知らなかった事実
戦死者追悼式典から数日後。
帝都に向かう大型木炭車の車内、酔い止めの薬を頬張りながら僕は父上と打ち合わせを行っていた。
内容は帝都で両陛下と帝国貴族達に報告する『狭間砦の戦い』についてだ。
なお、今回の帝都訪問には、ファラと第二騎士団の子達は同行していない。
バルディア領不在の間、僕の代理業務はファラにお願いしている。
第二騎士団は、多数の騎士が戦死した混乱と負担を少しでも軽減させるため、第一騎士団が行っている業務を一部負担。
領内のあちこちで支援活動に忙しいから、そちらを優先させた。
狭間砦の戦いには騎士、傭兵、民兵を合わせて約九千名が参戦。
その内、約二千名が戦死。
民兵と傭兵は砦防衛を任せていたから被害は少なかったけど、父上と共にガレス討伐に出向いた騎士達と、作戦の過程で砦を陽動部隊に参加した騎士達。
彼等の戦死者が圧倒的に多かった。
後から聞いた話では、ガレスが指揮する部隊の戦士達は徹底抗戦の構えを見せ、父上の部隊と激戦になったそうだ。
アリア達の狙撃によって前線の指揮系統を破壊して混乱させたとはいえ、狐人族の戦士達が持つ個人の戦闘力は健在であり、ダイナス率いる陽動部隊も激戦を戦い抜いている。
僕が率いた部隊は、終始エルバと僕の一騎打ちだったから戦死者は幸いにもいなかった。
奇襲作戦に参戦した騎士達は、バルディア騎士団の中でも特に優秀な人員が選別されている。
僕の部隊だけでも温存されたのは、バルディアにとっては嬉しい誤算だ。
『お前の選択は、結果的には良かったかもしれん。だが、部隊を率いる大将が一騎打ちをするなど、戦略的には失敗だ。その点は大いに反省しろ』と父上には苦言を呈されたけどね。
何にしても、基本的な戦後処理を済ませたとはいえ、戦の傷跡はバルディア領にしっかり残っているから、僕と父上の帝都訪問に割く人員は最低限にしている。
アモン・グランドークを新たな部族長とする狐人族の新体制を整え、つい最近バルディア領に帰ってきた父上はここ数日、執務室にずっと籠もっていた。
帝都に出向くまでに溜まっていた業務を大急ぎで片付けるため、事務作業に没頭していたのだ。
狐人族の領地に向かう父上には、通信魔法を使える第二騎士団の子を同行させたけど、内容次第でその子を通せない話も多い。
その為、父上が帰ってきた時、執務室には書類が山積みになっていた。
父上のそうした雑務も終わり、僕と父上がゆっくり打ち合わせができる時間となったのが、まさに今というわけだ。
「……ふむ。バルディア側の戦後処理の目処は大体ついたな。リッド、よくやってくれた」
「いえ、僕の力ではありません。ファラを始めとした皆のおかげです」
これは謙遜でも何でも無い。
バルディア領に帰って来るなり、僕は三日三晩寝込んでしまった。
その間にカペラやディアナ達から事情を聞いたファラは、ガルン達と協力して一部の戦後処理を進めつつ、準備と情報整理をしてくれていたのだ。
おかげで、処理の初動が遅れることはなかった。
「そうか。その感謝の念を忘れてはならんぞ」
「はい、勿論です」
父上は相槌を打つと、眉間に皺を寄せて難しい顔を浮かべた。
「それと、狐人族の領地だがな。新体制こそまとめたが、ここ数年の重税と圧政により色々と酷い状態になっていた」
「そんなに酷いのですか?」
「うむ。短期間で調べた範囲では、重税だけではなく貴重な収入源である鍛冶関係の外部受注を最低限にし、軍拡を推し進めていたのだ。一部の豪族や関係者は潤っていたが、都心から離れた領民は酷い有様だった。あと数年もすれば、部族全体として立ち行かなくなっていかもしれん。おそらく、エルバが次期獣王になれるということを前提にした運営をしていたのだろう」
呆れ顔を浮かべると、父上は首を横に振った。
「民が滅び、長だけ残っても滑稽だというのにな。帝都での報告が終わってバルディアに戻り次第、私はまたアモンのところに行かねばならんだろう」
「承知しました。その際、表向きは『賠償金を回収するため』でよろしいでしょうか?」
「あぁ、その通りだ」
父上は不敵に笑う。
狐人族への賠償金を急いで計算した理由はここにある。
