狭間砦への帰還
激戦が終わり、僕達はバルディア家と部隊の御旗を掲げて戦場になった場所を真っ直ぐに突っ切り狭間砦の帰途につく。
体に負荷をかけ過ぎたらしく、僕は立っているのがやっとな状態だったから、カペラに背負ってもらった。
最初は父上が背負うと言ってくれたけど、狐人族の戦士達がいる中を進んで狭間砦に向かうから、バルディア家とアモンの勝利を印象づける為にも、父上には堂々としてほしいと伝えて辞退した。
父上の表情は、ちょっと残念そうだったけど。
そして道中、僕は通信魔法を発動してサルビアに様々な事を確認した。
真っ先に確認したのは、エルバが言っていたバルディア家の本屋敷を別働隊に襲撃させたという件だ。
ガレスとエルバを倒しても、母上やファラに何かあっては意味が無い。
ただ、サルビアから本屋敷の件で緊急の連絡が無かった以上、大丈夫だったのだろうという思いはある。
それでも、心配で胸の鼓動が早くなった。
『あ、その件ですね。確かに狐人族の襲撃はあったんですが、第一騎士団の守備兵力とアスナさんやジェシカさんと言ったファラ様の護衛戦力。加えて、レナルーテからも援軍が来たので、大事にはなっていません。戦士達も捕縛して拘束済みです』
『そっか、良かった』
僕は、ほっと胸を撫で下ろす。
狐人族が僕達が居なくなった本屋敷を襲撃する可能性は考えていた。
だからこそ、本屋敷に残してきた守備兵力もできるだけ精鋭を配置していたし、エリアス王にファラを守るための援軍を至急手配してほしいという事前連絡もしている。
バルディア領からは、帝都よりレナルーテの方が近い。
本屋敷に残してきた母上とファラを守るために頼る相手として、エリアス王は信頼できる相手だ。
ちなみに僕達が万が一に突破された際、狐人族がレナルーテ王国軍を相手取ってまで戦う可能性は低いというもの考えており、保険的な考えもあった。
勝利できた以上、それは杞憂に終わったことになる。
『だけど、どうしてすぐに教えてくれなかったの?』
『それは、その……実は、ファラ様とナナリー様から戦地にいる皆様の負担にならないようにと、口止めされておりました。厳しい戦いになるだろうから、少しの心の焦りも危険に繋がると……』
サルビアは申し訳なさそうに答えた。でも、母上とファラが気持ちもわかる。
本人達が大事なかったから、あえて連絡しないという決断を下したのだろう。
実際、あれだけの激戦の最中で報告があれば、気が散った可能性はある。
『わかった。その件は、屋敷に帰ったら僕からファラと母上に話を聞くよ』
『畏まりました。では、そのように申し伝えておきます』
『うん、お願い。それから、アリア達は大丈夫? 所属不明の鳥人族と交戦したんだよね?』
前戦の敵将を空から狙い撃ちしてくれたアリア達、第二騎士団の航空隊。
彼女達の活躍がなければ、僕達が奇襲を掛けて雌雄を決する時間は稼げなかった。
狭間砦を改修はしていたけど、大軍が統率された動きをしていればここまで耐えきることはできなかっただろう。
バルディアの奇襲事件の時から、アリア達の戦闘力を外部に出来る限り見せないようにしていたのは、こうした不測の事態に備えてことだった。
今回の戦でグランドーク家に地対空戦力は、見る限りなかったと言っていい。
強いて言うなら魔法の扱える者が、アリア達がいるであろう空中に魔弾による弾幕を張るぐらいだった。
空対地戦力の脅威がまだ認知されていないから、当然と言えば当然だ。
それでも、事前にアリア達の実力が知られていれば、何かしらの対策を採られていた可能性はある。
航空隊が所属不明の鳥人族と交戦に至ったという話を聞いた時、僕は真っ先にエルバ達の援軍を疑った。
だけど、そうなると彼等の地対空戦力があまりにもお粗末だったことが繋がらない。
おそらく本当に『所属不明』の相手であり、エルバ達が何処かに依頼した援軍の可能性は低いだろうと考えている。
でも、それはエルバに次ぐ『新たな脅威』を意味するかもしれない。
『ご安心ください。アリア達、航空隊は全員無事です。ただ、交戦した所属不明の部隊はアリアが心当たりがあるらしく、少し落ち着いたらリッド様に直接お伝えしたいことがあるそうです』
『アリアが僕に直接? わかった。領地に戻ったら、その辺りも彼女に聞いてみるよ』
『ありがとうございます。では、彼女達にもそのように申し伝えておきます。それと、リッド様。エマ様には、『事前の打ち合わせ通り』に情報をお伝えして動いてもらって問題ありませんか?』
『勿論。むしろ、最優先でそっちを進めてほしい』
『畏まりました。では、エマ様に『狭間砦で起きた事』をお伝えしますので、これにて失礼します』
『うん。彼女にもよろしく言っておいてね』
サルビアとの通信が終わると、「リッド様、良ければ周囲をご覧下さい」とカペラの声が聞こえてきた。
「え?」
顔を上げて周りを見渡すと狐人族の戦士達が武器を捨て、僕達に向かって敬礼している。
「前戦に出向いたアモン殿が各豪族の長を集め、部族長になることを改めて宣言したそうです。彼等に、戦う意思はもうありません」
