知らなかった事実2
「ちょ、ちょっと待ってください、父上。国境を守る辺境伯が暗殺されたとなれば、帝国内外が大騒ぎに……」
ハッとして言い淀むと、父上が身を乗り出した。
「その通りだ。故に表向きは『不慮の事故』として処理されたのだ」
唖然とする僕に、父上は当時の状況を教えてくれた。
事件が起きたのは、父上と母上の婚約が正式に決まって間もない時期だったそうだ。
まだ皇太子だったアーウィン陛下の補佐業務していた父上に、ある日急報が入る。
国境付近に大規模な盗賊団が組織されるかもしれないという情報確認のため、祖父のエスターが祖母のトレットを同行させ視察に出向いたところ、現地で盗賊団との戦闘が発生。
視察団が安否不明となったというものだ。
国境付近の盗賊団についての情報は、当時のバルディア領が定期的に行っている調査では確認が取れておらず、真偽は定かではなかった。
しかし、国境付近には密入国者や他国との境目であることを利用した窃盗や強盗を働く者も一定数存在する。
そうした輩が集まり、組織的な盗賊団を形成する可能性はあり得ない話ではなかった。
エスターは情報の真偽を確かめるため、精鋭騎士、約四十名で構成された視察団を編成。
騎士団を見せつけ、威圧と抑制の意味を兼ねて現地に赴いたそうだ。
なお、祖母のトレットがこの視察に同行したのは、本人の意思だったらしい。
何でも、父上と母上がお見合いする時、祖父母も両家の顔合わせために帝都に訪問したが、その旅路が思いのほか楽しかったそうだ。
『簡単なものでも良いから、また一緒に出かけたい』というトレットの意思に、エスターが根負け。
同行を許可するに至ったらしい。
でも、それが不幸に繋がってしまう。
知らせを受けた父上は、急いでバルディアに戻ったそうだが、残念ながら二人とは無言の対面を果たすことになったそうだ。
祖父母の遺体は、盗賊団が用いたと思われる毒によって黒く変色しており、とても痛ましい姿だったらしい。
また、当時のバルディア騎士団団長のガヴェインとダイナスの同期で副団長だったグレゴリーという人物もこの一件で殉職したそうだ。
悲しむ間もなく、執事のガルンより驚愕の事実が告げられる。
視察団が繰り広げた激しい戦闘跡地に残された盗賊団の亡骸の数は、百人を優に超えていたことだ。
通常の盗賊団であれば、せいぜい五十名前後である。
百人を超える盗賊団となれば、必ずその兆候が騎士団や領民によって確認され、帝都にいたライナーの耳にも届いたはずだが、事前情報は誰も掴めていなかった。
この事実は、視察団を狙った組織的かつ計画的な犯行を示唆しているものだ。
父上はすぐに捜査を開始。
有力な手がかりを持っているであろう盗賊団の生存者を突き止めるが、その人物はバルストで自刃している状態で見つかって、父上は臍を噛んだという。
「……そんなことがあったんですね」
「うむ。だが、話はまだ終わっておらん」
「え……?」
首を傾げると、父上は眉間に皺を寄せて口火を切った。
「この事件の数ヶ月後。ナナリーの父である『トリスタン・ロナミス伯爵』が心臓発作で急死した。しかし、トリスタン殿も私の両親同様、暗殺された可能性が高い」
「えぇ⁉ で、でも、どうして心臓発作ではなく暗殺だとわかったのですか?」
「理由は二つある。一つ目は、トリスタン殿が飲んでいた薬が何者かの手によって別の物にすり替えられていた。後の調査で健常者なら接種しても問題ないが、心臓病を抱える者にとっては毒であることが判明している」
「な……⁉」
驚愕のあまり、開いた口が塞がらなかった。
ロナミス伯爵家のことは、母上と帝国貴族の授業で少し教わった。
伯爵家ではあるけど、帝国の建国時から存在する由緒正しい貴族であり、発言力や影響力を持った有力貴族だったはずだ。
母上がバルディア家に嫁いだ後、後継者問題を解決する前に当主の『トリスタン・ロナミス』が急死。
ロナミス家が管理、保有していた領地や屋敷は皇族預かりとなったらしいけど、まさか暗殺されたなんて考えこともなかった。
「二つ目の理由は、トリスタン殿が生前言っていたある言葉だ」
「言葉……ですか?」
「あぁ、トリスタン殿はな、いずれ私に話したいことがあると言っていた。ナナリーにもそれとなく聞いてみたが、その件に心当たりはないらしい。遺書も無かったことから、自殺という可能性は限りなく低いだろう」
車内に重い沈黙が流れ、木炭車の駆動音が淡々と響いている。
「……その後、犯人は?」
尋ねると、父上は苦虫をかみつぶしたような表情で首を横に振った。
「残念ながら犯人達に繋がるものは掴めておらん。いや、正確には表に出るようなことをしなくなったというべきかもしれんな」
「騒ぎが沈静化するまで、犯人達は身を潜めた……ということでしょうか?」
「うむ。帝国の有力貴族の当主を二人も暗殺したのだ。当時、あれ以上の動きをすれば何処からか足が着くと考えたのかもしれん。推測だが、私の両親とトリスタン殿を暗殺したのは同じ者。もしくは同一組織の指示だろう」
そう言うと父上は、「そして……」と凄みながら切り出した。
