外伝・波紋
グランドーク家がバルディア家に侵攻したという情報は、すぐにズベーラ国内にも轟いた。
しかし、その翌日にもたらされた一報には誰もが耳を疑うことなる。
狐人族の部族長ガレス・グランドークが、バルディア家の力を借りて決起したアモン・グランドークこと、ガレスの三男によって討ち取られたというのだ
次期獣王と目されていた長男エルバ・グランドーク。
そして、彼を補佐する立場にあった次男マルバス・グランドークの両名は敗走して行方不明。
長女のラファ・グランドークはアモンの決起を支持する立場を取っており、狐人族は新たな部族長による新体制を整えるべく動き出しているという。
当然、この件は獣人国の部族長達の耳に届くことになり、王都にある王城の豪華絢爛な一室で狐人族以外の部族長達が円卓を囲んでいた。
「部族を統べる同志諸君。今日は急な呼びかけにも関わらず、よく集まってくれた。まずは、礼を言おう」
部屋の一番奥で豪華な椅子に腰掛け、顔の半分を鉄仮面で覆っている獣王セクメトスの発した言葉に部族長達は頷くが、いつものような野次や茶々は誰も発しない。
「皆、その様子では既に耳にしていると思うが、狐人族の部族長ガレス・グランドークが奴の実子である三男アモン・グランドークの決起によって討ち取られた」
「……その情報、確かなんだろうな?」
狼人族の部族長ジャッカスが訝しむように凄む。
「あぁ、私も驚いたが確かだ。つい先日、私宛に親書が届いてな」
セクメトスは、懐から封筒を取り出して中身を読み上げた。
その内容を簡潔に言えば、『前部族長であるガレス・グランドークの葬儀を、新たな部族長であるアモン・グランドークが執り行う』ということである。
「……内容は以上だ。そしてこの葬儀、私は『獣王』として参加する」
彼女が不敵に笑うと、部族長達から唸るような声が漏れ聞こえた。
アモンが執り行う前部族長の葬儀に、獣王セクメトスが参列する。
獣王がアモン・グランドークを次期部族長として認めたこということだ。
周辺諸国にそのことを通達する意味合いも、参列には含まれているのだろう。
「それで……お前達はどうする?」
獣王の問い掛けに、部族長達はそれぞれ難しい表情を浮かべた。
葬儀に参列しないとなれば、獣王の意向に反することを意味し、新たな狐人族の部族長アモン・グランドークと対立するという意思表示になりかねない。
「わかった。俺も参加しよう、セクメトス」
最初に口を開いたのは、手と足を組んで椅子に座っている狸人族の部族長ギョウブだ。
「ガレス達とアモン……というより、バルディア家だな。狐人族の隣領である俺は、わざわざ戦場が見渡せる場所に足を運んで戦の流れを見てきた。すると、どうだ。バルディア家の戦略は中々に素晴らしいものだったよ。まさか、ガレスを討ち取り、エルバとマルバスを敗走させるとは思わなかった。彼等とは、『友好的』であるべきだろう」
彼の言葉に頷き、各部族長達が次々と同意していった。
「ふむ。残ったのは、アステカとホルストか。貴殿達は、参列しないということかな?」
獣王の含みのある問い掛けに、馬人族の部族長アステカは訝しむ。
「……別に、ガレスやエルバのことはどうでもいいがな。狐人族の領地はどうするつもりだ?」
「どういうこと?」
鼠人族の部族長ルヴァが聞き返すと、アステカはやれやれと首を横に振った。
「ガレスとエルバの軍拡を推し進める領地運営はな。隣から見ていた俺から言わせりゃ、そりゃ酷いもんだった。あんな領地、ここにいる誰も欲しがらねぇ。復興させるためには、相当な金と労力が必要だぜ。まさかとは思うが、アモンという若造を部族長に認めるのは口実。その実、俺達の財源を削るため、後から支援金を出させるつもりじゃねぇだろうな、セクメトス?」
