再び帝都へ
木炭車が帝都に到着したのは月明かりが綺麗な夜だった。
バルディア邸では、執事のカルロがメイド達を連れて出迎えてくれる。
僕が此処に来るのは、数ヶ月ぶりだ。
「リッド。帝城には、明日の朝一で行くことになる。しっかり休んでおけ」
「畏まりました」
父上はそう言うと、「執務室に行く」と言って足早に進んでいった。
「リッド様。お久しぶりでございます」
背後から声を掛けられて振り向くと、バルディア邸のメイド服を着た鼠人族の少女が立っていた。
「久しぶり? あ、そっか。こうして、シルビアと直接会うのは数ヶ月ぶりだったね」
「はい。通信魔法ではよくお話させて頂いておりますが、お顔を拝見できたのはバルディア領以来です」
彼女は目を細めると、白い八重歯を見せて笑った。
シルビアは、第二騎士団所務機関情報局に所属する騎士団員であり、サルビアの妹で三姉妹の次女だ。
彼女の勤務地は此処、帝都のバルディア邸となっている。
通信魔法が使える人員を帝都に在中させることで、バルディア領との連絡。
帝都の情報を得られる利点は、非常に大きな価値がある。
父上が政務で帝都に出向いた際も、シルビアを介せば通話することも可能だ。
「でも、どうしてメイド服を着てるの?」
「あ、これはライナー様とカルロ様の指示です。帝都で第二騎士団の制服を着ていると、目立ってしまいますから。バルディア邸での私は、『メイド』としても働いています」
シルビアは、畏まって頭を下げた。
「ふふ。大分、様になりましたね」
傍に控えていたディアナは、彼女の言動に感心して笑みを溢している。
目の前にいるシルビアを含め、獣人族の子達がバルディア領にやって来たばかりの時、皆は礼儀作法、言葉遣いも知らない子がほとんどだった。
スラムのような場所で過ごしていた子達がほとんどだったみたいだから、当然ではあったけどね。
そんな彼等に、根気良く指導していたのがディアナを始めとしたメイド達だったから感慨深いのだろう。
「あ、ディアナ姐様。お久しぶりです」
「……その呼び方は止めるように伝えたはずです」
ディアナは眉をピクリとさせるが、シルビアは気にする様子もなく微笑んだ。
「えへへ。こっちでもカルロ様を始め、皆様から色々なことを学ばせてもらっていますから。でも、基本はディアナ姐様達に教えて貰ったおかげです」
「そうですか。では、今後も第二騎士団の名に恥じぬよう、礼節を磨きなさい」
「はい!」
シルビアの屈託のない返事に、ディアナは照れ笑いを浮かべている。
二人の微笑ましいやり取りに笑みを溢すと、僕は咳払いをした。
「じゃあ、シルビア。そろそろ部屋まで案内してもらってもいいかな?」
「畏まりました」
彼女は一礼すると、僕とディアナを先導するように歩き始めた。
「そういえば、今回はダイナス様のお姿が見えませんでしたが、後から来られるのでしょうか」
前を歩くシルビアの声に、僕は「いや」と切り出した。
「ダイナスはバルディア領で騎士団の再編で忙しくてね。今回は、ルーベンスが護衛を率いていたよ」
今回の帝都訪問、護送の騎士団を率いたのはルーベンスだ。
団長のダイナスは、領地に残って騎士団員の補充と再編をガルンと一緒に進めている。
バルディア騎士団の騎士になるには実力や人格もさることながら、他国の諜報員が紛れ込まないよう身元調査を行う必要もあるため、候補者は多くても選定するのに時間がかかるそうだ。
ただ、ダイナスの人の見る目は確からしく、父上はかなり信頼を置いているみたい。
騎士団長という肩書きは伊達ではないようだ。
「あ、そうでしたね。ルーベンス様は副団長になられましたもんね。じゃあ、ディアナ
姐様もそろそろご結婚されるのですか?」
「……何故、そういう話になるのです?」