アモンとは密約まで結んだ協力関係にあるけど、その密約は皇帝陛下に報告するだけで十分。
帝国貴族達全員にわざわざ密約を教える必要は無く、表向きの理由だけでよいということだ。
下手に密約のことを周知すると、利権ほしさに色々な茶々が入る可能性も大きいからね。
「ところで、リッド。エルバとの会話とメルから聞いた話で気になることがあると言っていたな」
「あ、そうです。実は……」
話頭を転じた父上に、エルバが言い残した『獅子身中の虫』の件を告げた。
そして、メルとクリスから聞いた、黒い頭巾と外郭で体と顔を覆い隠した『ローブ』と名乗る人物のことも説明する。
狐人族の領地に攫われた二人は、すぐにガレス達グランドーク家の面々と対面したそうだ。
ガレスはメルの正体を知るなり、目の色を変えて身を乗り出したらしい。
『バルディア家に、先祖代々から伝わっていることは何かないか?』
何度も聞かれたそうだけど、メルがその度に『知らない』と答えたそうだ。
やがて、ガレス達も興味を無くしたらしい。
なお、メルとクリスは、グランドーク家で来賓として扱われ、軟禁状態の生活を送っていたそうだ。
拉致から数日経過したある日。
メルの元に、黒い頭巾と外郭で体と顔を覆ったローブと名乗る男が尋ねてきた。
男はメルの容姿を見るなり、異様な雰囲気を醸し出したと聞いている。
『お前が、メルディ・バルディア……か。なるほど、あの女に良く似ている。はは、古傷が痛むなぁ。それにしてもあの時、上手くいっていればお前は俺の……』
『い、いや……近寄らないで』
恐れ戦いて後ずさりするメルに、ローブが手を伸ばしたその時、面会に立ち会っていたエルバが男の手を握ってこう言ったそうだ。
『この娘は、バルディアに勝ってからしか渡せん。この手は引っ込めてもらおう』
『……約束が違いませんか?』
『違えてはおらん。今はまだ渡せない……そう言っているだけだ。この娘は、バルディアに対する有効な手札でもあるのだぞ? 決着が付いていない状況で、自ら手札を捨てるほど俺は愚かではない』
口元を緩めて不敵に笑うエルバと異様な雰囲気を発して凄むローブ。
二人は暫し睨み合った後、ローブが引いたそうだ。
この時、メルはローブに心底悪寒を感じたらしい。
でも、メルは再びローブと対面することになる。
それは、狭間砦の戦いだ。
馬車に乗せられ、ラファの監視下で戦場に連れ出されたメルとクリス。
不安と戦っている最中、ガレス討死の知らせとラファがアモンを支持するという情報が戦場を駆け巡る。
バルディアの勝利を確信して安堵したその時、二人の乗っていた馬車が何者かに襲撃を受けた。
驚いてメルが車窓から外を覗けば、ローブと思しき人物に加え、彼と同じ格好をした者達が馬車を囲んでいたらしい。
幸いこの時は、ラファが駆けつけて彼等を蹴散らし、退散させてくれたそうだ。
「……以上です。さすがにローブなる者達の目的まではわかりません。しかし、これらの話を踏まえれば、エルバの言っていた『獅子身中の虫』とは『帝国貴族』の可能性が高い。そう僕は考えています。父上、如何でしょうか?」
「……そうだな」
父上は目を瞑って暫く考え込むと、ゆっくり目を開けた。
「お前には、教えておいたほうが良いかもしれんな」
「……?」
僕が首を傾げると、父上は身を乗り出して静かに切り出した。
「私の両親。リッドにとっては祖父母となるエスターとトレットの事は知っているな?」
「はい、勿論です。本屋敷に肖像画が飾ってありましたし、ガルンから少しだけ生前の話も聞いたこともあります。でも、僕が生まれる前にお二人とも不慮の事故で亡くなったと聞きました」
祖父のエスターは肖像画で見る限り、僕と同じ髪色と瞳を持っており、容姿は父上と良く似ている人だった。
祖母のトレットも、薄茶色の髪と青い瞳を持つ優しそうな女性だったと思う。
でも、それがどうしたんだろう。
「リッド、ここからは他言無用だ」
父上は念を押すように凄むと、口火を切る。
「二人が亡くなった理由。表向きは不慮の事故とされているが、実際は『暗殺』だ」
「……え⁉」
予想外の答えに、僕は目を丸くした。