「確かにな。同意はしたが、無駄金を出すつもりはないぞ。どう考えているのか……俺も聞かせてもらいたいな」
アステカの言葉に続いたのは、ジャッカスである。
他の部族長達が怪訝な表情を浮かべると、セクメトスが口元を緩めて笑った。
「諸君、その件は心配するな。狐人族の領地は、新たな部族長となるアモン・グランドーク。まぁ、正確に彼の背後にいるバルディア家に任せて我等は何もせん。今回の戦、アモンを前面に出しているが、その裏にいたのは『彼等』だからな」
「あら、セクメトスも悪いこと考えるわ。それって、帝国の稼ぎ頭となっている貴族の金をズベーラで絞り取るってことでしょ?」
猿人族の部族長ジェティが楽しそうに聞き返すと、獣王は肩を竦めておどけた。
「誤解を招く言い方はしないでくれ。あくまで、新しい部族長として彼を立てたのだ。その責任を果たしてもらうだけのことだよ」
「あんな荒れ放題となった領地。いくら金があっても足りん」
「うむ。バルディア家がアモンを支援しなかった場合、どうするつもりだ?」
熊人族の部族長カムイが呆れ顔で首を横に振ると、牛人族の部族長ハピスが難しい顔で相槌を打った。
「その時は、獣人国ズベーラとしてそれ相応の対処をするまでだ。まぁ、最悪の場合、狐人族の領地は王都直轄地として代々獣王が管理。少しずつ、復興させれば良い」
「面倒くせぇな。それなら、いっそ最初から獣王の直轄地にしちまえば良いじゃねぇか」
兎人族の部族長、ヴェネが訝しむように反応すると、背後に控える彼女の父親シアが「口を慎め、ヴェネ」と諫言する。
「セクメトスは、狐人族の領地を利用する算段なのだ。それに、いきなり直轄地では新たな部族長となるアモンや狐人族、バルディア家が納得すまい。好きなようにやらせて成功すれば儲けもの。失敗した時は、甘い汁を可能な限り啜ってから直轄地にすれば良い。そうすれば、どちらに転んでも我等に利がある」
「へぇ、そういうもんかねぇ」
「あぁ、それが政治というものだ。何にせよ、この場にいる部族長達が葬儀に参列。アモンを次期部族長と認めなければ、各部族が狐人族の領地運営の手助けをせねばならん……そういうことだな、セクメトス?」
「その通りだ。従って、この場にいる者。全員、参列ということでよいかな?」
獣王が改めて問い掛けると、一人だけ難しい顔を崩さない人物がいた。
鳥人族の部族長ホルストだ。
「バルディア家……か。それだけでは、正確ではないな」
「どうした、ホルスト。何か言いたいことでもあるのか?」
彼の発した声は小さく、聞こえなかったらしいセクメトスが首を捻る。
「考えは理解した。異議はない故、私も葬儀には参列しよう」
「そうか。なら、次は葬儀の日程についてだが……」
この場にいる部族長全員が葬儀の参列を決め、アモン・グランドークを次期部族長であることを事実上認めたことになった。
セクメトスの雰囲気は少し柔らかくなり、会議は問題なく終わりを告げる。
一方その頃、同じ城内のとある部屋では、小柄な少年がバルディア領と狐人族の領地がある方向を窓から眺めていた。
セクメトスの一人息子にして、獣人国ズベーラの現王子ことヨハン・ベスティアである。
「母上に傷を負わせたエルバを敗走させ、ガレスを打ち破ったというアモンとバルディア家か……凄い人達がいるんだな。もし出会う機会があったら絶対手合わせして、女の子だったらお嫁さんになってもらおう」
ヨハンが笑みを溢して空を見上げると、数名の人影が目に入る。
「あれは……鳥人族の人達かな? あ、ってことは会議が終わったんだ。よし、母上にバルディア家と狐人族の領地に連れて行ってもらえるように頼んでみよう」