「えぇ? だって、私達から見ていても、お二人の様子は歯がゆくて有名ですよ。気になって当然です」
ディアナは呆れ顔で返事をするが、シルビアは楽しそうに聞き返す。
「確かに、僕の目から見ても歯がゆくは感じていたよ。でも、進展があったんだよね?」
「え、本当ですか⁉」
僕の言葉に反応したシルビアが、足を止めて勢いよく振り返った。
「リッド様。まだ、詳細が何も決まっておりません。恐れながら、あまり吹聴しないようお願い申し上げます」
「あ、そっか。ごめんね」
軽く頭を下げると、ディアナは諦め顔でため息を吐いた。
「貴女もこの件は内密にしてください」
「はい、勿論です!」
シルビアが頷くと、ディアナは顔を少し赤らめて頬を掻いた。
「……一応、結婚は決まりました。ですが先程も言った通り、日程や詳細は決まっておりません。戦後処理や騎士団が落ち着いてから、改めて式を挙げるつもりです」
「おぉ、ルーベンス様。ようやく甲斐性を見せたんですね。おめでとうございます」
「一言余計です。でも、ありがとう。シルビア」
気恥ずかしそうにディアナが微笑んだ。
先日、バルディア領で行われた『戦死者追悼式典』。
その日の夜、ルーベンスは恋人となった場所にディアナを呼び出し、狭間砦で断られた求婚を改めて行ったそうだ。
ちなみに、この時のルーベンスはかなり積極的だったらしく、求婚と共にディアナを力一杯抱きしめたらしい。
『改めて言う。俺は、君が好きだ。君が欲しい。ディアナ、今度は受け入れてくれるまで君を離さない』
『ルーベンス……あの時はごめんなさい。でも、私も離れません』
『……⁉ あぁ、離しはしない』
『ずっと、一緒ですよ』
何故、二人のやり取りを知っているのか。
それは領内の警備を担当している特務機関の子達から、『詳細な報告書』が僕の下に挙がってきたからだ。
普段なら特務機関の存在に気付いたんだろうけど、二人は自分達の世界に浸かってしまったらしい。
特務機関の子達には、バルディア騎士団員であっても普段と違う不審な行動をした者は秘密裏に報告するよう言いつけてある。
確かに、報告書にあるルーベンスの行動は、今までとは違っていた。
まぁ、半分は特務機関の子達の悪ふざけだろうけどね。
特務機関の子達が巡回していた時、たまたま二人のやり取りを見てしまったという感じだろう。
報告書に初めて目を通した時、僕は口にしていたお茶を噴き出してしまった。
なお、ルーベンスとディアナの告白と熱い抱擁は、報告書にある最初のほんの一部である。
報告書に書いてあるその後の展開は、読んでいるこっちの顔が熱くなるほど相思相愛の模様が淡々と記載されていた。
特務機関には、意外と文才が優れている子がいるらしい。
何にせよ、報告書の事を二人に告げて事実確認をしたところ、ルーベンスとディアナの狼狽えようと言ったら凄かった。
二人はすぐに結婚することを認めたけどね。
「リッド様のお部屋はこちらになります」
「あ、もう着いたんだね。案内、ありがとう」
僕が部屋に入ると、彼女は扉の前で白い八重歯を見せて微笑んだ。
「リッド様、明日は色々と大変だと思いますが頑張ってください」
「……? うん、ありがとう」
「では、失礼します」
シルビアが会釈して踵を返すと、運んでいた荷物を室内に下ろしたディアナも退室する。
「それでは、私もこれで失礼します」
「うん。ディアナもありがとう」
一人となった僕は、「うーん」と体を伸ばした。
それにしても、シルビアが言っていた『色々と大変』ってどういう意味だろう。
帝城でする貴族や皇族とのやり取りのことかな? 考えを巡らせるが答えはでない。
というか、長旅の疲れで頭があまり回らない。
今日はもう寝よう。
そう思った僕は、寝間着に着替えてベッドに横たわるとゆっくり目を瞑った。




