リッド・バルディアの凱旋
狭間砦の戦いは僕達の勝利で終わったけど、その後の動きはとても慌ただしかった。
父上はその日のうちに騎士団長のダイナスと動ける騎士達を率いて、アモンやラファと共に狐人族領地の首都フォルネウに向けて出立。
戦場に集まった狐人族の豪族や戦士達も、今のところアモンに付き従って撤退している。
アモン達と父上が討ち取った『ガレス・グランドーク』の遺体は丁重に扱われており、狐人族の首都にて部族葬を開くそうだ。
前部族長の葬儀をアモンが中心となって取り仕切ることで、部族長の交代を狐人族領内や近隣諸国、他部族に知らしめる。
加えてバルディア家がアモンの後ろ盾になることで、両家の関係性を伝える目的もあるわけだ。
一方の僕はというと、父上達を見送った後、負傷者と第二騎士団の面々。
メルやクリス達を引き連れ、バルディア領内にある本屋敷の帰途に就いた。
指揮官であったクロスを亡くした狭間砦には、彼と同じ副団長の立場となったルーベンスが残ることになる。
念のため、彼の補佐役としてカーティス、シュタイン、レイモンドにも滞在をお願いしたところ、彼等は二つ返事で引き受けてくれた。
なお、ダイナスやルーベンスを含めた騎士達は、クロスの死を知って最初こそ唖然としていたけど、すぐに普段通りの表情に戻っている。
『尊敬していた人の死は辛いことです。しかし、我等に悲しむ暇はありません。戦いに勝利して生き残った者は、未来をより明るいものにしないといけませんからね』
別れ際、ルーベンスに尋ねると彼は優しい目を細めてそう言っていた。
僕と一緒に帰途に就いたディアナにも聞いてみると、騎士達は人前で同僚の死で絶対に泣かないようにしているそうだ。
改めて、騎士達の強さを実感する話だった。
木炭車に揺られてバルディア領の中を走る最中、声援が聞こえてくる。
どうしたんだろう? 車窓から外を覗くと、笑顔でこちらに手を振る人達が見えた。
「おそらく、狭間砦に近い周辺の町々には我等の勝利が伝わっているはずです。皆、バルディア家の勝利を心から祝っているのでしょう」
同じ車内にいるディアナが嬉しそうに微笑んだ。
「そっか。領民も喜んでくれているのは嬉しいね」
僕は彼女に答えつつ、車窓から外を眺めて自然と頬が緩んでいた。
それからも道ですれ違う人々からは声援が送られ、大人から子供まで笑顔で手を振られることになる。
そうして木炭車が進むうち、辺りは段々と暗くなっていった。
◇
月明かりの暗い夜道を進んでいくと、本屋敷の灯りが見えてくる。
事前に通信魔法で、到着が深夜帯になることは伝えていたから、準備して待っていてくれたのだろう。
僕の体は激戦終わって間もない時と比べ、少しは落ちついた気がする。
でも、全身に走る節々の鈍痛に加えて倦怠感が出てきていた。
これに負けて目を瞑れば、一瞬で気を失ってしまうだろう。
身体強化・烈火を初めて発動した時、寝込んだことが脳裏を過る。
今回、エルバとの戦いで体に掛かった負担はあの時の比じゃない。
メモリーが密かに内側から支えてくれているから、何とか意識を保っているような状態だ。
必死に『平気』と周りに笑顔で答えていたけど、そろそろ限界かもしれない。
「……もう少し、もう少しだ」
胸を押さえて呟いたその時、「リッド様、着きました」と木炭車を運転してくれているアレックスの声が車内に響く。
ハッとして顔を上げると、車外に広がる光景に僕は目を見開き、慌てて車を降りた。
「リッド!」
「リッド様!」
深夜だというのに、並び立っていたのは正装姿の母上とファラだった。
いや、二人だけじゃない。
屋敷に務める人達やサンドラやエレン達も勢揃いしている。
母上とファラは、その一団から飛び出して駆け寄ってきてくれた。