彼はそう呟くと、身体強化を発動。
凄まじい勢いで部屋を飛び出すのであった。
◇
会議が終わると、ホルストは城内の窓から身を乗り出して一瞬で空高くに飛び上がった。
すると間もなく、二人の鳥人族が彼の傍に近寄って畏まる。
「ホルスト様、お待ちしておりました」
「待たせたな、イビ」
イビと呼ばれた鳥人族の少女の目つきは怖いほどに鋭く、瞳の瞳孔は黒いが角膜は赤い。
髪は様々な色が混じり合っており、左右で足下近くまで届く大きくて長いお下げをしている。
服の露出も多く、見る人によっては目のやり場に困るだろう。
しかし、ホルストはそんな彼女の容姿を気にすることもなく、もう一人の少女に目を向けた。
「イリア、お前は王都に来るのは初めてだったな」
「はい。同行させていただき光栄です」
イリアと呼ばれた少女は、オレンジ色の髪と鋭い目つきと青い瞳をしているが、彼女の目には感情のようなものは感じられない。
淡々と感情なく答え、深く頭を下げる少女に、ホルストは満足そうに口元を緩めた。
「お前は礼儀正しく、才能溢れる良い子だ。だからこそ、こうして私も気に掛けている。その意味を理解しているな?」
「はい。勿論でございます。ホルスト様の『物』である私に、ここまでの配慮をしていただき感謝の念に堪えません」
「うむ、良い心がけだ。その気持ちを忘れるなよ」
「……はい」
ホルストは、蔑む如く眼下に広がる王都を見つめた。
「よく見ておけ、イリア。この王都、もう少しで我等の居城となるだろう。その折、お前達の姉妹にしっかり働いてもらうつもりだ」
「畏まりました」
「それにしても……『獣王』とは下らぬ仕組みだ」
うんざりしたように吐き捨てると、ホルストは二人を引き連れて自らの領地に向けて飛び去っていくのであった。
◇
獣人国ズベーラで部族長会議が開かれていた時、とある国の人物がクリスティ商会の配布した号外を自室で読むなり、目を丸くして大声で笑っていた。
「クラレンス様、如何されましたか⁉」
屈強な男性が慌てた様子で部屋を開けると、一人の青年が腹を抱えて笑いながらソファの上で寝転んでいた。
「あっはは、いや、驚かせてしまってすまないな。これを見てみろ」
クラレンスと呼ばれた青年は赤黒い髪に健康そうな浅黒い肌をしており、黒い瞳で細く目つきをしている。
彼はソファから起き上がると、屈強な男性に読んでいた号外を手渡した。
「これは……」
「全く、あの子達を使ってとんでもないことをしてくれたよ。おかげで、兄上や姉上達が悔しがる顔が目に次々と浮かんでね。笑わずにはいられないんだよ」
彼はそう言うと、噴き出してまた笑い始めた。
しかし、屈強な男性は心配顔を浮かべる。
「……ご兄姉の皆様から、逆恨みをされるのではありませぬか? この騒動、元を辿ればクラレンス様が独断でクリスティ商会に『全員』を販売したことに起因しているかと」
「確かになぁ。兄上や姉上達は、相当悔しがっていたからな」
クラレンスは頭の後ろで手を組むと、再びソファに寝転んだ。
「何をされておられるので?」
「うん? 決まっているだろう。今後の事を考えているのさ」
「はぁ……畏まりました。では、私は邪魔にならぬよう外の警備に戻ります」
「うむ、頼んだぞ」
屈強な男性は呆れ顔で肩を竦めると、号外をクラレンスに返して部屋を後にする。
扉の閉まる音が聞こえると、クラレンスはじっと天井を見つめた。
「まさか、此程の大金星を上げるとは夢にも思わなかった。さて、『解決の糸口』はどこにあるかな?」
彼は楽しそうに口元を緩めると、思考に集中するのであった。