「そっか、本当に戦は終わったんだね。でも、どうして敬礼なんだろう?」
首を傾げると、カペラが口元を緩めて笑みを溢す。
「リッド様が『エルバ・グランドーク』を前に一歩も引かず、彼の左腕を断ち切ったこともアモン殿が狐人族の戦士達に伝えたそうです。エルバの圧倒的な強さは彼等の中である種の魅力であり、戦士達を魅了していた部分だったのでしょう。それほどの強敵を、リッド様が打ち負かした……彼等の敬礼は、そのことに対する畏敬の念のようなものでしょうね」
「畏敬の念か……あはは」
照れくさくなり、思わず頬を掻く。
アモンはエルバと僕の戦いを直接見てはいないけど、ラファが前戦へ先に戻ってアモンと話すと言っていた。
彼女からエルバの状態について聞いたのかもしれない。
ちなみに、ラファは自ら生成した氷を空に放り投げて素早く飛び乗り、前戦に向かって飛んで行った。
今度、真似してみようかなと思ったのは秘密だ。
威儀を正した父上を先頭に狐人族の戦士達に見守られながら足を進め、狭間砦が見えてくると沢山の騎士達の歓声が聞こえてきた。
狭間砦の正面に目をやれば、騎士団長のダイナス、ダークエルフのカーティス、シュタイン、レイモンドが立ち並んでいる。
そして、彼等の前にはアモンとラファに加えラガードにノアール。
ドワーフのアレックスや第二騎士団に所属する狐人族の子達もいる。
でも、何より目を引いたのは皆の前に立っていたエルフの女性と赤い髪の女の子だ。
二人の姿を目にした瞬間、気付けば目が潤み、頬を涙が伝っていく。
「……⁉」
大きな声を出そうとするが、鼻がぐずってしまいうまく声が出ない。
僕はカペラに背負われている状態のまま、大きく手を振った。
「……⁉ 兄様!」
「リッド様!」
二人は気付いてくれたらしく、こちらに駆け寄ってくる。
カペラは彼女達が近づいてくると、僕をゆっくりと背中から降ろして立たせてくれた。
僕は、走ってくる少女に向かって両手を広げる。
「メル!」
「兄様……にいさまぁ!」
彼女は僕の胸に思いっきり飛び込んできた。
勢い余って倒れそうになるけど、カペラとディアナが支えてくれる。
メルは僕の首元に顔を擦り付けながら大粒の涙を溢して、声を震わせた。
「にいさま、ごめんなさい……ごめんなさい」
「無事で良かった。本当に、心配したんだからね」
泣きじゃくるメルの頭を撫で、背中を優しく叩いているとエルフの女性がこちらにやってきた。
「リッド様……」
「クリス。君も無事で本当に良かったよ」
微笑み掛けると、彼女もみるみる目が潤んでいった。
「この度は私を含め、商会の者を救うために尽力して下さったと伺いました。本当にありがとうございます。ご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした」
「あはは、迷惑だなんて思ってないよ。悪いのは、陰謀を巡らせたガレスやエルバ達さ。君やメルが気に病む必要はないよ」
僕は首を横に振ると、ハッとして「あ、でも……」と付け加えた。
「メル。ビスケットを替え玉にして出かけたことは、後でたっぷりお説教するからね」
「うん……でも、お説教でも兄様や皆と一緒にいられるなら嬉しいの」
「そうだね。僕も一緒に居れて嬉しいよ」
僕の頬に顔を擦り付けるメルの頭を再び撫でていると、ラファがこちらにやってきた。
「感動の再会ね。思わずもらい泣きしちゃったわ」
「ラファ。君も『約束』を果たしてくれてありがとう」
「ふふ、言ったでしょ? 私はね、気に入った相手とした約束は守る女なのよ」
彼女の言う『約束』とは、前日の時に行った交渉内容の一つだ。
ラファがこちら側に寝返る時の条件には『メル』と『クリス』に加えて、拉致された『クリスティ商会の面々』の安全と解放も含まれていた。
彼女がこの条件を果たしてくれれば、アモンとバルディア家は『ラファ・グランドーク』が行ったこれまで非礼や行いを不問とする……前世の記憶で言うところの『司法取引』みたいなものを提示していたのだ。
勿論、ラファに思うところは色々あるけどね。
「メルディ、クリス」
畏まった声が聞こえて振り向くと、父上が厳格な顔を浮かべていた。
「二人共、良く無事であった。積もる話もあるだろうが、詳しい話は砦に入ってからにしよう。良いな?」
メルは僕から離れて服を軽く整えると、鼻をすすってから畏まる。
「……はい。父上」
「畏まりました」
クリスが頭を下げると、父上は「うむ」と頷き、砦に向けて足を進めていく。
本当は、父上もこの場でメルを抱きしめたかったに違いない。
だって、背中にそう書いてあるもん。
狭間砦の騎士達から送られる歓声の中、僕達は砦の門を潜りバルディア領に帰還を果たした。
戦が終わってみれば、メルとクリスを無事に取り戻すことに成功。
アモンは、狐人族の新たな部族長となれた。
戦後処理や問題はまだまだ山積みだけど、少しは落ち着けるだろう……そんなことを考えていたら砦に入って間もなく、今後の動きについての打ち合わせが始まって僕は泡を吹いた。