勢いそのままに、母上は僕を胸の中へ力一杯に抱きしめる。
「良かった……貴方が無事で本当に良かったです」
「はい。ご無事をお祈りしておりました」
母上とファラの声は小さく震え、頬には涙が伝っていた。
「ご心配をおかけしました。ですが、戦には無事に勝利して、妹のメル。クリス達も無事です」
僕がそう言うと、ディアナが眠っているメルを両手に抱きかかえてやってきた。
母上は目を潤わせ、口元を手で押さえながら彼女達の傍に歩み寄る。
「メル……⁉」
「気を張っておられたのでしょう。帰途についてから、ずっとお眠りになっておいでです」
ディアナに手伝ってもらいながら、寝息を立てるメルを母上は両腕に抱きかかえた。
「……貴女が無事で良かった。もう……こんなに大きくなったのね」
心配や怒りではなく、母上の浮かべた表情は慈愛に満ちた優しいものだ。
これで、ようやく一区切り着いた。
そう胸を撫で下ろしたその時、急に足下がふらつく。
「う……」
「リッド様? どうされました?」
ファラが心配そうにこちらを覗き込むが、もう駄目だった。
母上とファラの顔を見たせいで気が緩んだらしい。
今まで我慢していた疲労、疲れ、眠気……その全てに襲われる。
「ごめん……ファラ」
残った力で彼女を抱きしめる。
「リッド様……? リッド様⁉」
色々な人の叫び声が遠くに聞こえる中、僕の瞼はゆっくりと落ちていった。
◇
気が付くと、僕は白く何もない空間を漂っていた。
辺りを見回すが、何もない。
本当にただ白い空間が広がっている。
ここは、何処だろうか? そう思って首傾げた瞬間、強い光が発せられて思わず目を瞑った。
な、なんだ……?
恐る恐る目を開けると、白くて何もなかったはずの空間に色々な建物が建ち並んでいて、僕は空に浮いていた。
でも、広がった光景を見て目を瞬く。
突如現れた景色は、前世の記憶にあるものだったからだ。
記憶の世界……なのかな?
空を漂いながら地上を俯瞰していると、また強い光が発せられて目を瞑った。
またか、今度はなんだ⁉
ゆっくり目を開くと、僕は何やら『会社のオフィス』のような場所に立っていた。
目の前には、男性会社員の背中がある。
何故か、親近感のようなものを覚えたその時、背後から人の気配を感じた。
振り向くと、スーツを纏った若い女性が笑みを浮かべて立っている。
「神田先輩。今、少し良いですか?」
「あぁ、新渡戸か。いいよ。どうしたの?」
神田……? 神田⁉ 彼女の声で振り向いた会社員の顔を見て絶句する。
前世の記憶にある僕の姿そのものだったからだ。
やっぱり、ここは記憶の世界で間違いないだろう。
よく見れば、若い女性は『新渡戸成美』。
前世で会社員だった時、よく一緒に仕事をしていた後輩だ。
息を飲んでいると、彼女が神田の前に歩み出た。
「神田先輩って、シミュレーションとかタクティクス。ダンジョン系のゲームって……お好きでしたよね?」
「え? うん、そうだね。でも、最近は仕事と取引先との懇親会で忙殺されてるからさ。ゲーム自体できてないんだよなぁ」
神田は腕を組んで残念そうに俯くが、「あ、そうそう」とすぐに顔を上げた。
「この間なんか、久々の休みでFPS(一人称視点シューティングゲーム)しようとしたらさ。ログインしていなかった期間が長すぎて、アカウントが止まってたんだ。ネットから申請すれば解除できるみたいだけど、結局やらずに終わっちゃったんだよねぇ」
「そ、そうなんですね」
新渡戸は何やら決まりが悪そうな表情を浮かべ、気まずそうだ。
「あ、ごめんごめん。それで、どうしたの?」
「いえ、実は先輩にお勧めしたいゲームがあったんです」
「え、本当? どんなの?」
神田が笑顔で身を乗り出すと、彼女は後ろに隠していたゲームをすっと差し出した。




