死闘の決着
「エ、エルバ様……」
「駄目だ。あの火と闇の黒炎に飲まれたら……骨も残らない」
大地を飲み込みながら迫ってくる巨大な黒炎球を目の当たりに、背後にいる狐人族の戦士達の諦めと失意の声が聞こえてきた。
目を瞑り深呼吸をすると脳裏に父上、母上、メルの姿。
バルディア家に仕えてくれる皆の顔。
そして、帰りを待っているファラの笑顔が次々と浮かんでくる。
ここで命が尽き果てるとも、バルディアの皆は守ると誓ったんだ。
今更、何も恐れることはない。
僕は目を見開くと、迫り来る黒炎球に凄む。
「絶対、ここは通させない……通させるものか」
僕は両手を体の前に出し、全力で螺旋槍を発動した。
生成された十属性の魔槍が螺旋を描いて一本の大きな魔槍となり、巨大な黒炎球に激しく正面から激突する。
戦場には狂風と強力な魔力波と衝撃波が吹き荒れた。
「ほう……。さすが、リッド・バルディアだ。しかし、その魔力。いつまで持つかな?」
螺旋槍が黒炎を押し止めたことで、エルバは不敵に笑っている。
奴の言った通り、正面から魔力量だけでぶつかり合えば無理矢理引き出している僕が不利だ。
体が今にも反動で吹き飛びそうなのを必死に耐え、足を踏ん張れば地面がひび割れて沈んでいく。
僕は正面を凄みながら、狐人族の戦士達に聞こえるよう大声で叫んだ。
「敵味方はもう関係ない。君達にも、帰りを待つ人がいるんだろう。ここは僕が食い止める。早く逃げるんだ」
「……⁉ し、しかし……」
戦士達は動揺と混乱で顔を見合わせており、動きが悪い。
「聞こえなかったのか。奴は、君達のことを何とも思っていない。ここで死ねば、ただの無駄死にだ。生きろ」
声を荒らげると戦士達が武器を捨て、一人また一人と動き出す。
それはあっという間に伝播して、戦士達は蜘蛛の子を散らすように射線上から逃げ出していく。
「ご苦労なことだな。役立たずの戦士共まで気遣うとは……随分と余裕があるらしい」
「……⁉」
エルバが吐き捨てると、黒炎球が螺旋槍を飲み込みながらどんどん迫ってくる。
「リッド・バルディア。お前は確かに強かった。何せ、セクメトスを相手にした時でさえ、九尾にはならなかったのだからな。お前の命を賭す覚悟と強さは感服に値したぞ。だが、所詮は付け焼き刃。俺に勝てるはずはなかったのだ」
手が焼けるように痛い、体のあちこちがきしみ、踏ん張る足は地面を削り、力を抑えきれずに徐々にずり下がっていく。
「僕は絶対に、負けない……最後の最後まで諦めるものかぁああああああ!」
感情が爆発したその時、自分の体の深淵ではなく、外から僕の中に魔力が入ってくるを感じた。
次いで、僕の周りを暖かい光の魔力が目に見えるほどに集まり、渦を巻いている。
最初は遠慮がちに入ってきた魔力が、少しずつ増えていく。
「な、何だ……その気味の悪いおぞましい魔力は⁉ 今度は何をしたというのだ、リッド・バルディア!」
エルバは、僕の周りに集まる魔力を見て戦慄している。
でも、入り込んでくる魔力はとても穏やかで暖かい。
奴の目には、この魔力の光がおぞましいものに見えているのだろうか。
だけど、僕の周りに集まる魔力の気配は、覚えがあるものだった。
「この魔力は、クロス? いや……彼だけじゃない。騎士の皆やリック達に感じた気配もある」
気付けば手の痛みは止まり、体も楽になっていた。
そうか、皆が力を貸してくれるのか。
自然と目が潤み、頬を涙が伝う。
僕は迫り来る黒炎を睨み、足を踏み出して螺旋槍の出力を上げていく。
徐々に押し返すと、エルバが顔を引きつらせて戦いた。
「こ、この薄気味悪い力はなんなのだ⁉ 俺の知らない未知の魔法なのか。い、いや……違う。何故だ。何故、お前から死んだあの騎士やリックの魔力を感じるのだ⁉」
「二人だけじゃない。皆が、僕に力を貸してくれている。エルバ、お前みたいに人の命を粗末にする奴には理解できないだろう。皆が僕に力を貸してくれる意味も、僕が命を掛ける理由も!」
僕の言葉に応えるように螺旋槍の勢いが増し、黒炎球をエルバの間近まで押し返す。
「ぬぅ、戯れ言を叩くな。そんなもの、ただのまやかしに過ぎん。所詮、雑魚は雑魚なのだ!」
奴の怒号が戦場に轟くと、エルバの全身から禍々しい憎悪に溢れた真っ黒な魔力が溢れて揺らめき、黒炎の勢いが突然に強くなった。
「く……⁉」
歯を食いしばり必死に耐えるが、黒炎は徐々に迫ってくる。
「リッド・バルディア。貴様だけが命を賭して魔力を高められると思うなよ。貴様にできて、俺にできぬ道理などありはしない。このまま消え失せろ!」
「まだだ……まだ、諦めない。皆が……皆が僕に力を貸してくれているんだ。絶対に諦めるものか」
足を踏ん張り、体中の魔力という魔力を絞り出す。
でも、螺旋槍の出力を上げられない。
「どうやら、この勝負の決着が見えたようだな。リッド・バルディア、貴様の名は覚えて……」
エルバが口元を歪めて言い掛けたその時、奴の背中側で爆発が起きた。
