に巻き込まれ、利用されたという確固たる証拠だと認められた瞬間だ。
「この手紙自体は本日初めて拝見しましたが、事前にこの件はライナー辺境伯より聞き及んでおりました。従いまして、当家では屋敷で働く者達の身辺調査を行っておりますが、今のところ怪しい者は見つかっておりません」
「そうか。では、アウグスト公爵。何か分かれば、すぐに私達に教えてくれ」
「勿論でございます」
アウグスト公爵は陛下に向かって一礼すると、僕達に振り返った。
「ライナー辺境伯、リッド殿。私の監督が至らぬばかりに、貴家へ迷惑をかけた。申し訳ない」
「とんでもないことでございます。アウグスト公爵もいわば、被害者でございましょう。重要なのは、事件の全容解明です。どうか、お力添えとご協力をお願いいたします」
「うむ、勿論だ。ラヴレス公爵家の名を騙ったこと。必ず後悔させてみせよう」
父上が答えた後、二人は握手を交わす。
「リッド殿、貴殿にも迷惑をかけたな。何か困ったことがあれば言ってくれ。私でよければ出来る限り、力になろう」
「ありがとうございます。こちらこそ、よろしくお願いします」
アウグスト公爵は僕と握手して会釈すると、先程まで立っていた場所に戻って行った。
今のやり取りによって、グランドーク家とバルディア家の間で起きたことは二家だけの問題ではないことを、貴族達へ暗示したことになる。
この場では言わないけど、グランドーク家の裏には帝国貴族。
もしくは有力な帝国貴族と繋がる存在がいたはずだ。
彼等からすれば、『手紙』という物的証拠が僕達の手元に残っていたことは、大きな誤算の一つだろう。
周りをそれとなく見渡すが、顔色を変える貴族はいないようだ。
まぁ、この程度のことで発見できるとは考えていない。
だけど、『お前達の存在に、僕達は気付いているぞ』ということを伝えるには十分だろう。
「ラヴレス公爵家の紋章が悪用されたことは承知した。この件は帝国の威信と結束を揺るがす重大な事件故、今後も徹底的かつ慎重に調査していくつもりだ。マチルダも、それでよいな?」
「はい、陛下。私も手伝わせていただきましょう」
アーウィン陛下にマチルダ陛下が続くけど、彼女は妖しく目を細めながら扇子で口元を隠して貴族達を一瞥した。
彼女が発する異様な威圧感にさらされ、貴族達が息を飲む。
あれは、絶対に怒らせたらいけない人の目だ。
でも、意外と僕の身近にもあの手の人は多かったりする。
母上やファラとか……ね。
「さて、話が少し逸れてしまったな。では、ライナー。続けてくれ」
「畏まりました」
父上は会釈すると、グランドーク家の新たな使者としてバルディアにやってきた『アモン・グランドーク』の事へ話頭を転じた。