「今回の一件。ガレス達の背後にいた者達は、当時の奴らと同じ組織だろう」
車内の空気が刺すような雰囲気となり、僕は息を飲んだ。
「理由を伺ってもよろしいでしょうか?」
「実行犯が動きやすいよう用意周到に事を進めておきながら、自らの姿や名前は表に出さない。そんなことが出来る人物など、そう数がいる者ではない。それに、当時と少し状況が似ている」
「そう申しますと?」
「私の両親とトリスタン殿が暗殺された理由だ。私は、それをずっと考えていた。だが、今回の一件。ローブという輩の発言ではっきりしたと言えるだろう」
ローブという輩の発言とは、ついさっき父上に伝えた内容だ。
メルの前で、エルバとローブが行ったという会話。
その中で特に印象的なのは、『約束が違う』というローブの発言。
そして、エルバの『今はまだ渡せない』という言葉だろう。
このやり取りは、彼等が以前から連絡を取り合い、ある条件下で協力関係にあったことを示唆している。
「敵の狙いは母上とメルだったと仰りたいのですか」
聞き返すと、父上は「そうだ」と頷いた
「当時、私は婚約して間もなかった。私は両親の死で急遽辺境伯となり、手一杯になっていたからな。ナナリーやトリスタン殿の気持ち次第では、婚約解消の恐れもあった」
婚約解消と言われてハッとする。
先方の両親が急死したという状況では、婚約を見直す可能性は十分にある話だ。
だけど、僕という存在があるように、そうはなっていない。
祖父母を暗殺した者達の目論みが父上の言う通りだと仮定すれば、その読みは外れたことになる。
「でも、そうなるとトリスタン殿はどうして暗殺されたのでしょうか」
「おそらく、彼が私に話そうとしていたことが関係しているのかもしれん。私の両親を暗殺したことで、ナナリーを手中に収めるつもりが当てが外れた。故に、何かしらの秘密を知るトリスタン殿を口封じ、もしくは意趣返しで暗殺した……推測の域はでないがそんなところだろう」
告げられた事実に返す言葉が見つからず、車内に再び沈黙が訪れる。
父上は深呼吸をして、再び切り出した。
「そして、今回の戦で奴らが狙っていた標的は、私とリッドの命だ」
「……⁉」
ぞくりと背中に悪寒が走った。
「私達が敗れて『戦死』となった場合、ナナリー、メル、ファラ達の身柄はガレスとエルバの手に落ちていた可能性が高い。その時、奴らと裏で繋がっているローブの『約束』が果たされる手筈だったのだろう」
「つまり、そのローブの先にいる人物こそが、エルバの言い残していた『獅子身中の虫』だということですね」
「うむ、そう考えて間違いないだろう」
なんてことだ。
エルバと繋がっていた人物が、まさか僕の祖父母の死にも関係している可能性があるなんて想像もしていなかった。
いや、というか僕の家系って、暗殺や断罪とか陰謀に巻き込まれやすい血筋なんだろうか。
「何にしてもだ。ここ数年、身を潜めていた帝国内に巣くう何者かが動き始めたということになる。奴らがナナリーとメル。そして、我等の命を狙うということであれば、これはバルディア家の存続を懸けた戦いになっていくだろう。今以上に、気を引き締めていかねばならんぞ」
「畏まりました」
父上の問い掛けに、決意を新たに頷いた。
断罪から領地と家族を守るため、領地を発展させるべく頑張ってきた。
でも、それだけじゃどうやら駄目らしい。
帝国に渦巻く陰謀は、僕が想像してたものよりずっと大きく、どす黒いようだ。
だけど、絶対に負けない。僕がバルディアを守って見せる。
そう思った時、とある人物の顔が脳裏に浮かんだ。
「父上。あの、質問してもいいですか」
「どうした」
「エルバと繋がっている黒幕って、ベルルッティ侯爵でしょうか?」
帝国の革新派を率いるベルルッティ・ジャンポール侯爵。
彼ほどの影響力や発言力があれば、今回の事も可能かもしれない。
父上は眉をピクリとさせ、首を横に振った。
「……かもしれんが、確証は何もない。ラヴレス公爵家、エラセニーゼ公爵家、ケルヴィン辺境伯家、それ以外も含めた貴族全てに黒幕の可能性はある。先入観を持てば、足下をすくわれる危険もあるからな。警戒はしても、断定はしないのが懸命だろう」
「承知しました。それと、トリスタン殿が話そうとされていたことですが、何か手がかりはないのでしょうか?」
数年間、父上は事件のことをずっと調べていたと言っていた。
犯人に繋がる情報は得られなくても、トリスタン殿がいずれ伝えようとしたことについてはわかったことがあるんじゃないだろうか。
そう思って尋ねたんだけど、父上は少しの間を置いて首を横に振った。
「残念ながら、その件についても何も得られておらん。勿論、今後も調べていくつもりではあるがな」
父上はそう言うと、僕の頭に手を置いた。
「色々話したが、そう案ずるな。必ず、私がお前達を守ってみせる」
「ありがとうございます、父上。でも、『僕達』で皆を守っていきましょう」
「ふふ、そうだな。お前にはこれからも期待しているぞ」
「はい。お任せ下さい」
笑みを溢す父上と、僕はその後も打ち合わせを続けていく。
そして、この場の話は改めて他言無用と厳しく口止めされた。