「なんだ⁉」
眉間に皺を寄せたエルバが首を回して後ろを見やると、そこにはディアナ、カペラ、獣人族の子達が逃げずに魔槍を放った体勢のまま立っていた。
同時にそれは、エルバが見せたわずかな隙であり、僕は魔力の出力を最大まで引き上げる。
「ここだぁああ!」
勢いを増した螺旋槍は黒炎球を貫いて飲み込むと、エルバに向かっていく。
「……⁉ な、なんだと⁉」
エルバは目を瞬き、押し返そうとするが間に合わない。
螺旋槍は勢い止まらず奴を飲み込んだ。
「ぐぉおおおおおおお⁉」
「まだだ!」
僕は螺旋槍の形を変え、飲み込んだエルバを球体状の魔力の中に閉じ込め、空高く持ち上げ停滞させた。
奴は脱しようとするが指一本動かせず、眉を顰めている。
「な……なんだ。この凄まじい力は……⁉」
「はぁ……はぁ……。次で、終わりだ」
鞘に入れたまま魔刀の柄を握り、居合いの構えで魔力を込めていくと、僕の全身から赤く揺らめく大きな炎が立ち上がる。
「エルバ・グランドーク。この『一閃』で、お前の野心を絶つ!」
僕は奴に向かって、居合いの構えのまま跳躍する。
「俺の野心を絶つだと……⁉ ふざけるなよ、リッド・バルディア。俺を誰だと思っていやがる……俺は、俺は獣王となり、世界の覇者となる男だぞ!」
エルバは声を荒らげると、禍々しい憎悪に溢れた真っ黒な魔力を体から発する。
そして、球体上の魔力の中で無理矢理に体を動かして戦斧を構えた。
「貴様の『一閃』なぞ、弾き返してくれる」
「……⁉ そこだぁああ!」
エルバが間近に迫った瞬間、僕の目にあるものが入り込み、その箇所に向けて魔刀一閃を解き放つ。
戦場に甲高い金属音が降り注ぐ中、奴が僕の意図に気付いて顔色を変えた。
「き、貴様⁉ あの騎士と寸分違わず同じ場所を狙ったのか⁉」
「そうだ……クロスが、示してくれた勝ち筋だ。これで、お前の負けだ!」
再び、戦場に甲高い金属音が降り注ぐ。
魔刀一閃によって、エルバの戦斧を切断したのだ。
だけど、エルバは咄嗟に体を動かして、致命傷を避けた。
それでも、奴の左腕は肩から無くなっている。
「ぐぉおお⁉」
戦場にエルバの悶え苦しむ声が轟くが、まだ終わりじゃない。
僕は地上に降り立つと、空中で球体上の魔力に捕らわれているままのエルバに振り向き、左手を向けた。
「弾けて、爆ぜろ!」
次の瞬間、エルバを閉じ込めている球体に罅が入り、内側に収縮するような動きを見せてから大爆発が起きる。
空から吹き荒れる爆風に耐えて凄んでいると、爆煙の中から獣化の解けた巨体が地上に落下していくのが見えた。
◇
肩で息をしながら満身創痍の体を引きずって行くと、エルバが大の字で仰向けに倒れていた。
でも、殺気に満ちあふれている。
「まさか……貴様如きにここまでやられるとはな。俺も落ちたものだ」
エルバは、瞳だけを動かして僕を睨んできた。
体は動かせないらしい。
左腕は肩から無くなっているけど、血はもう出ていないようだ。
おそらく、爆発で傷口が焼けたのだろう。
「……どうしてだ。お前の力を協調と調和に使えば、歴史に名を残す獣王になれたはずだろう。何がお前をここまでの凶行に走らせたんだ」
こいつの行いを許すつもりはない。
でも、奴は自負する通り圧倒的に強かった。
僕がこうして立っているのは、皆の力があったことに加えて運が良かっただけだろう。
だからこそ、エルバが『弱肉強食』に拘る理由が気になった。
「ふざけことを聞くんじゃねぇ」
エルバは、小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「俺は、俺のやりたいように生きてきただけだ。それとな。誰もが望まれてこの世に生を受けると、本当に思っているのか? 世の中には人の愛など関係なく、誰にも望まれず、生まれ落ちる命もあるものだ。誰が生んでくれと頼み……誰が生まれたいと言ったんだ?」
「エルバ……お前……」
「人は一人で生まれ落ち、一人で生き、最期は一人で孤独に死んでゆくのだ。貴様の言葉を聞いていると反吐が出る。もう少しで、その減らず口を二度と叩けなくしてやれたのにな……実に残念だよ」
エルバの瞳は、憎悪と怒りに染まっていた。
彼がどんな風に生まれ落ち、どんな環境で育ち、生きてきたのか……それを知る由はない。
よしんば知り得たとしても、エルバのやったことは許されないし、許すつもりもない。
「エルバ、お前は強かった。でも、力の使い方を間違ったんだ」
魔刀を逆手に持ち替え、彼の心臓を突き刺すように構える。
「さよならだ」
切先を振り下ろそうとしたその時、めまいに襲われ足がふらついた。
「な……んだ?」
『リッド! もう限界だ!』
メモリーの声が脳裏に響くと、全身に電流が走って猛烈な痛みに襲われる。
「ぐぁあああああ⁉」
激痛に悶える間に全身から魔力が抜け落ち、僕の体はみるみる小さくなって元の姿に戻っていった。




